第10話

 前半戦を終えたタイミングで10分の休憩をはさむそうだ。僕は前半が終わると佐藤の所に向かった。

「調子はどう?」

「なかなか難しいですね。特に躍動感あるものを撮ろうとすると、ぶれてしまって」

「やっぱりそういうものなんだ。僕も今一枚しかうまく撮れたのない」

「それ見てもいいですか?」

 僕はうなずいて、木島がドリブルで動き出す瞬間の写真を見せた。

「いいですね。私のも見てもらっていいですか?」

「見せて見せて」

 佐藤のカメラを二人で覗く。佐藤は何枚も今日撮影した写真を見せてくれた。佐藤のカメラには僕が撮ったものよりもいいものがたくさん映っていた。年季が違うので当然と言えば当然なんだが、一枚で喜んでいた自分が少し恥ずかしくなった。

「言葉のわりにいい写真たくさんあるじゃん」

「いえ、まだまだです。先輩に負けるわけにはいかないので」

 そう言って佐藤は笑う。僕は後半もっと積極的にシャッターを切ろうと決めた。

「はあ、いちゃついてくれるねえ」

 そう言ってやってきたのは小原だ。彼は後半から試合に出場するようで、少し汗が流れていた。

「佐藤さん。今日僕は活躍するから、そのカメラにちゃんと収めといてね。後、ハットトリックしたら、デートしてね」

 小原は突き付ける様に佐藤を指さしながら言った。しかし、当の佐藤はしかめっ面で、

「いやです」

 ときっぱり答えた。

「私は他に好きな人が居るので、小原君がもしハットトリック出来ても、デートには行けません。ごめんなさい」

 そう言って、佐藤が頭を下げる。小原は固まってしまった。これはさすがに小原に同情する。

「あ、あ、そう。じゃあ、ぼ、僕は試合……行ってくるから」

 小原は消えてしまいそうな声で捨て台詞を吐いた後、一年生ベンチに戻っていった。

「ええと、すごかった……ね?」

「ええ、小原君にはこのくらいがちょうどいいです。あの人、力はあるのかもしれないですけど、謙虚さが足りないので」

「うん。なんとなくわかる」

「ええ、だからあのぐらいでバランスが取れてるんですよ」

 すると突然佐藤はカメラをこっちに向けて、一度シャッターを切る。「カシャ」と言う音が僕の目の前でなった。僕は驚いて、二歩後ろに下がった。

 佐藤がカメラを下げて、お互いの顔が見える様になった時、

「まあでも、他に好きな人が居るのは本当ですけど」

 と言って、佐藤は悪戯が成功した子どもみたいに笑った。


 10分が過ぎ、後半戦が始まる時間になった。

 後半からはさっきの三人組が試合に参加する。小原の自信からして、本当の勝負はこれからなのだろう。二・三年生チームも前半戦よりも雰囲気が締まっているように感じる。

 後半戦は一年生ボールで始まった。最初のボールを受け取ったのは小原だった。彼はボールを自分の足元に収めながら、周囲を確信し、状況を把握している。木島はそこを見逃さず、ボールを積極的に奪いに行く。ここでボールを取られて一年生チームが不利になってしまうのを前半戦ではたくさん見た。しかし、この場面ではその結果にはならなかった。

「三輪!」

 小原が三輪にパスを出す。しかし、三輪には相沢がついている。

 二人が向かい合うと、三輪のガタイの良さが際立った。特に上半身は大きく差がある。

 次の瞬間、三輪が正面に思いっ切り一歩踏み出した。僕は衝突するのを覚悟した。きっと僕だけではない。このピッチに居る全員が思ったはずだ。ただ三人を除いて。あの体格差でぶつかれば、損をするのはきっと相沢の方だ。しかし、僕たちが心配したようなことは起こらなかった。相沢が一歩引いてしまったから。

「先輩、恐怖が見え見えっしょ」

 一歩引いてしまった相沢の横を三輪が通り過ぎていく。そして勢いを落とさずにサイドを駆け抜けていく。

 僕は一度カメラのフレームから視線を外し、全体の様子を確認する。

「あたれあたれ! 人数掛けていいから、止めろ!」

 上野が声を掛け、ディフェンスに指示を出す。彼自身も三輪が居る方向に移動していて、いつでもバックアップに入れるところに居る。そのため三輪はなかなか、ゴールの方向に切り込むことができずに、ラインの際を上がっていくことしかできないのだと思った。しかし妙に引っかかる。三輪の勢いがすごすぎて、全体的にディフェンスもオフェンスも左に吸い寄せられている気がする。小原は三輪のすぐ近くに居て、いつでもパスがもらえる位置に居る。この二人を全員が注目している。木島も戻ってきていて、ディフェンスに加わっている。ディフェンスにはたくさん人が居て、穴はないように思えた。しかし、そのディフェンスの集団の中から、ひと際大きい影が逆サイドに走り出していった。それに合わせて三輪が大きくボールを逆サイドに蹴りだす。そのボールを受け取ったのは多田だった。逆サイドにはディフェンスの人数がそれほどおらず、多田はすぐにキーパー一対一の状況になった。

 僕にはここで小原が飛び出してくるのが見えた。

 僕は何かが起こりそうな気がしてカメラを構え直した。フレームの中には、小原を入れておいた。

 多田はゴールの左上をめがけて、シュートを放った。しかし、そのシュートはキーパーに阻まれ、ゴールには届かない。ただ、キーパーも触るのがやっとで、ペナルティエリアにボールがこぼれている。そのボールに小原が食いつく。そして小原が右端に豪快なシュートを突き刺した。これが、一年生チームの最初のゴールになった。


