第25話
ブレーキ音と共に、マンションの前で車が停止する。
「ここの403号室が浅野の家だ。俺は車を止めてくるから先に向かってくれ」
先生が言うのを合図に、僕と竹内はドアを開けて、マンションへ飛び込んだ。
焦った手つきで竹内がインターホンに「403」と打つ。
『ただいま、呼び出しております。しばらくお待ちください』
インターホンからは、機械的な声が繰り返されるばかりで、僕たちの焦燥感を煽った。
「出ないね」
機械的な声のアナウンスが6回を過ぎたところで、竹内が言った。浅野は居ないのかもしれない。しかし、僕たちはここら辺の土地勘があるわけではない。これからどうするべきだろうか。
僕が悩んでいると、竹内は、何かを思い出したように言った。
「私、ここ、来たことある気がするんだよね。ちょっとついてきてくれない?」
僕は迷わずにうなずく。僕にはもう出来ることが無かった。そのため、竹内の感覚に頼るしかなかった。
「じゃあ、こっち」
竹内がエントランスのドアから外に出ると、ちょうど田中先生が着いたところだった。
「先生もついてきてください!」
竹内の後を僕と先生がついていく形になった。
「ここを曲がったら、公園があるはず」
マンションをでて、左に行き、最初の交差点を右に曲がった。そこには、確かに、小さな公園があった。その公園の中には、ドッチボールをしている小学生たちと、ベンチに座る女子高生の姿があった。
「行ってみよう」
僕たち三人は座っている高校生のもとへ向かった。
「わ、全員勢ぞろいだね」
その高校生は手で顔をこすりながら、笑顔を作ってそう言った。
「浅野ちゃん、私に全部を教えてくれないかな」
「いいよ……私の話は、あんまり人に受け入れてもらえないから」
浅野は下を向いた。僕からは彼女の顔は見えなくなった。彼女は今、どんな表情をしているのか、どんな闇を見ているのだろうか。
竹内は浅野の隣に座った。
「その記憶、私も背負うよ」
「大丈夫だよ。ウチが、ウチが背負うから」
浅野は肩を震わせながら、そう言った。僕には彼女が見てられなかった。
「浅野さんは優しいんだね」
僕がそう言うと、浅野と竹内の二人の視線が集まった。
「浅野さんは、ホワイトフラワーに記憶の消去を願ったんでしょ。浅野さんには祈る前から、一年の記憶も、『コバ』の記憶もあった。でも、浅野さんが二年になったら、『コバ』という存在は無かったことになっていて、そのことをきっかけに、木島との関係も無くなっていた。だから、僕や木島に何とか思い出してもらおうとした。そして思い出してもらうのと並行して、原因を調べた」
「やめて。お願い」
浅野が言うのを気にせず、僕は続ける。
「原因は宮崎優子という後輩がホワイトフラワーに祈ったことにあることを知った。だから、その花について調べるようになり、最終的に自分で祈った。そして『「コバ」についての記憶の完全消去と木島との関係の復元』を祈った。ただホワイトフラワーは一つしか願い事を叶えてくれなかった。」
「……そう」
観念したように浅野はつぶやいた。
「ウチが祈っても一つしか叶えてくれなかった。ウチは『コバ君』の記憶を消したことだけ覚えてる。仕方なかった。もう見てられなかったの」
浅野は嗚咽を漏らし、肩を震わせている。
「……コバと恋仲になっていたのは、竹内さんなんだろう?」
竹内は急に自分の名前が出てきたことに驚いたようだった。
「そう。私があの花に祈る前まで、遥は居なくなったコバの事をしっかり覚えてた。でもウチと遥以外は誰も覚えてなかった。彼氏が居なくなったけど誰も覚えてないギャップに苦しんでた。ウチはウチで、木島君に忘れられてた。最初は驚いたけど、遥に比べれば大したことないと思った。全部あの宮崎とかいう女のせい。あいつが悪いの。あの女さえ居なければ」
浅野が抱える宮崎への憎悪を凄まじいものだった。僕たちは友達だったはずなのだ。ホワイトフラワーという理を変えてしまうモノに出会いさえしなければ。
「……ありがとう」
竹内ははっきりとした口調で、瞳に大きな雫をためながら、言った。
「え?」
浅野は驚いたように口をあけながら、隣に向きなおす。
「私のためなんだよね? 浅野ちゃんがそんなに苦しんでるのは」
僕がすべてを話したということは、同時に竹内にも浅野の苦しみを背負ってもらうことになる。
「それでごめん。私がちゃんと自分で立ち直れなくて、今まで辛かったよね」
そう言って竹内は浅野を抱きしめた。浅野は生まれたての赤ちゃんみたいに声を出して泣き出した。
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