ノウゼンカズラのおちるとき
巴氷花
第1話
雨が好きだ。昔から好きだったけれど、なぜ好きだったかは、よく思い出せない。昔から好きだった。理由は言えないが、今好きな理由は明確に言える。それは、僕にとっての太陽。闇に差し込む光。ひとりぼっちだった僕に手を差し伸べてくれた優しい彼女に出会わせてくれたからだ。
北星戦争から十五年後、獣に対まれた傷が薄まり、人類が再び進み始めた頃。
再び大きな脅威が現れた時、人類が抵抗できるように有史以前から研究されていた魔術や呪術を扱う者がそれぞれのグループでまとまり国を作り、今より強力な力を得れるように盛んに競争が起こるようになった。しかし、超能力を持つ者や何も持たない者は、そのような輪に入れず、だからといって新たに国を作れなかった。
しかし、約二十年前、無能力者は新興国シャングリラを作り上げた。
「って桐谷、聞いてるのか?」
その言葉とともに肩に手を置かれた。
それでダンベルのように重かった瞼が嘘のように軽くなった。
「えっあ、はい。聞いてますよ。」
中雲先生はため息をする。
「お前なぁ。ただでさえ低い歴史の成績をもっと下げるつもりか?」
「いやいやそんな気、ありませんよ。今回だって予習してきたんですよ。」
「お!じゃあ、これから私が読もうとしていたところの内容を要約してくれるな?」
「いいですとも。えっと………シャングリラ人気アル場所。田舎カラ人集マル。過疎化進ム。ヤバい。ふっ!完璧ですね!」
教室に少しの笑いが生まれるとともに、中雲先生は頭を抱え、ため息をつき、言った。
「言い方とまとめ方が少しムカつくが、まあ大体あってるし……よしとするか…………いや、でもなぁ。」
「先生。言いたいことはわかりますが、もう少しオブラートに包んだ方がいいと思いますよ。」
彼女の声が教室に響きわたる。彼女の声が耳に入るたびに、胸が締め付けられる。何か自身の中で熱いものが生まれるのを感じる。僕の心は、日々それに溶かされていく。
「ああ、確かにそうだな。すまない二人とも。だがな、桐谷。テストでそんな回答しても点数は与えんから気をつけるように。」
「………………わかりました。」
そう言ってから、僕は黒板に書かれた内容をノートに写した。すると、
「律、寝るのはほどほどにね。」
と、侑が声をかけてくれた。………少し嬉しい。
「授業中だぞ、米林。私語は慎むように。」
侑は、はっと口を開け、顔を赤らめさせた。そしてそれを咄嗟に教科書を持って隠してから、はいと返事をした。
体育の後の悪魔の歴史を乗り越え、僕らは昼食にたどり着いた。
「今日も一緒に食べない?」
沈み込みそうになりそうなくらい美しい青い髪を靡かせ、侑は僕に言った。
「いいよ。どこで食べる?食堂?教室?それとも屋上?」
「屋上にしよう。それとあなたに伝えたいことがあるの。」
僕は呆気に取られた。伝えたいことってなんだろう?
もしかして………告白?もし、そうなら飛び跳ねて宇宙、までいけそう。
お、落ち着け。ここは冷静に答えろ………キリッ。よし、これなら大丈夫。
「わかった。早く行こうぜ。」
キリッ。よし、決まったな。
屋上についてから、僕らはベンチに座った。そして、侑は話し始めた。
「私と………付き合って欲しいの。」
「…………え?僕で、いいの?」
「………うん。」
とても嬉しかった。ふざけて、告白なんじゃないのなんて考えてたのがバカに思えるくらいに。
けれど、きちんと侑は返事をしてくれたけど、彼女は目を合わせてくれない。この言葉自体が本物ではなく、嘘に塗り固められたものなのではないかとも考えてしまった。いや、けど、そんなわけないって信じたい。
「あの………それで、今日の放課後に、私の父さんに会って欲しいの。」
「いいけど、まだ、ちょっと早いんじゃないかな?」
「そんなことないよ。………絶対に来てね。」
こんなに必死な彼女は初めて見た。だからこそ、彼女の力になりたい。そう思えた。
「ありがとう。」
「僕、好きな人からのお願いって断れないんだよね。…………というか、困った時は、お互い様だろ?あんまり気にしないでよ。」
「……………ごめんね、律。」
侑はボソッと呟く。
嘘なんて吐かなければ良かった。僕が変に気を使ったせいで彼女に余計な負荷をかけてしまった。
「…………あの、」
「時間がないよ、律。早く昼食をとろう。」
「あぁ。うん。」
…………言えなかった。その後の食事は、美味しくなかった。
放課後、僕と侑は侑の家へ向かった。
家に着き、侑に案内されるがままに侑の家の地下へ入った。そこには無数のラットとパソコン、あと初めて見る機械があった。そして、その機械の前に男が立っているのが見えた。おそらく、彼が………
「はじめまして、桐谷律君。あ、いや。はじめましてではないか。君とは病院で何度か会っているもんな。」
誰だ?この人。陽気な人………なのか?パッと見るとそのようにしか見えない。
「こうして個人的に会うのは初めてなんですから、『はじめまして』でいいんじゃないですか?」
「それもそうだな!」
と言い、ガハハと笑う。
