第15話

「おはようございます」

 土曜日の午前9時、本当に佐藤は僕の最寄り駅までやってきた。

「おはよう」

 僕は平然を装って挨拶を返す。しかし、内心ではドキドキしている。

 その理由は佐藤が、見慣れている制服ではなく私服を着ているからだ。ジーパンにジャケットを着て、髪にはリボンが付けられている。首にはカメラをかけていて、それがとてもいい味を出している。佐藤はもともと顔が整っているし、今日の服装は大学生と言っても通用するような、オトナな雰囲気。少し前まで中学生だったとは思えない。

「先輩感想」

 佐藤は僕の方を見ながら恥ずかしそうに頬を赤らめている。

「とっても似合っていると思うよ」

 僕は最大限平然を保つ。

 僕は、というと最低限のお洒落をしてきた。ジーパンに一番お洒落な半袖シャツ。動きやすさと両立するにはこれしかなかった。

「やったー!」

 佐藤は両手を挙げて喜んでいた。

「先輩も先輩っぽくていいですね!私は好きです」

 自然に、笑顔で言うが、破壊力が高すぎる。

「あ、ありがとう」

 僕は少し冷静になるために一度深く呼吸し、これからのことを考える。これから僕の地元を散策し、『コバ』に関係がありそうなものを探す。その過程で気になったものを写真に収める。今日の予定はざっくり言うとこんな感じだ。

「どこから回る? ここはあんまり遊び場ってところはないけど」

「じゃあ、先輩がよく遊んでたところってどこですか?」

「僕がよく遊んでたのはあのボーリングセンターとここから少し行ったところにある公園だよ」

 自分で言ってから不思議に思った。

 ボーリングセンターも公園も中学に入ってから行ってないはずなのだ。しかし、妙に自然に、口から出てきた。

「ではまず、ボーリングセンターから回ってみましょうか」

「わかった。ついてきて」

 駅を出てロータリーを歩くと、すれ違う男性が皆振り返る。そのぐらい今日の佐藤は美しかった。本人はそれを意に介さず僕の方に手を伸ばし、袖をつかむ。

「……離れないでくださいね」

 それ僕が言うセリフじゃない? と思いながらも僕は歩くスピードを緩める。

「ええと、はい」

 僕はつかまれている袖とは反対の手を差し出す。佐藤は一瞬キョトンとしたが、僕の意図を理解すると恥ずかしそうにしながら手を握った。

「あ、ありがとうございます」

「い、いえ」

 僕たちには何とも言えない、気まずい雰囲気に包まれた。そのまま緩めたスピードで歩き、ボーリングセンターへ向かった。


 ボーリングセンターは一階が小さなゲームセンター、二階がボーリング場になっている。僕たちはまず、一階を見て回った。一階には中学生や小学生の子どもがたくさんいて、クレーンゲームや音ゲーに挑戦している。

「懐かしい」

 僕は思わずそうこぼした。最後に来たのはいつだっただろうか。僕の記憶では中学校の時に木島と、あれ? おかしいな。二人で来たのが最後だったはずなんだけどな。

 僕の横で佐藤は熊のぬいぐるみのクレーンゲームに興味を奪われていた。

「あの、あれやってもいいですか?」

 僕はうなずく。佐藤はクレーンゲームへ走っていき、百円を入れる。そして、集中した様子でスティックを動かし、アームの位置を調整する。僕はその光景が何とも愛おしく思えてカメラを構えた。佐藤がアームの降下ボタンを押したところでシャッターを切る。アームはぬいぐるみをつかんで上がってくる。

「やった!」

 佐藤が声を上げた途端、アームがぬいぐるみの重さに耐えられず、開いてしまい、ぬいぐるみが落ちてしまった。

「ああ、そんな」

 佐藤はカラーボールのプールに落ちたぬいぐるみを悲しそうに見つめていた。

 クレーンゲームでは上がってから落ちるのが一番悔しいものだ。

「先輩、もう一回やっていいですか」

「満足するまでやっていいよ」

 佐藤はもう一度百円を入れ、真剣な表情でアームを動かす。今度は横から覗き込み位置を確認している

「待って!それじゃあ取れないよ!」

 僕は佐藤が降下ボタンを押すのを止めた。

「どうしてですか?」

「多分、その台はアームのパワーがあんまりないから、アームをぬいぐるみのタグに入れた方が取れると思う」

「なるほど」

 佐藤はもう一度位置を調整する。

「これでいいですか?」

 動かした後はアームがタグに入りそうないい位置に来ていて、きっと取れると思った。僕がうなずき、佐藤が降下ボタンを押す。アームは思った通りタグに入ってぬいぐるみが上がってくる。アームが少し開いてもタグの中に入っているので落ちることは無く、ぬいぐるみは取り出し口まで運ばれてきた。

「やったー!」

 佐藤は取り出し口からぬいぐるみを取り、喜んだ。

「先輩のおかげです。ありがとうございました」

 そして、笑顔でお礼をくれた。

「僕は何もしていないよ」

 僕は佐藤から目をそらした。熊のぬいぐるみを持って微笑んでいる姿が愛おしすぎて直視できなかったから。

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