僕たちが好きな青空に
夜夜月
第1話冬の初めに
落ち葉が積もり、寒さが増してきた日に、少年は学校の屋上に立ちすくんでいた。
空は厚い雲で覆われている。
恐怖が顔に浮かんでいるが、何処か安心している様な、儚い様な。そんな不思議な雰囲気を纏っている。
少年は目を閉じフェンスに手を掛けた。
『ガチャン!』
少年は驚きの余り、目を開けて振り返る。すると……。
「待って
大きな声と共に息を切らした少女が目の前に走って来た。
真白と呼ばれた少年は驚きつつも声を掛ける。
「ええっと、
「ど、どうかしたじゃないでしょ!!」
「取り敢えず落ち着いてよ」
真白は荒い呼吸をしている結菜を宥め、話聞くことにした。
身を投げようとした本人が、止めに来たであろう少女を宥めるという何とも不思議な状態になっているが、両者共そんなことを考える余裕は無い。
「だって真白君が深刻そうな顔で屋上の階段を登ってって、心配になって追いk」
「心配?今更?」
「?!……」
「だってそうだよねっ!!今まで一度も、誰も助けてくれなかったのにっ!!」
真白は突然声を荒立たせる。それを見て結菜は言葉が詰まり何も喋らなくなる。
激昂し、冷静さを欠いた少年は更に続ける。
「しかも俺は君みたいな哀れな目を向けるだけで何もしない奴が大っ嫌いだ!そんな君がいまさら心配?ふざけんなっ!遅いんだよ!!」
怒りに身を任し捲し立てる。
しかし結菜は涙を堪えながら。
「ごめんない、その通りよ。でも自殺なんてだめよっ!親もきっと悲しむわ!」
「俺の両親は数年前に死んだ」
「!?ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
「いや、いいよ。でもそんな事も知らずにここへ来たの?」
結菜は言葉を失う。
特段仲の良い友人で無い彼女には致し方ない事だろう。
しかし、今の礼節を欠いた発言を心底悔ていた。
「もう疲れたんだよ。散々死ねって言われたし、お望み通り死のうとしたんだ」
「でも、死んでいい人間なんていない!」
「……そう」
決意が揺らぐ。
真白は問答を繰り返す内に身を投げる事が怖くなっていた。
「ごめん。言いすぎた」
今日を最後の日にする事は止め、溜息を吐きながら扉の方へ歩き出す。
――後悔を募らせる少女を背にして。
――――――――――――
次の日。真白は何事も無かったかのように学校へ向かう。
廊下でクスクス笑われながらも教室に入ると、自分の机に落書きがあった。
その光景を見ても表情に一切変えず、無言で落書きを落とそうとする。
「ごめん。止められなかった」
驚きつつも声のする方を見ると、目の周りを赤くした結菜がいた。
「手伝うよ」
「……どうも」
二人は無言で机の落書きを落とす。
周りから小馬鹿にしたような小さな声が聞こえる。
粗方きれいになったところで真白が口を開く。
「これ以上俺に構わない方が良いよ。このままだと君もいじめられるかもしれない」
「でもっ!」
「俺から言える事はこれだけ。それじゃあね」
そう言い残し、真白は教室を出て行く。
――――――――――――
放課後の部活動時間となった。真白はテニス部に所属しているためテニスコートに向かう。
先生は始まりの一時間程度、毎回いない。
そのため、自主練へ励む事にしている。
自主練を始め暫く経つと、同じテニス部の部員が真白ことを呼ぶ。
ここ最近、毎日のように呼ばれている。
そのためか真白は顔を顰めた。
しかし、行かない方が後々面倒くさくなるため、素直に指定された場所に足を運ぶ。
――指定された場所に着いたその時……。
「「せーのっ!」」
水が宙を飛び真白の顔を濡らす。
水を掛けた者達は水の掛かった少年の豹を見下すと、歪んだ笑みを浮かべ笑い出す。
「おい!何か言ったらどうだ?」
「無理だよ
「ははは、そうだな!」
蓮と呼ばれた男は、真白の同級生であり、テニス部の部長である。
そう、ほぼ毎日呼ばれている理由はこれだ。
真白が見上げると、蓮を代表として他の部員達と一部の女子が居る。いつものメンバーであった。
一部の女子とは、蓮のファンみたいなものだ。
この男は、容姿や、運動神経がとても良い。
世は実に不平等である。
そんな者達が行うこの行動、俗に言う……。
――『いじめ』である。――
(もう本当に嫌になる。昨日はようやく決心が付いたのに……)
殴られ、血を流す。蹴られ、痣が付く。
体の傷が完治した事は無い。
完治よりも早く新しい傷が付くからだ。
真白は昨日終われなかった事を悔いた。そして、もう一度屋上に向かう決意が出来ない己を恥じる。
「や、止めてよ皆!」
その時突然、少女の声が響く。
蓮は苛立ちながらも振り返り、声を掛ける。
「何だよ。何か用か?」
「傷だらけじゃない!今すぐ止めなよこんな事!」
「いきなり何だよ。この半年間お前を含む傍観者達は何も言わなかったのに今更どうしたんだよ?ちびっ子達みたいにヒーローごっこでもしてるのか?」
蓮が面倒くさそうに答え、声の主結菜を睨む。
結菜は怯えながらも言い放つ。