「ああ、まだ自己紹介がまだだったな。俺の名前は米林真次。よろしくな。侑の彼氏として。」
「………はい。よろしくお願いします。」
なぜだかわからないが、背筋を得体の知れないものに舐められたみたいにゾクッとした。けど、僕はそれに気付かないふりをする。
「侑から話があるって聞いたんですけど。」
「…………ああ、あるとも。そもそも、これを知ってもらわないと君を侑の彼氏とは認められないからね。いいかい?話をしても。」
僕は唾を飲み込み、覚悟を決める。どんな真実が待っていようと、受け入れてみせる。
「はい、お願いします。聞かせてください。」
「では、語るとしよう。彼女の正体、俺の研究、そして目的を。俺は十七年前、シャングリラで兵器の開発機関で働いていた。俺が研究していたのは今から約八十年前に飛来してきた宇宙人。魔術師どもはあれをポラリスと、陰陽師どもは北獣と呼ぶな。それから検出された細胞、それをp細胞と名づけ、医療や人の進化のために使えないか必死で研究した。しかし、奴らは危険などと言い、俺の研究を強制的にストップさせた。目時期に新型口ボ兵器の開発も進められていたから予算をかけたくないというのが本音のくせに……………おっと失礼。これは本題とは関係なかったな。続きだ。どうして研究を諦めたくなかった俺は十五年前にこの土地に住みつき、研究を進めた。最初は失敗だらけだったが二年で人に適した最高傑作を作り上げた。そして、それを搭載するために用意した人間。それが米林侑だ。」
「…………は?」
「すまない、聞こえなかったのか。侑は俺の研究のたのに用意した器なのだよ。」
「同じことを何度も聞かせないでくださいよ。」
「どうして怒ってるんだ?自分の都合で侑を作ったことに怒っているのか?なら、君は考えを変えるべきだ、全ての生物は自分の目的のために何かを使る。食事だろうか、道具だろうが、子供だろうがね。はじめから産んで欲しいと思ってるものは、存在しないんだよ。」
「で、でも」
「君もその内の一人だろ?」
何も言い返せなかった。彼の考え方はある意味正しい。…………とても悔しかった。けど、僕が怒っているのは、きっともっと違うことで…………
「話を再聞しよう。君を彼氏に選んだのは、彼女の遺伝子と君の遺伝子の相性がとてもよいことが最近分かったからなんだ。」
この言葉で確信した。侑には最初から自由なんでなく、ただ自分のことを勝手に他人に決められる。奴隷のような人生だったんだと。
「……許せない。この話はなかったことにしてください。」
そう言い、僕は地下室を出た。
「はぁぁぁ。彼には俺に何かあった時のために研究を継いで欲しかったが、まあ仕方がないよな。侑、彼を家まで送り届けてあげなさい。」
「………わかりました。」
彼女に自由などなかった。その事実が僕の頭をかき乱す。その結果、出来上がったのは真っ赤な怒り。彼女が鳥籠の中身であるという事実へのでもあるが、それにずっと気付けなかった自分へのものがほとんどであった。
「送るよ、律。」
後ろから侑の声がした。僕は必死に今までの嫌なまだ妄想に過ぎないものを切り捨てようとする。彼女を不快にさせないために。
しかし、それは失敗に終わる。なぜなら、僕はふと、こう考えてしまった。
『彼女は自分と同じ人間なのだろうか?』と。
先刻、男はこう言った。用意した器と。察するに、彼女は作られた存在なのだろう。いや、そこは問題じゃない。昔見たアニメで人造人間を人としてしか見れなかった僕にとてはどうでもいいことだ。ここで問題にしているのは、彼女に自分の意志があるのかどうかだ。作られたのが身体だけなら、まだ受け入れられる。
だが、心までもが作り物だったら?
あの日、差し伸べられた手すら偽物だとしたら?
もしそうなら、僕は……僕はきっともう侑を、侑として見れなくなる気がする。
怖い。確かめたくない。けど、好きになったんだから、せめて自分が納得する形で終わらせたい。
………後悔したくないように。
「侑、これから………どうするの?」
違う。聞きたいのはそうじゃない。
「どうもこうも、ただ生きるだけだよ。父さんのもとで。」
「なあ。今、幸せか?」
「………いや、全然。律の思いを踏み躙ったことと父さんの計画完遂が遠のいたのは辛いかな。」
「……………なぁ。」
「なに?律。」
「初めて会ったあの日。僕に手を差し伸べたのは本心からか?それとも、誰かの意思からなのか?」
「……………わからないよ。そんな昔のこと。けど、きっと私の意思だと思う。」
わからなくなった。彼女が人なのか、人形なのか。少し、少しだけでいいから、時間が欲しい。考える時間。侑との時間。そして、
心を整える時間。
「なあ、侑。今から売店に行かない?」
いいよと元気よく答える。
売店。僕がいつもある店を指す時にしか言わない言葉。僕ら二人の憩いの場所。やこさんの駄菓子屋だ。そこに向かうことにした。
「何を買うの?律。」
「侑の好きな物でいいよ。」
「ふふ。ありがとう、律。」
彼女の笑みは太陽のようにまぶしい。・·・・そこは変わらない。なのに、どうして僕は偽物だと今、感じてしまったんだ?