 僕はシュートを打つ前の小原を撮影した。選手が元のポジションに戻るまでの時間にその写真を確認する。その写真は前半の木島の写真に負けず劣らずのものだった。躍動感、気迫、美しさ。それらがしっかりと映し出されたいい写真だった。

 佐藤の様子を確認すると、彼女も僕の方を見て、こちらに微笑んでいた。きっといいものが撮れたのだろう。

「いえーい!」

「ナイシュー!」

 コートの中では小原と多田と三輪の三人が集まってハイタッチしている。

 小原のゴールで試合としては2対1となった。

 後半戦が始まってから一年生チームは元気が出てきたような、本調子になってきたような印象を受ける。一方、二・三年生チームは気持ちが沈んでいるように見える。特に相沢、木島、上野の三人はショックが大きいだろう。彼らはもう一度、ポジションや作戦を確認し合いながら、配置についていく。

 今度は二・三年生チームのボールから試合が再開される。最初にボールを持ったのは木島。前半と同じようにドリブルで上がっていく。しかし、小原と多田はディフェンスに入ることなく、敵陣地へ上がっていく。

「俺にできるんだから、お前らもできるぞ!」

 小原が他の一年生へ掛け声を飛ばす。それを聞いた一年生たちは躍起になって木島が持つボールに集まりだす。いつの間にか木島は4人のディフェンスに囲まれている。

「――っ相沢」

 さすがに突破できず、相沢へボールを託す。相沢には三輪がついている。相沢と三輪のマッチアップ。ボールを持っているのは相沢。ただ、どこか三輪の方が余裕があるように感じる。じりじりと相沢と三輪の距離が縮まっていく。先ほどとは違い、徐々にスペースを詰めることで三輪の体の有利を帳消しにした、はずだった。激しくぶつかったわけではない。しかし、三輪の体を使ったディフェンスに相沢は背中を向けてボールをキープするのがやっとという感じだ。

「相沢!」

 木島が呼んでいる。しかし、木島には、まだ2人のディフェンスがついていて、パスが通る確率はそんなに高くないと思う。相沢もそう感じたのだろう。

「上野!」

 相沢が上野に向かって後ろにボールを蹴りだす。しかし、そのボールは上野には届かない。そのパスをカットしたのは小原だった。小原は多田とのワンツーで上野をかわし、ゴール前までボールを運んでいった。最後の最後まで、どっちがシュートを打つのかわからなかった。僕は今回も小原に焦点を合わせておいた。しかし、最後にシュートを打ったのは多田だった長い脚から蹴り出されたシュートはキーパーの体に触れることなくゴールの右隅に吸い込まれていった。

「シャア~」

「ナイシュー。あと1点取るぞ」

 小原と多田の二人のもとに一年生が集まりハイタッチしている。一年生とは対照的にコートの中には息を切らしながら、膝に手をついている選手が三人。木島、相沢、上野である。彼らはきっと体力的に限界なのではない。精神的にきているのだろう。前半から出ているとはいえ、年下にいいようにやられてしまっている。リードしていた場面から追いつかれてしまったことも一因になったかもしれない。心を折るには十分だろう。

「潮時だな」

 コート内にいる監督が指示を出す。

 二・三年生チームが動く。どうやら選手交代をするようだ。

「相沢・上野に変わって、前田・林」

 ハイタッチをして、コート内の人が入れ替わる。前田という選手の左腕には黄色の腕章がついている。どうやら彼がキャプテンのようだ。変わった二人の周りに二・三年生チームが集まる。僕はここでシャッターを切った。キャプテンが何かを話すたびに二・三年生チームが息を吹き返すように笑顔が宿る。ここからは何を言っているのかわからなかったが、キャプテンがチームメイトから信頼されていることと、チームメイトが彼を信頼していることは分かった。

 二・三年生チームボールで試合が再開された。最初にボールを持ったのは先ほどと変わらず木島だった。一年生はまた木島のボールに群がる。しかし、先ほどとは異なり、木島の近くまで林が上がってきている。

「木島!」

 木島は交代したばかりの林にボールをパスする。彼はボールを持つと目を見張るスピードで、コートの中を駆け上がっていく。一人、また一人と一年生を置き去りにする。

「止めろー!」

 多田が反対側のコートから叫んでいる。しかし、一年生が何人も林に挑むが全員返り討ちにあっている。前田についていた三輪も戻ってディフェンスに加わる。いつの間にか小原も戻っている。

「行かせないっしょ!」

 二人が林の前に立ちふさがる。林は足を止めた。僕が見た限り、林と言う選手の一番の武器は俊足だ。ここで足を止め、スピードを落としたことは小原と三輪にとって、幸運なことだっただろう。しかし、二人を抜いてしまえばあとはゴールキーパーだけ。不利な状況であることは変わりない。

 僕はカメラを三人にフォーカスし、シャッターを切っていた。

 この時僕は呼吸を忘れていた。三人の中で交わされる駆け引き、真剣勝負のやり取り。僕にはサッカーの詳しいことは分からない。それでもこの場面は、こみ上げてくるものがあった。そして最後の結末は意外な形で訪れた。

「俺は止まったんじゃない。待ってたんだよ」

 林が左に向かってボールを蹴り出した。左には走り込んできた木島がおり、ボールを足元に収めている。木島の放ったシュートは、ゴールに右隅に突き刺さった。


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