第23話
「……というわけなんだ」
昼休み、僕は部室でお弁当を食べながら、佐藤に今日の朝までの状況を説明した。
「なるほど。つまり宮崎さんの記憶がなくなったのは、その、竹内さん?が原因なんですよね?」
「……そうだと思う」
「でも、変じゃないですか? そもそも竹内さんに願うことがあるようには思えません」
「うーん、竹内さんが『コバ』と恋仲だったとか?」
「なら、『コバ』さんの復活を祈りませんか?」
確かにその通りだ。ただ、そうなると、竹内は何を祈ったのだろうか。
「真実の所はもうわかりませんね」
悩んでいる僕の様子を見ながら、佐藤は諦めたように言う。
「まあ、いいでしょう。今日はその竹内さんからは話を聞いてみましょう」
佐藤は前向きな意見を言ってくれた。しかし、僕が『コバ』を思い出すのが一番手っ取り早く真実を知ることができる方法であることは僕もわかっている。
ホワイトフラワーの力は強力だと分かっていても、僕は焦燥感にかられた。なぜ、思い出せないのかと自分を責めたくもなった。
ホワイトフラワーの力は絶対だと分かっていても、僕は焦燥感にかられた。なぜ、思い出せないのかと自分を責めたくもなった。どうすれば、思い出せるだろうか?
「……先輩?」
ふと気が付くと、佐藤は僕を心配そうに見つめていた。
「ああ、ごめん、大丈夫だよ」
僕はそう言って、見つめ返す。佐藤は安心したようにニコッとして、昼食を再開した。
僕が部室から教室に帰ると、教室内には妙な空気が流れていた。まるで何かを刺激しないように、静かにしているようなそんな雰囲気。
「……どうしたんだ?」
僕は小さな声で次の授業の準備をしていた木島に耳打ちする。木島は授業の準備を中断し、僕に向き直る。
「……振った」
「は?」
「俺が、浅野を振ったんだ」
教室を見回してみても浅野の姿はない。竹内は、気配を殺すように外を眺めている。
「……記憶がなくなる前は俺と浅野が付き合ってたらしい。それで、これからも付き合おうって」
「ああ、それは無理だな」
浅野には記憶があっても、木島は今日初めて喋ったような感覚なのだ。
「もしかして、みんなの前でそんなこと言われたの?」
「……ああ、そうなんだよ。しかも振ったら、癇癪起こしちゃって、クラスのやつらに記憶があるやついないのかって、騒いで」
木島が教室で告白されることは珍しいことではない。特に三年生の先輩からの人気はすさまじいものがある。このことは有名で、クラスメイトは今まで気にする素振りも無かった。つまり慣れているのだ。この雰囲気は振られたことが原因ではない。誰も知らない記憶をみんなに話したのだ。浅野の話に共感した人はいなかっただろう。つまり、クラスメートはクラスに紛れ込んでいた異物に触れないため、又は、排除するために行動を取っている。佐藤に会う前の僕がやっていたように。その時はきっと僕が異物側だったが。
「なるほどな。大体わかった」
そう言い残して、僕は木島の席を離れる。向かった先は必死に空気を演じている女子生徒のところ。
「竹内さん」
女子生徒は驚いて肩を震わせる。本当に自分の名前が呼ばれたことを確認するように彼女は僕の方を向いた。
「知ってる事、願った事、これからどうしたいか、放課後でいいから全部教えて」
僕は優しく、刺激しないように細心の注意を払った。彼女は一つ息を吐いて、
「浅野ちゃんを助けたい、だから協力してほしい、です」
と返事をした。
彼女は空気から友達を思いやる女の子へと変わっていた。
浅野は五時間目と六時間目の間の休み時間に早退していった。教室にあった浅野のカバンは田中先生が取りに来た。田中先生は僕と木島を何も言わずに、ただ見つめていた。何かを見定めるように。
放課後、僕と浅野は教室に残っていた。
「ええっと、もう始めちゃおうか」
僕は佐藤を待っていたが、佐藤は教室に現れない。いつもは僕よりも早く部室に来ているのだが、どうしたのだろうか。
