第2話

 帰り道、雨が降り始めた。ああ、今日は傘を持っていなかったな。………仕方ない。コンビニで傘でも買おう。

 コンビニでビニール傘を買った。………たまにはこういう傘もいい。透明であるが故に水の流れがよく見える。雨の音も心地いい。まるで、自分以外が世界に存在しないかのように僕を包んでくれる。

 ……………そうだ。昔から僕はこの音が好きだった。

「…………ひとりぼっち、か。」

 視界は薄暗く、また黒いもやが渦巻き、僕を陰鬱な気分にさせる。

 そんな中、一人の女性がガラの悪い男たちに裏路地へ連れ込まれるのが目に入った。

 僕は別に、警官や正義とかに憧れてるわけじゃないけど、ああいった理不尽なことが嫌いだった。

 だから、僕は走る。とにかく走った。そこへ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそれがはじまり


ああーーさん。どうしたの?

ああ!あの件ね。わかった。明日が楽しだね。

それじゃあ。

私は机を覗き込む。

そこはからから。からのから。

ですので私は外へ出た。

ふらふらふらのふらふーら。

たりないものをたしにぼうけんへ出かけましょう。

すこしおなかが鳴りました。

そんなの気にせず進みます。

トコトコトコトコ。

みいつけた。ありました。

それを足して、箱の出来上がり。

私は喜び踊ります。

くるくるくるりん。くるくるりん。

おなかが再び鳴きました。少しおいしく見えました。

私はるんるん歩きます。

おおかみさんがそこへあらわれました。

それらが何かを話してます。

おなかがまたまた叫びます。

なんでもいいから食べたいです。

でもでもまだまだがまんします。

私はつれられはずれみち。

とうとうおなかが目をひらく。

おくり、おくられ。くい、くわれ。

ふたがひとつあいちゃった。

おおかみからは赤い鳥。

ぷらぷら飛んでいる。片翼もがれ落ちちゃった。

私のまわりはタプタプジュースのみずのうみ。

ああ、おなかがすいた。


 僕は走った。そこを見た。それを見た。

 雨はいつもより強く、僕の味方をしてくれる。全てを包み隠してくれる。周りを見せないでくれる。ザアザア降ってて何もない。

ーーーーーーーーーーーーーーーー見るな。目を向けろ。戻れなくなる。

 雨が弱くなった。いや、なってしまった。

 青髪の少女がそこにいる。赤く染まり、何かを食べている。

 その少女が誰か僕は知っている。

「ゆ、侑ーーーーーーーーーーーなに、してるの?」

 少しの沈黙の後、口を開け、こう言う。

「………おなかがすいて、しかたがなかったの。」

「だからって、こんな………」

「そんなの、どうでもいいから………早く、逃げて!」

「え?」

こんな侑見たことない。そんなになるまで、まずい状態なのか?…………それでも、

「行かない。」

「………なんで?死ぬよ、律。」

「それでも、お前を一人にはできない。向き合い続けるって決めたから。」

「………やめてよ。そんなの、イヤだよ。律には苦しんで、死んで欲しくないの!…………早く、逃げてよ!」

「お前は、苦しくないのかよ?」

「………苦しいよッ!でも、私にはもう助かる権利なんて………あるわけないでしょ!もう、終わりたいの!だから、だから、私を捨てて早く逃げてよ!」

「………ふざけるな!!権利なんて知るか!僕は決めたんだ!君を愛すって!そのためなら、僕は……」

「私は………人殺しで、怪物で、人間じゃない異物なのに………生きてていいて言うの?生きろって言うの?」

「そうだ!」

「律、私は、私は………」

 律は侑のそばに近づき、彼女の手をそっと握る。握った手は、侑の手同様に汚れてしまった。

 けれど、これでいい。

「侑、君がどんなに人でも僕は君と一緒に歩みたいんだ。ひとりぼっちはイヤなんだ。君の罪も君への罰も僕が一緒に背負う。だから、僕と共に生きててほしい。」

「……………いいの?こんな、私でも………」

「ああ、どんな侑でも構わない。だから、一緒に生きよう。」

