第9話
ランニングと体操が終わると二人一組になって、各自のアップが行われた。その中には木島の姿もある。しかし、彼はこちらに気付いてない。いや気付いているが気付いていないふりをしているのかもしれない。
「気になる生徒が居るんですか?」
横に居た佐藤が不思議そうな顔で聞く。
「いや、大丈夫。それより試合中はどこで撮るの?」
僕は木島から視線を外し、これからの事について佐藤に質問する。
「そうですね。とりあえずコートに入るわけにはいかないので、横の線の外側から撮影しようと思っています。ゴールの後ろ側から撮るのはボールが飛んでくる危険がありますから、様子見、ということで。安全そうだったらそっちからも撮影しましょう。後、カメラのフラッシュは切っておいた方がいいですね。」
佐藤は、ハキハキと僕の質問に答えながらカメラの設定をいじっている。きっと、フラッシュが出ないように設定しているのだろう。
僕も言われた通りにカメラのフラッシュが出ないように設定を変えた。
「そろそろ試合はじめるぞ」
サッカー部の顧問の声がグラウンドに響く。サッカー部の生徒たちはすぐにアップを切り上げ、一年と二・三年に別れてそれぞれ集合している。
「私たちも散らばりましょうか」
「そうだね。僕が奥側のラインの外に行くよ」
「奥側がベンチになると思うので、気を付けてくださいね。撮ることに夢中になって人にぶつからないように」
「うん。わかった」
僕はグラウンドの奥へ向かった。
「整列!」
僕が奥側の真ん中あたりに着いたタイミングでそれぞれのチームと審判が並んだ。僕の位置からは審判が目の前にいて、選手の顔はよく見えない。僕はすぐに一年生のベンチ側へ移動した。ここからであれば、一年生の背中や上級生の顔が良く見える。
審判は顧問が主審で、副審を各チームから一人ずつ出すようだ。
一礼をして目の前の人同士で握手をした後、コイントスが行われ、一年生がボールを取った。選手がばらけ、配置に着く。僕はここまでに15回シャッターを切った。しかし、撮影に手ごたえがない。うまく撮れていない感じがする。
紅白戦は二・三年チームボールで始まった。笛を合図に、選手が動き出す。
「なあ、あんた」
そんな時に後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、そこには一年生のベンチに座ってこちらを見ている生徒がいた。たしか彼は先日佐藤の教室を覗いた時に一緒にしゃべっていたモテそうな爽やか系の子。木島と近いものを感じるため、きっとサッカーも上手なのだろう。
「佐藤さんとはどんな関係なんだ?」
彼は僕を見定める様に聞く。きっと彼は佐藤のことが好きなんだろう。
「ただの先輩後輩だよ」
僕はカメラのフレームに視線を戻しながら、彼を刺激しないように正直に答える。しかし、彼はこの返答が気に食わなかったらしく、首を傾げた。
「あんたはどう思っているんだ?」
「……別になんとも思ってないよ。あと僕の名前は柿崎壮太。あんたじゃない!」
僕は後半に語尾を強めて、これ以上何も聞かれないように話題を変えることにした。
「柿崎。覚えておく。じゃあ俺がこの試合でハットトリックを決めて、佐藤さんに告白しても問題ないな」
「……」
試合で最初にボールが渡ったのは木島だった。木島は果敢にドリブルを仕掛け、一年生をもう三人置き去りにしている。
「無言は肯定だぞ」
「……勝手にしろよ」
「そうだな。俺の名前は小原稔。よろしくな」
僕はフレームの中から視線を外さなかった。よろしくすることもないと思ったから。
カメラのフレームの中に居る木島は一年生のディフェンダー三人にいつの間にか囲まれている。
「木島、こっちに出せ」
右手を挙げながらボールを呼んでいるのは僕のクラスメートの一人。名前は確か……
僕が名前を思い出している間に、木島についているディフェンダーの一人がボールを読んでいる人の方を向いた。
木島はその隙を見逃さず、ディフェンダー死角をついて、三人を抜き去っていった。
僕はそこで迷わずシャッターを切った。確認してみると、木島が動き出す瞬間の躍動感あるものが撮れていた。
カメラから視線を戻す頃には木島のシュートが相手のゴールネットを揺らしていた。
「木島ナイシュー」
「相沢ナイスおとり!」
木島は相沢と呼ばれる生徒とハイタッチを交わし、笑っている。
そうだ!相沢だ。
相沢はさっきボールを読んでいた生徒。僕と同じクラス。笑いあっている木島と相沢もカメラに収めておく。
「点とられちゃったね~」
「まあ、あのぐらいならどうとでもなるっしょ」
僕が振り返ってみると、いつの間にか僕の後ろに生徒が二人増えていた。小原を挟むようにその二人はベンチに座っている。一方は長身。もう一方は肩幅が広い。
「ああ、さっきのは一年チームのコンビミスだ。俺らなら大丈夫」
まとめるように小原が言う。
「後半まで暇だね~」
「まあ、研究する時間ができたと思えば大丈夫っしょ」
この二人も雰囲気があり、体つきから運動全般が得意そうな感じがする。
「まずは、あの相沢って先輩を叩くぞ」
「うーん。やっぱりそうだよね~」
「三輪、いけるか?」
小原は肩幅が広い方に確認を取っている。この肩幅君は三輪と言うらしい。
「うん。たぶん行けるっしょ」
三輪は少し笑いながらうなずいた。きっと何かを仕掛けるつもりなんだろう。
「じゃあそれで。多田はいつも通り上がってくれ。木島先輩には俺があたる」
長身の方は多田というらしい。
「了解~」
この三人は一年生の中でも異質な雰囲気を放っている。きっと本当の勝負は後半からになるのだろう。
その三人の会話が終わる頃には、試合が再開していて、一年生が二・三年生にオフェンスを挑む形になっている。木島と相沢の二人はディフェンスには参加せず、相手のコートへ走っている。
一方、一年生は相当な人数を攻撃にかけている。ここから見ても大体7人ぐらいが二・三年生側のコートに入っている。
「あれは行き過ぎだな」
「そうだね~」
一年生がこれだけの人数をかけて攻めているのに、なかなか攻め手が生まれない。一年生がパスを回しているように見えても、二・三年生のプレッシャーに負けて、パスを出させられてしまっている。
「まずいな」
小原がそう呟いた後、一年生のパスがカットされた。今カットした生徒も多分僕と同じクラス。確か上野君。彼はいつも木島を呼んでいたから覚えている。彼がカットしたところもカメラに収めておいた。しかし、確認するとぼやけてしまっていた。なかなかカメラの方はうまくいかない。佐藤の様子を見ると、彼女は彼女で苦戦しているようで、首を傾げている。上野から木島へカットしたボールが渡り、そのままカウンターに入る。一年生は守備に人がおらず、もう一点入るかと思われたが、何とかゴールキーパーが止めていた。
この後も前半戦は完全に二・三年生のペースで試合が進んだ。
この後、木島がさらに1点を追加し、2対0で前半戦を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます