第24話

 僕と竹内が、駐車場へ移動すると、ヘッドライトがついている車が一台。赤色の一般的なファミリーカー。その中に田中先生の姿がある。

 僕たちはまず、トランクを開け、必要ない荷物を入れる。そして後部座席のドアを開けて車内に入る。車内は少したばこの匂いがした。僕と竹内は並んで座り、シートベルトをする。

「準備出来ました」

「僕もです」

「出すぞ。しっかり捕まっとけ」

 田中先生はドライブに入れ、車を発進させる。

「浅野が危ないって、どうゆうことか教えてくれるか」

 田中先生は僕をバックミラー越しに見据えながら言う。僕は説明に困った。これと言った根拠はない。しかし、感覚的に思うのだ。浅野ならやりかねないと。この感じは佐藤にボーリングセンターのことを話した時に似ている。

「浅野ちゃんは、好きな人に振られたんです」

 僕が困っていると、横に座っている竹内が説明し始めた。

「私は、浅野ちゃんと一番仲良かったから、知ってるんです。彼女にとって、その人は全てだった。先生みたいなオトナな人は失恋の一回ぐらい、と思うかもしれませんが、純粋でピュアな彼女はきっと、すべてである彼に拒絶されたら自分の命さえ、捨ててしまうかもしれないんです」

 竹内の言葉は鬼気迫るものがあり、説得力があった。それだけ浅野から話を聞いていたのだろう。

 田中先生は確認するように、僕を見る。僕がうなずくと、田中先生は車のスピードを少し上げた。

「少しオトナな僕は、生徒の話を信じる」

 田中先生は、何か思い出すように呟いた。僕は小声で「ありがとう」と竹内に伝える。

「実は……浅野ちゃん、記憶が戻る前から、木島君がすべてだったの。ことあるごとに私に木島君の事話しに来てて、だから、付き合ってた記憶が戻って幸せだったんじゃないかな。それが消えたから、浅野ちゃんが危ないってことだよね?」

「そう。僕もそう思った。根拠は無かったんだけど気づいたら職員室に向かってた」

「やっぱりこれは、私たちの中に仲が良かった記憶があったからなのかな。頭では覚えてないけど、体が覚えてる的な」

「そうかもしれないね」

「じゃあさ、話そうよ、今度四人で。なんか思い出すかもしれないから」

「そうだね。そのためにも浅野を助けに行こう」

 先生は僕たちの話を聞きながらアクセルを踏む。その時、スマホが鳴った。ポケットから取り出してみると、佐藤からメッセージが来ていた。


『すみません。

 体調を崩してしまって早退しました。

 連絡が遅くなってしまって申し訳ありません』

 

 佐藤らしい、丁寧な文章。僕は『わかった!お大事に!』と返信する。

 その様子を見ていた竹内が聞く。

「誰から? 後輩ちゃん?」

「うん。体調悪くて帰ったって」

「そうなんだ。置いてきぼりしたことにならなくてよかったね。てか、柿崎もちゃんと連絡しなさいよ」

 竹内は少し眉間にしわを寄せながら僕に言う。しかし、思い出したように、両手を合わせて謝ってきた。

「ごめん。やっぱ今のなし。私に手を貸してくれてるんだし、私が文句言う資格ないよね」

「いや、気にしないでよ。僕も自分に知らない記憶があるかもしれないと思ったら気持ち悪いし、僕は自分のためにやってるからね」

「そう言ってもらえるとありが……」

 竹内は文の途中で何かに気づき、考え込んでしまった。

「どうしたの?」

「……記憶だよ。きっと」

「どうゆうこと?」

「きっと、浅野ちゃんは、さっき言ってたホワイトフラワーってやつに、記憶の消去を祈ったんだよ。私たちはなんで浅野ちゃんだけ記憶を思い出したのかを考えてた。これがそもそもおかしいんだ。だって、ホワイトフラワーに記憶の復活を願うのは変。普通なら『木島と付き合っていたころに戻る』とか『もう一度木島と付き合う』を選ぶはず。でも、思い出したんじゃなくて、ホワイトフラワーに祈る前から覚えていたとしたら合点がいく」

 なるほど。その仮説が正しければ、浅野には宮崎がホワイトフラワーに祈った後も、記憶があったのだ。きっとそこには『コバ』の記憶も含まれていたはずだ。


『「……記憶がなくなる前は俺と浅野が付き合ってたらしい。それで、これからも付き合おうって」

「ああ、それは無理だな」』


 昼休みのやり取りがフラッシュバックする。もしも、僕たちが一度、『コバ』の話を拒んでいたとしたら? 

「先生、できるだけ急いでください」

 僕は上唇を強く噛んだ。

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