「うん、でもいいの? 写真部の後輩が来るんでしょ?」
「その予定だったんだけど、どうしたんだろう。まあ、今日は予定があったのかもしれないな」
きっと担任の先生につかまっているのだろう。そうに決まっている。僕は竹内と向き合う形で椅子に座る。
「まずは現状の確認からしていくよ。竹内さんは、どこまで何を知ってて、何を祈ったの?」
「実は私、本当は何も思い出してないの」
「どういうこと?」
「……私、浅野ちゃんに思い出したって嘘をついたの。浅野ちゃんと木島君が付き合ってたって言ってたでしょ? あの話をとっても楽しそうに話す浅野ちゃんのこと見てたら何も言えなくなっちゃって、それで、嘘をついたの。元から浅野ちゃんが木島君のことを好きなのは知ってたから、応援した方がいいと、思ってたんだけど」
竹内は申し訳なさそうに目を伏せながら言う。きっと、その時に自分が本当のことを言っていれば、浅野が傷ついていなかったと思っているのだろう。
これではっきりした。浅野しか記憶は戻っていない。僕たち三人は何も覚えていない。
「……じゃあ、ホワイトフラワーに祈ったのは、竹内さんじゃないの?」
「さっきから思ってたんだけど、そのホワイトフラワーってなに?」
竹内は首を傾げながら、眉をひそめている。本当に知らない様子だ。
「ホワイトフラワーに祈ったらなんでも願いが叶う、だけど、その代償として、他人に不幸を降らせる真っ白の花知らない?」
「そんなの知らない」
ここで状況を一度整理する。記憶が消えたのは宮崎、戻ったのは浅野。ホワイトフラワ―に祈った人物は不明。宮崎は浅野と『コバ』が付き合っていると思っていた。浅野が言うには浅野と木島が付き合っていたらしい。竹内が『コバ』とどのような関係だったかはわからないが、もしも、恋仲だったとして、誰にどんなメリットがある?
『……そうだね。私は今ある物をしっかり大事にして生きていくよ。もちろん彼との思い出もね』
ブランコで宮崎が言っていたことがフラッシュバックする。そして僕は気付いた。
もしも、大事に持っている宝物を奪われて、その思い出さえも捨ててしまおうと思ってしまったら。そして取り返したはずの宝物に拒否されてしまったら。そんな思いが頭の中を駆け巡る。
僕は竹内を教室に残して、駆け出した。
「え、ちょ、どこ行くの?」
「職員室!ついてきて!浅野がヤバいかもしれない」
僕が教室を出るのと同時に竹内は椅子から立ち上がる。僕は職員室まで全力疾走した。途中、すれ違った男の先生に「危ないぞ!」と注意されたが、「すみません」と言って、立ち去る。竹内も「ごめんなさい」と言って、その先生の横を通り抜ける。息を切らしながら職員室に着いたら、勢いよくドアを開ける。
「し、失礼します。たな、か先生、いらしゃいますか?」
膝に手を付きながら、僕は大きな声で言う。
「……どうした?」
田中先生は僕の頭の頂点に向かって話しているみたいだった。そんな僕の横に竹内が追いつく。
「早すぎ、もうちょっと、待ってくれてもいいんじゃない?」
そう言いながら彼女も膝に手をついている。
「文化部なめんな」
僕はそう言ってから顔を上げ、田中先生の肩をつかむ。
「浅野が危ないかもしれません」
「……わかった一度電話を掛けてみよう」
田中先生はすぐに学校の電話を手に取り、九回ボタンを押す。
「……」
電話をかけてから20秒、プルルルルと言う音が鳴り響くだけで、田中先生は何も喋らなかった。そしてそっと受話器を置き、椅子からジャケットを取って、僕らの所に戻ってくる。
「電話には出ない。詳しい話は移動しながらする。浅野が危ないんだよな?」
僕と竹内はうなずいた。先生はすぐにジャケットを着た。
「一緒に家まで行くぞ。直帰できるように、必要なもの持って駐車場に来い」
僕と竹内は教室までまた全力疾走することになった。
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