「確かにその通りだよ。だけど、こんな事をやっていい理由にはならない!」
「……そうかよ。いくぞお前ら、しらけちまった」
「「お、おう」」
蓮の言葉により連中は帰っていく。
一部の人間は結菜がここまで言ってくる思わなかったのか。それとも、この件で他人に注意された事が無かったためかは分からないが、少し驚いているようだ。
「この偽善者がっ。次邪魔したら容赦しねぇぞ」
蓮はすれ違いざまに吐き捨てる。
あの者達の足音は聞こえなくなった頃、結奈が切り出す。
「先生にも言ったけどじゃれ合いや、勘違いだと言ってまともに取り合ってくれなかった。そんなんじゃないのは一目瞭然なのに……」
何故先生も注意しないかと言うと……。
「……
担任の戸田は自分の身を案じている。上も同じなため大人に頼る事は出来ない。
さらに、テニス部の顧問も戸田のため更に救いようがない。
――恐らく始めの一時間程度戸田先生が部活に来ないのも、出来るだけ関わりを増やしたくないためだろう。
それに意味があるのかは甚だ疑問であるが。心理的なものなのだろうと真白は考えていた。
「一応ありがとう。それじゃあね、今日はもう帰るよ」
ハンカチで濡れた顔を拭う。
いつもはこの時間に帰らないが今日は何となく気不味さを覚え帰宅する事にした。
痛みに顔を顰め用意していた着替えを取りに行く。
――――――――――――
着替えが終わり校門へ向かっていると、結奈が立っていた。
「ちょっと待って私も一緒に行く」
「……俺の話覚えてる?本当に結菜さんもいじめられるよ」
「もう今更だから平気。あっ、気にしなくていいよ。私が無理矢理関わってただけだから」
真白もその通りかもしれないと思い言い返さない。
……その後結局、結菜も付いて来る事となった。
――――――――――――
「ねえ。どこに向かってるの?家こっちじゃないよね?」
「なんで知ってんの」
「昨日、校門から出た後向かった道と違ったから!」
「そ、そうなんだ」
隣でドヤ顔で答える結菜を見て若干引く真白。
「空き地だよ」
「へー何しにいくの?」
「……友達に会いに行く」
「そうなんだ」
「……」
「……」
「あ、あと昨日の道もいつもとは違うんだ」
「え、そうなの?」
「うん。最近学校近くの崖が危ないってなったらしくてね。工事が終わるまで通れないんだ」
「なるほどね」
「……」
「……」
無言の時間が流れる。
仲良くもない異性同士がこんな状況で会話が続く訳も無く、5分程そのような時間が続いた。
「何で俺の事を気に掛けるの?同情なら止めてほしいんだけど」
無言の時間を断ち切ったのは、真白であった。
「同情じゃないよ。ただ後悔したく無かっただけ」
「後悔?」
「そう、後悔。小さい頃からおばあちゃんに後悔しない選択をするように心掛けなさい。って言われて生きてきたから」
「ふーん。でも君が今やっている事は、言い方は悪いけどあいつも言ってた通りただの偽善だ。自己満でしか無い」
真白は冷たく言い放つ。
「うん、偽善で自己満で結構。これが気に掛ける理由だよ。満足出来る理由かな?」
「いや、何で俺を気に掛ける事が、後悔しない事に繋がるの?」
「そりゃあ、凄く悲しそうな眼をした人がいて、それを知っていながら何もしないでその子が居なくなったら、目覚めが悪いじゃない!」
「そういうものか?」
「うん。そういうもの、そういうもの。まぁ、『今まで何もしてこなかったのに今更何言ってんだ』って感じだと思うけど……」
その顔に少し見蕩れた少年は照れくさくなり目を逸らす。
――――――――――――
「友達はどこにいるの?」
「この辺にいるはずなんだけど・・・あっ、いた。おーい
「ワンワン!」
「えっ?!犬?」
結菜は驚きの余り声が出る。
「うん。雪は犬だよ」
「へ、へ〜」
「何?その可哀想な人を見るような眼。止めてくれない?」
「ご、ごめん」
先程の会話で両者の仲が少し深まったのか、少し言葉に遠慮が無くなっている。
雪はそんなもの知るかと言わんばかりに真白にじゃれかかる。
「あ、ちょっと。くすぐったいって」
「ワワン!」
「ほらこれあげるからっ」
「!!」
雪は眼を輝かせ、真白が与えた物に飛び掛かかった。
犬用のお菓子である。
真白は週に何回かお菓子を持って雪に会いに訪れる。
そしてお菓子の代わりで雪に、学校での愚痴を聞いてもらっていた。
「か、可愛い……」
お菓子を美味しそうに頬張る雪を見て結菜がそう零す。
「だよねっ!」
真白は食い気味で答える。
「びっくりした〜。耳元で大きな声ださないでよ」
「あっ、ごめん。つい……」
「でも私の前で始めて笑ったねっ!」
「!!」
咄嗟に顔を逸らす。
その行動を見た結菜は思わず笑い出す。
真白も始めはバツが悪そうな顔をしていたが、途中から仄かに笑い出した。
結菜は少しずつでも真白が良い方向に向かって行けるよう願った。
この願いが叶うかどうかは、神のみぞ知る。
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