いやで考えるな。考えちゃだめだ。
“けど、考えようが、考えまいが、結果は同じだよ。彼女は作られたものなんだから”
目を逸らそうとしても、その不安はそんなことをさせてくれない。僕は、僕は……どうしたらいいんだ。
「律、大丈夫?気分悪そうだけど……」
「あ、ああ。大丈夫。多分。」
危ない。顔に出ていたのか。気をつけないと。
「決めた。これ買ってよ、律。」
「これって……」
あの日もらった飴だった。少しパッケージが変わっているけれど、確かにあの日のものだった。
「ああ、わかった。買ってくるね。」
僕は店主のやこさんに商品を渡す。
「これ、お願いします。」
「これね。百八十円だよ。」
「どうぞ。」
僕は財布から二百円を出して、手渡す。
「はいよ、律君。」
渡された袋の中を覗き込む。そこには購入していない赤い飴玉が入っていた。
「やこさん、二つ購入してないのが入ってるけど………」
「二人で分け合いなさい。あんたと侑ちゃんで。これで元気出して頑張ってね。」
「ありがとう。やこさん。」
なんだか心が温まった。僕は侑のところへ小走りで向かった。
「飴、一緒に食べようよ。」
「いいよ。」
僕らは一緒に赤い飴を舐めた。
そして、この場を後にした。
「これから塾だから、それじゃあ。また明日。」
「うん、また明日。」
僕は、侑と赤い飴を舐めた後、時計を確認し、五時だったので習い事、つまり塾に直行することにした。
五時半から授業だ。急がないと、また遅刻しちゃう。急げ、急げ。
そう無我夢中に走っていたら男とぶつかった。
「痛ッ」
「すまない。怪我はなかったか?少年。」
「あ、はい。すみません。急いでたもので。……それじゃあ。」
「ちょっと待ってくれ。あることを聞きたいんだ。」
「……あることってなんです?」
本当は急ぎたいが、ぶつかったのは自分なんだし、きちんと聞くには聞かないとと思った。
「米林っていう人がどこに住んでいるかわかるかい?」
…………米林?なんでこの人が侑を探しているんだ?
そう僕が考えているところへ、彼の格好がようやく目に入る。男は黒いスーツを着ており、腰のあたりには刀を携帯していた。
こんな見方からに怪しい人にはさすがに教えられないと僕は思った。そして、
「知らないです。それじゃあ。」
と言い、その場を走って去った。塾には無事着いた。今日の授業のコマは理社だった。あっという間に終わった。いつもなら三時間近くあって長く感じるの授業が、時計の針を無理やり進めたかのようにパッと終わった。こんなの初めてだ。
「なあ、桐谷。何か悩み事があるんじゃないか?」
「どうして分かったんですか?」
「大好きなはずの理科の時間もお前、上の空だったぞ。そりゃあ、気付くさ。もう四年の付き合いだぜ、俺ら。悩み事はゲロちまった方がいい。現状は何も変わらんが、心は楽になる。」
「吉田先生………」
確かにそうだけこの人になら相談してもいい気がするし、話してしまおう。
「僕、好きな子がいたんです………」
「うん。それで?」
「その子と付き合えたんですけど………その子が、………侑は人造人間で、自由がなくて。そのことに気づけなかったのも……………侑が、実は全部作り物で偽物なんじゃって思うと、胸が………苦しくなって。」
自身の中で過巻いていたものを吐き出せたからか、視界がしろくぼやけ、胸を貫いていたものが少し抜けたみたいに楽になった。だけど、同時に痛みが込み上げてきた。
「……うん。辛かったね………」
そう吉田先生が言うと、僕の背中を優しく撫でてくれた。
「桐谷はどうしたいの?」
「…………わからないんです。………というか、先生にはわかりませんよね?今の僕の気持ちなんか。」
「ああ、わからないぞ。」
ほれ見たことか。彼はこう冷たい言葉をかけた。だが、こうも言う。
「分からないが、これだけは言えるな。自分の考えをはっきりしろ。彼がとか彼女がとかじゃない、自分の思いを。自分がどう彼女のことを思うかを大切にしろ、以上。」
「はは。なんだよ………それ。」
「後悔ないようにしろよ。お前の人生の主役はお前自身なんだから。」
律は目を逸らし、しばらくしてから小さく頷いた。
「どうするか、決めたか?」
どうすべきか。正直、すぐにはっきりとしたものは出せない。けど、彼女を、侑を好きだって気持ちは今も昔も変わらない。
なら、すべきことはーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………はい。決めました。僕は、侑を幸せにしてみせます。」
これが僕の覚悟。試練へのスタートライン。
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