第2話 初手で詰んだから色々ミスった
職にありつけず、藁にも縋る思いで辿り着いた冒険者ギルド・レーヴェンチュア。そこは、天国のようなギルドだと専らの噂だった。
ノー審査・手数料不要で加入OK。ここのギルド証を提示すれば、素泊まりは無料。
更に、このギルドに入った者だけが実体化AIとともに冒険できるという特権付き。
だが――。
(そんな謳い文句に釣られたのが、そもそもの間違いだったんだよな……)
釣られた結果、全冒険者ギルドから永久追放の危機真っ只中だ。
ポンコツを自称するAIを前に、トーマは遠い目をした。
***
時は遡る。
レーヴェンチュアの支部。ギルドに加入するため、トーマが意気揚々と受付に足を運んだ直後のことだ。
『加入届を提出する際には、必ず冒険のパートナー用AIをご持参いただくことになっております。お手数ですが、ご自身のAIをご購入・ご持参の上、再度お越しください』
『購入……?』
『はい』
にこやかに微笑む受付のお姉さんと、初めて聞く説明に青ざめる
ノー審査・手数料不要だと聞いていたのに、思っていたのと違う……というやつである。
(AIは自分で購入しないといけないなんて、詐欺だろ……)
悲しいことに、トーマの所持金はゼロだ。レーヴェンチュアの支部までの旅路で、なけなしの財産も使い果たしてしまったためである。
優しく商店街への道のりを教えてくれるお姉さんの言葉を聞きながら、トーマはがっくりと肩を落とした。
§
商店街までは、支部から徒歩二、三分の距離だった。タイルで舗装された道を挟んで、AIなどの装備を売る店がびっしり立ち並んでいる。
そして店先まで近づけば、ゼロが幾つも付いた値札に再び絶望するというのが貧乏人のセオリーだった。
『いらっしゃい! メモリ大容量、速度快適、豊富な学習データがインプット済のAIはどうだい?』
『…………俺にはゼロ一つしかねえんだわ』
『兄ちゃん、うちならもっと安いのがある。性能は少し劣るがこっちで買いなよ』
『さっきのと一桁も違わねえ……』
トーマは値札を見て、ため息を吐く。それだけで10年以上は楽に暮らせそうな額だった。
客引きの声に適当な返事をしながら、トーマは商店街をとぼとぼ歩く。
AI本体を見る気力すらも湧かなかった。
『そこのお兄さん』
また客引きか。今回は低い男の声だ。
うんざりしながら顔を上げ、返事をするために辺りを見渡す。だが、声の主はどこにも見当たらなかった。
(空耳か……?)
トーマは額に手の甲を当て、目を閉じた。
どうやらかなり疲れているらしい。
そりゃ疲れるよな。田舎の村から遠路はるばるやってきたのに、肝心のギルドは門前払い――
『あんただよ。黒髪で、運が無さそうな顔をした冒険者さん』
『……ん?』
空耳ではなかった。男の声がしっかり聞こえた。が。
トーマの眉間に皺が寄る。
確かにトーマの髪は黒色だが、別に運が無さそうな顔をしているつもりはなかった。
今この声に反応してしまえば、自分が不運だと認めるようなものである。
それは嫌だったので、彼は素知らぬ顔で歩を進めようとした。
『あああ! 待て待て! 今からあんたに幸運をやるからよ!』
『……』
『怪しくないぜ!? ほら、ちょっとだけこっちに来な』
男の声は、焦ったように上擦っていた。
その声は、立ち並ぶ店の隙間に細く伸びた路地の方から聞こえてくる。
『どう考えても怪しいだろ……』
眉間の皺を深くして、思わず小さく独りごちる。
だが、今のトーマに失うものなど何もないし、拾える幸運があるなら拾いたいのも事実。
話くらい聞いてやるかと、トーマはしぶしぶ路地へ向かった。
§
その男は地面に座り込み、小汚い帽子を目深にかぶっていた。
表情も分からなければ、人相すらも分からない。
いかにも訳ありの風体である。
(厄介ごとに巻き込まれそうだな……戻るか)
顔を固くしたトーマが踵を変えそうとした瞬間。
低く通る男の言葉に、彼は足を止めた。
『あんた、AI欲しいんだろう?』
『何でそれを』
『お代は良い。やるよ、コレ』
