第18話

「私はこれからどうしたらいいかな」

 三人とも落ち着いた後、ブランコに座っていた宮崎は聞いた。

「もう、いなくなってしまったものは取り返せない。あなたには消えない罪悪感が付きまとうでしょう。ですが、それは今を大切にしない理由にはならない」

 佐藤はもう一つのブランコに座りながら、空を見上げながら言う。僕はその二人のことをベンチから眺めていた。

「……そうだね。私は今ある物をしっかり大事にして生きていくよ。もちろん彼との思い出もね」

 そう言って、宮崎は吹っ切れたようにブランコを降り、僕を見て笑った。

「カッキーには記憶がないみたいだけど、最後にもう一回だけ。ごめん」

 宮崎は深々と僕に頭を下げた。僕は宮崎の所へ行き、

「許すよ。僕ももう一人じゃないから」

 と言って頭を撫でた。

「うわあ、やめてよ~」

 宮崎は口ではそういうものの、頭を上げない。

「いつもカッキーとコバは私の事を子ども扱いしてきて……」

 宮崎の顔の下の地面が濡れたのは、気づかなかったことにした。

 

「私、もう一人だけ、謝んないといけない人が居るんだよね」

 僕たち三人はコバの家に行ってみることになった。その道中で宮崎が僕に頼み込むように、両手を合わせる。

「だれ?」

「カッキーのクラスの、女の先輩。コバの彼女だった人。確か……浅野美也子さん」

 アサノミヤコ。確か、僕の席の隣でたむろしていることが多い女子生徒だ。彼氏を失ったことを覚えているような様子はなかった。しかし、宮崎は、記憶がないから謝らなくて良い、とはならないのだろう。

「浅野さんと面識は?」

「ない。全くない。カッキーは?」

「おんなじクラスだから認知はあると思うけど、喋ったことはない」

「やっぱりそうだよね」

「やっぱりって何だ、やっぱりって」

 宮崎は逃げる様に佐藤に視線を送り、僕もつられて佐藤を見ると、カメラのシャッター音が鳴った。

「いい写真が撮れました」

 佐藤は笑顔だが、目が笑っていない。

「ええと、なんか怒ってらっしゃいます?」

「いいえ、全く起こってませんけど?」

 圧がすごい。

「佐藤ちゃんすごいね!執念だ!」

「宮崎さん? 何か言いました?」

「いえ、何でもないです」

「先輩!カメラ構えてる場合じゃないですよ!」

 バレてしまったので仕方なくカメラを下げる。佐藤と宮崎が仲良くしているところは何とも微笑ましかった。最初に教室で見た時に比べたら大きな変化だ。

 

「着いたよ」

 そのまま宮崎の後をついていくと、不自然な空き地に着いた。

「ここには何もないですよ?」

 佐藤は首を傾げる。それもそのはずだ。僕もただの空き地にしか見えない。しかし、宮崎の記憶の中にはここには小林誠の家があったのだ。

「うん。そうなんだよ。ここにはもう何にもないんだ」

 宮崎は空き地を見ながら、そうこぼした。僕にはこの空き地に関する記憶はない。誰かと遊んだ記憶も、一人で何気なく通った記憶もない。しかし、ここに来るまでの道や建物にはどこか既視感があった。地元であるため当然と言えば当然なのだが、妙な違和感を覚えた既視感だった。

「きっとここに『コバ』の家があったんだ。僕は何も覚えてないけど、ここにきて良かったと思う」

「私もここに来てよかった。多分一人じゃ来れなかったし」

 宮崎は空き地から目を背けない。彼女がどんな風に、何を背負っているのかは僕にはわからない。しかし、きっと彼女だけに背負わせるべきではないのだ。

「……大変だったね」

 僕は心からそう思った。宮崎は泣き出した。

「私が、あの時ちゃんと受け入れられてれば、コバはまだ、ここにいたのに。私の卑しい感情のせいで、行動のせいで、一番大切なモノを手放してしまった」

 吐き出すように、宮崎は泣いた。しかし、きっと彼女はこれで、ようやく前に一歩進めたのだ。


「これも貼りますね」

 月曜日の昼休み、僕と佐藤は部室のコルクボードに写真を貼っていた。コルクボードは僕たちの活動記録のようになっていた。

「今日、宮崎は元気だった?」

 佐藤の画鋲と写真を持っている手が止まる。すると佐藤は画鋲と写真を手から離し、言葉を選びながら言った。

「宮崎さんは……元気、ですよ。ただ、まるで何も無かったみたいに元気なんです」

「どうゆうこと?」

 佐藤は少し迷っていた。僕は佐藤の考えていることが、なんとなくわかった気がした。ただの佐藤の勘違いであってくれ。そう願った。

「宮崎さん、何も覚えてないみたいなんです」

「……そんなことができるのは」

「ええ、きっとホワイトフラワーの力だと思います」

 僕の願いは聞き入れられなかった。宮崎はやっと一歩前に進めたのに。それなのに、記憶を失った。いくらなんでも残酷すぎる。

「コバさんは、教室には?」

「いない。いつもと何も変わらなかった」

「となると」

 佐藤は僕と同じ結論に至ったようだ。

「誰かが、ホワイトフラワーに祈っています」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る