第16話
僕たちはゲームセンターを一通り楽しんだ後、ボーリング場になっている二階に足を運んだ。
「何か、思い出すことはありませんか?」
佐藤が僕に聞く。しかし、僕は何も思い出せずに首を横に振る。
「そうですか。あ、せっかくですし、二ゲームぐらいやっていきませんか?」
佐藤は僕の返事を聞く前に受付の紙を書き出し、すぐに提出する。
受付の店員が「14レーンでお願いします。靴は隣から取ってください」と言って、タオルと14と書かれた紙をくれる。僕と佐藤は隣にある棚から自分のサイズに合うものを取り出し14レーンに移動する。
「私、結構ボウリングには自信あるんです」
「僕もそれなりに自身あるよ」
「じゃあ勝負しませんか? このゲームで負けた方が一つなんでもいうことでいかかでしょうか?」
「のった」
僕の最高スコアは182。高校生の平均よりは高いはずだ。だから負ける気がしなかった。この時から何をお願いするかを考えていたぐらいだ。
佐藤の第一投、彼女は力強くボールを放った。回転を掛けたようだが、力が強すぎてガーターだと思った。しかしボールはぎりぎりのところでレーンに残り、スピードを保ったままピンに近づいていく。そして、すべてのピンをなぎ倒した。驚いた。佐藤がこんなにボウリングがうまいとは思っていなかった。一投目からプレッシャーを掛けられてしまった。
「イエーイ!」
佐藤は右の手のひらをこちらに向けて帰ってくる。僕は左の手のひらを差し出しハイタッチしてからボールを握る。僕は一度深呼吸してから投球モーションに入る。狙いは先頭のピン。佐藤はカーブボールを投げていたから、わざとストレートを投げた。放ったボールはスピードを保ったまま、先頭のピンに当たった。ボウリングのCMで流れるような『パアン』という音と共にピンは散らばり、すべて倒れた。佐藤も僕も1フレームのスコアはストライク。僕が安心しながら後ろを振りむくと、佐藤はカメラを構えていた。
「いい写真が撮れました」
そう言って佐藤はカメラを僕に見せてくる。そこにはボールを投げた後の安心した表情が映っていて、僕は恥ずかしくなった。
「決めた。勝ったらその写真削除で」
「望むところです。では、私が勝ったら部室のコルクボードを写真部の思い出を飾る場所にします」
僕と佐藤の絶対に負けられない戦いの火蓋が切って落とされた。
2フレームから5フレームまでは両者一歩も引かず、一進一退の攻防が続いた。ゲームが最初に動いたのは6フレーム。佐藤が9本しか倒せずこのゲームで初めてスコアが空欄ではなく82という数字が付く。ここがチャンスだ。僕はここで今日初めてのカーブボールを投げる。僕が放ったカーブボールは先頭のピンと二列目の右のピンの間あたりに吸い込まれていく。ストライクだと思った。しかし、一番右のピンが倒れずに残ってしまった。悔しい。しかし、二球目を使ってスペアを獲得する。これで次の投球次第で差をつけることできる。
「なかなか手ごわいですね」
「そう簡単に負けるわけにはいかないからね」
7フレーム、佐藤はこれまでよりも少し集中したような雰囲気で投球モーションに入った。そして回転のかかったボールが投げ出され、ピンへと向かっていく。あの回転量とスピードならストライクだろう。僕の見立て通り、ボールは全てのピンを倒しスコアにはストライクが表示された。対する僕は次の一投でゲームの流れが決まる重要な局面に来ていた。理想はストライク。最低でも五本以上。しかし、僕の期待とは裏腹に投げたボールは右に大きくそれてしまう。ガーターにはならかったが、倒れたピンは5本。6フレームに88と表示される。佐藤との差は6。しかし、佐藤は7フレームでストライクを取っているので、今度は僕がピンチだ。そんなことを考えながら投げた二投目は狙い通りの所に行き、僕はスペアを獲得した。8フレーム、佐藤は集中した様子で投げ、ストライクを出し、二連続でストライクを取った。
「私今日は調子いいです」
「困ったな」
少し緊張しながらボールを取る。ここで離されたら追いつけなくなる。僕は今日一番のスピードのストレートを投げた。大きな音と共にピンがすべて倒れる。8フレームはお互いにストライクを取った。9フレーム、佐藤の集中は切れることなく、ストライクを取り三連続ストライク、ターキーになった。
「いやー、本当に今日は調子がいいです」
「……」
僕は彼女の勝負強さに何も言えなかった。僕はボールを取ってすぐに投球モーションに入った。投げるまでに掛かった時間とプレッシャーがかかる時間は比例するから。速いテンポで投げたボールはピンをすべて倒して、僕もストライクをとった。
