冒険のパートナーはAIでした ※ただし、超ポンコツ
桜田夜空
前途多難な旅の始まり
第1話 『永久追放』宣言頂きましたー!
スリルが一切無い冒険は退屈だ、と聞いたことはあるが。
「まぁだ実体化してないの? ん?」
冒険を開始して数十分で、筋骨隆々の強面兵士に首根っこを掴まれて凄まれるっていうのは、流石に刺激が強すぎないか?
「いやぁ、駆け出し冒険者なんで……?」
訳も分からないまま、引き攣った笑みを浮かべて青年はぎこちなく首を傾げた。
ただ、そんなポーズを取って放免されるのは、無垢な幼子か上目遣いが上手な女の子だけである。
無情にも、片手で青年を吊り上げた兵士は、残酷な言葉をだるそうに吐き捨てる。
「説明は聞いているよなあ? あんた、全冒険者ギルドから永久追放」
「え」
「何寝ぼけた声出してんだ。冒険者失格って言ってんの!」
説明ってなんだ、ギルド追放ってなんだ。しかも、全冒険者ギルドって言ったか? それってつまり、二度とどの冒険者ギルドにも入れないってことだよな。
そんなもん聞いてねえよ。こちとら冒険者歴=数十分のひよっこだぞ?
青年の脳内をこれらの言葉が一息に駆け抜けた。
意味が分からず、彼は恐る恐る聞き返す。あまりの驚きのせいで、彼には兵士に対する言葉を取り繕う余裕など残っていなかった。
「マジで?」
「マジ」
「はあーーー!????」
街行く人々が彼の叫び声に振り返り、鳥たちが忙しない羽音を立てて飛び去って行く。
振り返った人間――冒険者の傍らに立つのは、
耳をピコピコ動かす猫耳メイドに、宙を浮くアシストロイド風の少年。
逞しい腕を持ち、そこに勲章のような傷跡が刻まれた大男。
仮面を着用した長髪男に、口元を緋色のマスクで覆った清楚なシスター風の娘―—。
他にも様々な特徴を有した実体化AIたちが無機質な目で青年を遠くから見つめ、時折彼らのマスターの声に返答する様子が見受けられた。
このようにバラエティー豊かで、無限大の可能性を秘めたAIを
それが、青年が今しがた加入したばかりのギルドの特徴だった。
(……あ、違うな)
青年は目を眇めた。
仮面男は冒険者だ。彼はAIではない。実体化AI特有の紋が男には入っていないからだ。
紛らわしいやつがいたもんだ、と青年は自分の勘違いも棚に上げ、内心肩をすくめた。
「おい、駆け出し冒険者さんよぉ。聞いてるか?」
『駆け出し』という言葉を厭味ったらしく強調した兵士に、意識を引き戻される。
「え、あ、はい」
「聞いてねえな」
「聞いてましたよ、ギルド追放に冒険者失格でしょう?」
今更言葉を取り繕って何の意味があるかは分からないが、一応敬語を使っておこう。
兵士の刺々しい視線と態度が和らぐのを少しばかり願いつつ、青年は弁解の言葉を続けた。少々盛り気味に。
「何とかなりませんかね。俺、本当にさっき――ほんの十数分前に冒険者になったばかりなんですよ」
「あん?」
「今回だけ見逃していただけないかと思いまして――」
揉み手をしながら続けようとした言葉は、突然鳴り響いた警告音と機械音声により妨げられた。
「よーし、行こうぜ相棒! ぶっ殺してやんよぉ」と、荒くれ風の冒険者が傍らのAI――先程の大男だ――と肩を組んだ瞬間だった。
ビービーと鳴る警告音とともに、荒くれ冒険者の口元に『NG 規約違反 NG』と赤字でびっしり書かれた包帯がぐるぐる巻きついていく。
“規約違反 規約違反 この発言は規約に反している可能性があります”
中性的な機械音声が、大男AIの口から延々と再生されている。正直言って、大男の見た目とは相容れない声だ。
「あー……あの。あれ、行かなくて大丈夫なんですか?」
兵士に吊り下げられたまま、警告音と機械音声が騒々しいハーモニーを奏でる方向を小さく指さす。
ついでに、「助けてくれ、俺は何もしてねえ!」という荒くれ男の悲しげな叫び声も聞こえてくる。実際には、荒くれ男の口は包帯で塞がれているので、うめき声に近い音であったが。
今や包帯は巻きつく勢いを増し、荒くれ男の首や体をも覆い始めていた。
「……クソッ」
眼球だけを動かし、青年の指が示す方向を見やった兵士は、鬱陶しそうに舌打ちした。
「こっちは未実体化だが駆け出し。あっちは規約違反――しかも首を絞められかけてやがる。……仕方ねえ」
そう小さく呟くと、兵士は青年の襟首を掴んでいた手を突然放した。
「うわっ!」
「あんた、目こぼしは今回だけだ。次、
投げ出されて強かに打ちつけた尻をさすりながら、走り去る兵士改め傭兵のいかり肩を目で追う。
「目こぼしどーも」
ありがとさん、と力無く呟きながら、青年はゆっくりと立ち上がった。
§
人通りが少ない裏路地まで進み、青年はポケットに入れていた箱をそっと取り出した。
「なあ、さっきの傭兵が言ってた『説明』ってなんだよ」
そう言いながら箱を開けると、AIの紋が刻まれた小さな石板が現れる。
「お前、本当に実体化できないわけ?」
諦め調子にそう問いただす。冒険を開始してから数十分、青年は石板に対して同じ質問を繰り返していた。
傭兵には、冒険者になったのは十分程前だと言ったが、あれは嘘だった。まあ、これくらいのサバは読んでも許される範疇だろう。
それより問題なのは、コイツである。青年の声に答えるように、石板から男とも女とも取れない声が発された。
“説明については、お答えすることができません。また、私は、実体化することはできません”
「お前が実体化できないと、ギルド追放されるらしいんだけど。しかも全部の冒険者ギルドから」
おい、お答えできないってなんだよ、という苛立ちを噛み殺しつつ、あくまで冷静に対話を試みる。
人間、何事も冷静に。不必要な怒りは一旦忘れること。それこそが問題解決の近道だと青年は信じていた。だが。
“私はポンコツですので。諦めましょう”
無機質に響く中性的な声が、静かな裏路地にこだました。
石板が入った箱を持つ青年の手が小刻みに震える。彼は目を閉じ、大きく息を吸った。
深呼吸を繰り返した青年は、突如目をカッと開き、石板に向かって叫んだ。
「諦められるか、こんのポンコツAIめ……!」
冒険者・トーマ。本人もそこそこ愉快な奴であるが、彼のパートナーはもっと
これから冒険を始めるふたりの目の前に広がる光景は、清々しい青空でも、レンガ造りの荘厳な門でも、民衆が声援を送る広い道でもない。
狭くて暗い、ただの煤けた路地であった。
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