立ち上がった男は、碌にトーマの言葉も聞かず、小さな箱を押し付けてきた。
それは、まるで厄介者を追い払うような手つきだった。
――ちなみに、その時のトーマには、それが宝物を急いで託すような手つきに見えていた。
彼には、男が救世主に見えていたので。
『早くレーヴェンチュアの加入届を出しに行けよ』
『ありがとう! 本当にありがとな!』
まさか、本当に幸運が舞い込んでくるとは思わなかった。
顔を輝かせたトーマは、男に礼を言い、支部へと駆け出した。さっきまで疑っていてごめんな! と心の中で謝りながら。
残念ながら、男に対する猜疑心は、綺麗さっぱり消え去っていた。彼には、男が幸運の神様に見えていたので。
それほど、トーマはレーヴェンチュアに加入したかった――もとい、冒険者になりたかったのである。
§
全速力で支部に戻ったトーマは、無事に加入届を提出した。
名前を書き、男から渡された箱を受付のお姉さんに見せる。拍子抜けするほど簡単な手続だった。
しかし、その直後からトーマの受難の時が始まったのだ。
広場で箱を開けてみた彼は、瞠目した。
『こいつが……AI…………?』
中身は、手のひらよりも小さな石板一つ。
つるりとした表面の中央に、複雑な紋様――AIの紋様らしい――が入っている。
トーマの声に反応したのか、紋様がぼんやり青く光り、中性的な声が響いた。
“初めまして! お手伝いしますので、何でも仰ってください!”
『じゃあ、とりあえず実体化して』
“私は実体化できません。それ以外のことでしたら、何でもお手伝いします”
何だか雲行きが怪しい。だが、トーマはめげなかった。
『あー、一番良い冒険先を教えて』
“冒険先として最もふさわしいのは、夢と刺激に満ち、レア報酬や高経験値を獲得できる場所です。情報が不足しているため、詳しい情報を頂ければ精度の高い回答ができます”
『だからどこなんだよ、そこ』
これはまずいかもしれない。トーマの背中に冷や汗が伝い始める。
その後も、トーマはAIと不毛なやり取りを続けた。実体化は何度訊いても不可能。唯一できたのは、AIの声と口調のカスタマイズぐらいである。
“愚かな勇者よ、よくぞ魔王城まで辿り着いたな。だが、人間の分際で魔王に挑むなど一万年早い。精々地獄の底で後悔するが良い!”
『すげえ!』
AIの声が魔王風の声に変わり、それっぽい口調で喋り出す。
魔王について大まかな説明をしただけなのに、中々の出来だった。
感動したトーマは調子に乗って、AIに新たな
『じゃあ、勇者風の口調はいける? TUEEE系のやつ――』
AIに、他のキャラの口調で会話させようと試みたのだ。
俺TUEEE系勇者、悪役令嬢、おっさんダンジョンマスター――。次々に試してみた。
しかし……
“…………”
『もしもーし?』
“…………”
結果、AIの返答が返ってこなくなってしまった。処理落ちしたらしい。
トーマは反省した。
『すまん、やりすぎた……』
“…………”
ちなみに、傭兵に首根っこを引っ掴まれたのは、この後である。
***
そして、現在に戻る。
徐々に、AIのつるりとした石板が忌々しく見えてきた。
「一体、俺はどうすれば良いんだよ」
“諦め”
「諦める以外にすることを探してんの!」
間髪入れずにリタイアを勧めてくるAIの言葉を遮る。
AIはしばし考え込んだ後、無茶苦茶な解決策を提案してきた。
“では、権力者の身内を救いましょう。経験則上、褒賞が与えられます。褒賞を活用すれば、諦めずにすみます”
「そんな簡単に権力者の身内を救えるかっての。そもそも俺は、人助けすらまともにしたことねえし」
あー、と唸り声を上げて、トーマは頭を掻きむしった。
煤けた路地の壁に、ガツンと背中を預ける。
考えろ、考えろ。
何か解決策を捻りださなくては――
「離しなさい! ちょっと! 何するの!?」
タイミング良く、切羽詰まった悲鳴が路地の向こう側から聞こえてきた。
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