「先輩も調子出てきましたね」
「まあね。次で僕もターキーだよ」
「じゃあ私はフォースを出しますよ」
10フレーム、佐藤のターキー宣言とは裏腹に、佐藤が投げたボールは想像していたよりも曲がらず、ピンは4本しか倒れなかった。二投目も5本。佐藤の最終スコアは169。この時点で僕が佐藤に勝つためにはストライクかスペアをとる必要があった。佐藤は両手を合わせて祈っている。僕は一投目でカーブボールを投げた。しかし、ピンは二本残ってしまい、その二本は左右で一本ずつ残ってしまった。スプリットだ。スプリットになってしまうとボウリングがうまい人でもスペアを取るのは難しい。厳しい状況だ。僕がスペアを取るためには右のピンにボールを当ててそのピンを左に飛ばし、ピンとピンをぶつけるしかない。僕は深呼吸をしてから二投目を投げた。二投目はストレート。右のピンの右側面を捉える。そのピンは左に大きく飛んだ。しかし、残っていたピンには当たらず、一本残ってしまった。僕の最終スコアは164。五本差で僕の負けだ。
「私結構うまい方だと思うんですけど、こんなに接戦になったのは先輩だけです」
「僕もだよ。負けたけど、今日のボウリングは楽しかった。部室のコルクボードだったよね?」
「はい!あそこは写真部の思い出を貼っていきます!」
僕は佐藤から目線を外す。
今日の佐藤はよく笑っている。その笑顔を見るたびにドキっとする。しかし、僕がこれ以上近づくわけにはいけない。いつかきっと佐藤は離れて行ってしまう。その時の悲しみが少なくて済むように。
「先輩?」
佐藤が不安そうにこちらを覗いている。僕は目を閉じて自分に言い聞かせる。
――落ち着け。近づこうとしても小原のようになるのがオチだ――
「……そんなにコルクボード使うの反対ですか?」
佐藤は少しうつむいていて、瞳もウルウルしている。
「いやそういうわけじゃ――」
「そうですよね。では使わせていただきます」
僕が否定しようとすると食い気味に言われる。泣き出しそうだったのは演技だったようだ。僕は泣かなかったことへの安心半分、嵌められたことへの悲しみ半分という不思議に気持ちになった。
「いや、まあ、いいんだけど、ね」
「先輩も私の写真貼ってもいいですよ?」
佐藤は笑顔で言う。僕はもう何でもよくなってしまった。
「まあ、そうゆう問題でもないけど」
「ええ~、じゃあどうゆう問題なんですか? あ、そうだ。すみませーん」
佐藤は急にボーリングの係員を呼んでカメラを見せて何かを説明している。その説明が終わると僕の腕をつかみ、レーンの前に移動した。
「隣に居てください」
僕の手をつかんだまま、反対の手でピースサインを作っている。
「いきますよー」
その係員の言葉に僕も慌ててピースをする。
「はいチーズ」
――カシャ――
ボウリング場に異質なカメラの音が響く。僕たちは撮影した直後は動かない。写真がぶれてしまうかもしれないから。
「撮れましたー」
「ありがとうございまーす」
「あ、ありがとうございます」
佐藤に倣って僕も係員にお礼を言い、今撮った写真を確認する。佐藤は自然に笑っていて、今日の服装も相まって芸能人と言っても通用しそうだ。一方僕は、ぎこちなく笑いながら、ピースをしている。全く釣り合ってない。
「先輩、これも飾ります」
「……いいよ」
「……私には先輩が何をどう悩んでいるのかはわかりませんが、私は辛いときも嬉しいときも隣に居ますよ。だから大丈夫です」
佐藤は写真を笑顔でそう言ってくれる。僕は少し目頭が熱くなったが我慢して天井を見上げた。佐藤はそれをわかっていた。そして僕に気を使って
「さあ、ボウリングの二ゲーム目始めましょう」
と言ってごまかした。
天井の蛍光灯はまぶしくなるくらい、僕を照らしていた。
ボウリングを終え、僕たちは外へ出た。
「楽しかったです~」
佐藤は伸びをして、頭の上で手を組んだまま、体を左に倒したり右に倒したりしている。
「じゃあ、次は公園に向かいましょうか」
「わかった。ついてきて」
僕は佐藤よりも先に歩き出した。すると僕の後ろからカシャという音がした。振り向くと佐藤がカメラを持っている。
「かっこいい背中が撮れました」
「うん。もう何でもいいや」
僕が公園の方角に体を向けると佐藤は僕の隣へ走ってきた。
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