第17話

「この公園で最後に遊んだのはいつなんですか?」

 公園に着くと、佐藤は遊具の写真を撮りながら僕に尋ねる。

「ええっと、多分小学校の頃だと思うんだけど、はっきりとは覚えてないな」

「前から思ってたんですけど、先輩もあんまり友達いないですよね?」

 ばれていた。木島しか話せる人が居ない……とは言いずらい。僕が口を噤んでいると代わりに佐藤が口を開いた。

「いや、まあいいんですよ。これからは私が居るので」

 佐藤は自慢げに胸を叩きながら、こちらを見ている。

「ああ、とってもありがたいよ」

 僕の言葉を聞いて、佐藤は頬が少し赤くなったような気がした。僕は一つ咳ばらいをして元の話に戻す。

「公園でもしかしたら『コバ』の形跡があるかもしれないってことだよね?」

「ええ、そうです」

「うーん。『コバ』がいつ頃の知り合いかが分かれば、もう少し絞れそうなんだけど」

「そうですよね」

「……佐藤はさ、なんで『コバ』にこだわるの? ホワイトフラワーに興味があるのはわかるけど、それなら宮崎さんに聞いた方がいいでしょ。それに『コバ』に関しては手掛かりがなさすぎるし、」

「それは……」

 佐藤はなかなか次の言葉を紡げない。何か理由があるのだろうか。そう思った時、

「あなたのためですよ。柿崎先輩」

 僕と佐藤の背後から、聞いたことのある声が聞こえた。僕と佐藤の事、そして『コバ』のことを知っている人物なんて一人しかいない。僕たちが振り向くと、一人の女子生徒が立っていた。宮崎優子だ。

「み、宮崎さん、どうしてここに?」

 佐藤が焦った様子で話題を逸らす。しかし僕にはしっかりと聞こえた。僕のため、だと。

「宮崎さん、今のどうゆう意味?」

「……」

 宮崎さんは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔になったが、深呼吸をしてから話し始めた。

「カッキーは、柿崎先輩は『小林誠』と仲が良かったの。『コバ』は柿崎先輩と木島先輩と小学校からの同級生で、幼馴染だった。三人はとても仲が良くて、お互いがお互いを支え合うような関係性だった。『コバ』と仲が良かった私も二人にはよくしてもらってた。小学校の時『コバ』の学年で事件が起こった。あの台風のやつ。三人が死んだ後、『コバ』と木島先輩と柿崎先輩はこれからもずっと一緒に居ようと、絆をさらに深めた。」

「わかった。もういい。もう喋らなくていい」

 僕は宮崎の話を遮って止めようとした。しかし、それを無視して宮崎は続ける。

「でも私が『コバ』を存在しないものにしたから。柿崎先輩は一人で生きる様になってしまった。私が奪ったの。カッキーの幸せを。」

「もういい‼やめてくれ‼」

 僕は叫んだ。そして、宮崎を睨んだ。

「私は怖いよ。もうこの公園で遊んだことも、あの時の思い出も、もう私しか覚えてない。誰も知らない。でも私は罪として、彼を覚えておかなきゃいけない。忘れちゃいけない。なのに日に日に、あの人のことが消えていく。私が忘れた時、私は本当に彼を存在しなかったものにしてしまう……。それが、怖くて」

 宮崎の瞳は涙を流しながら、罪悪感を押し付けるように僕を見つめている。なんだその目は。僕はどうしたらいい。わからない。

「僕にはわからないんだ。その『コバ』と言う人物の記憶は僕にはない。勝手な事、言わないでくれよ……」

 考えないようにしていた。ボウリングセンターと公園で小林と遊んでいたかもしれないこと。でも僕には記憶がない。確証がない。宝物を奪われてもその大切さに気が付かなかった間抜け。それが僕だ。

「ごめんなさい、ごべんなさい」

 宮崎は嗚咽を漏らしながら、謝っている。

「僕は自分で望んで一人で居るんだ。僕を間抜けな馬鹿にしないでくれ……」

 僕の口からこぼれた言葉は許しとも、怒りとも取れない言葉。そして、感じた。僕は一人で居るべきなのだと。やっぱり人との関りが心の傷を作るのだと。

 その時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえて、後ろから抱き着かれた。

「先輩は間抜けな馬鹿なんかじゃありません‼私がずっとそばに居ます。私が一人にしません。だから、どうか、望んで一人で居るなんて、もう絶対言わないでください!」

 佐藤は僕の背中に顔を埋める。そして僕の体に巻き付く腕にキュッと力が入る。僕の目からは涙が止まらなかった。僕はどうして気が付かなかったのだろうか。こんなにも温もりをくれる人が近くに居ることを。僕を心配してくれる人が近くに居ることを。誰がなんと言おうと僕は今、幸せに生きている。

 僕は佐藤の手に自分の手を重ねていった。

「ありがとう。僕は一人なんかじゃなかった。それに気づかせてくれて、ありがとう。そばにいてくれてありがとう」

 佐藤の肩の揺れが収まるまで僕はその手にずっと触れていた。

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