「うん。」

 その言葉とともに彼女の首が宙を舞う。

「…………は?」

「処理は完了した。ああ、晴信。今のところは問題ない。ただ、念のため結界は張っておいてくれ。それじゃあ、またあとで。」

 この男を知っている。あの時、ぶつかった男だ。

………………こいつが、侑を、侑を……殺した。

 呼吸がうるさい。心臓がこれまで以上に早く機能する。これほどの怒りを僕は今まで、感じたことがない。

「お前!よくも、よくも侑を………侑を殺したな!」

 律は男の胸ぐらを掴む。

「よくも!よくも!」

「仕方がないだろ。彼女を生かしておいたらこの町どころか、国……いや、世界が滅ぶかもしれないんだぞ。」

「………でも、」

「じゃあ君は、世界中全ての人間と一人の怪物、この選択肢の中で一人の怪物を選ぶのか?」

「……………」

 答えられなかった。そんな問いを出されても、彼女を愛すって誓ったなら、即答できないといけないのに。僕の覚悟は、こんなもんだったのか。無駄だったのか。

 開いたまま放置された傘は水を多く貯め、涙の如く溢れ出していた。

「ああ、ああぁあぁあぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁ」

 ………辛い。もう、彼女がいないことが。つらいよ。………一人にしないでよ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーピクッ

 信じられないものを見た。首のない死体が急に立ったのである。

「…………え?」

「チッ。首が弱点じゃないだと。おいおい、熊太さん。話が違うぞ!」

 男はすぐに距離をとる。

 死体だったものは背中から大量の巨大なタコ足を生やす。それらが一斉に男に襲いかかる。

 男はそれをただの刀で切り伏せる。多いだけで大したものではない。その事実を瞬時に見抜いたのであろう。かなり、戦闘慣れしているようであった。

「粉々にしたら死ぬのかな?コイツ。」

 瞬きの間にそれに近づき、足を切る。次に腕。

最後に胴。しかし、現実はそう簡単にはいかない。そう、刀は弾かれてしまったのだ。

「…………なんだよ、それ?」

 胴から蟹の鋏が現れたのだ。そして、鋏は真っ二つに割れ、中から様々な宝石が弾丸のように射出される。

「………チッ。厄介だな。」

 刀が折れていた。流石に戦闘慣れしている男も、不意打ちでサブマシンガンのように撃たれた宝石には、対応が遅れたらしい。

 しかし、流石と言うべきか、男は武器を失っただけで無傷であった。

「晴信、後何分稼げばいい?……五分か。了解。なんとか保たせる。またあとで。」

 男が耳に無線の通信機をつけているのが、雨の中うっすらとだけど見えた。先程、何もないところで話をしていたのにも納得がいく。

 男は無線での会話を終えるとスッと、まるで手品のようにナイフを二本手元に出す。

「少年、私が時間を稼ぐ。早く、逃げろ。安全なところまで。」

 …………いいのか?本当に逃げても。

 さっき、誓ったのに。それなのに、逃げていいのか?目を背けていいのか?

ーーーーーーーーーーーーーいや、いいわけがない。

「………僕は、逃げる……わけには…………」

 瞬間、僕の瞳にそこに転がっていたはずのものがなくなっているのが映る。

 そして、彼女だったものへ視線を移すと、そこには切り離された頭をくっつける獣がいた。

「あ、あぁあぁぁ」

 侑はもう……化け物なんだ。

 ……………………逃げなきゃ。僕にできることなんて何に一つとしてなかった。僕の愛した彼女はもう、どこにもいないのだから。

 僕は、震える足を無理に動かし、そこから逃げる。裏路地から出ると目に入ったのは、誰もいない町中だった。押し寄せる不安を押し殺し、走る。走る。とにかく走る。

 無我夢中に走った。故に、どうしてここに来たかなど理解できなかった。

 それの答えなど、考えられず、僕の視界は黒いもやに包まれた。

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