第7話
朝起きると、両親が家を出るところだった。
「あら、おはよう。これから、会社行ってくるわね。困ったことがあったらちゃんと電話で相談してね」
「今日も勉強がんばりなさい。じゃあ、行ってくるよ」
二人は扉を開けて、行ってしまった。この時は何歳になっても、どこか寂しい。しかし、すぐに朝のやるべきことに取り掛かった。今日は気合を入れて望まなければいけない。佐藤が唸るぐらいのものを作るために。
僕は冷蔵庫から昨日準備したひき肉を取り出す。そしてフライパンで火を通す。こんなにも火力に注意しながら焼くのは、いつ以来だろうか。いつもなら、火をつけた後はタイマーをセットして、鳴るまで他の事に取り掛かる。今日はずっと台所のコンロの前。でもこんなに真剣な朝も悪くないと思った。
火が通ったら朝食がてら味見。悪くない。いや、むしろ会心の出来だった。朝食を終えて、お弁当に詰める。それから諸々の準備を終えたら、鍵を閉めて学校に向かう。
学校に行くまでの電車の中、今日は何を撮影するかを考える。朝からこんなにも世界が色付いているのは久しぶりだ。そもそも電車の中からの景色なんて、今まで意識したことが無かった。きっとカメラを手にしなければ、写真部に入らなければ、知らない景色だった。
学校に着いたら、少し色が消えたような気がした。いや、色は消えてない。僕の感情落ち込んだだけ。
木島は朝からいつものグループにおり、僕は教室で一人になった。しかし、これはきっと僕が悪い。そう思った。小学生の時のことをいまだに超えられない僕が悪いのだ。そう思うと納得できた。気持ちが少し楽になった気がした。
午前中の授業を全て受けたら、いよいよ昼休みだ。僕が職員室に行き、鍵を取りに行くと田中先生から
「もう佐藤が持っていったぞ」
と言われた。
僕は一礼してからその場を離れて部室に向かった。
部室のドアを開けると、佐藤は僕から見て左側の椅子に座っていて、もうお弁当を広げていた。
「先輩、遅かったですね」
もうすでに彼女は勝ち誇ったような顔をして、こちらを見ていた。今日も相当な自信があるようだ。
「佐藤が速すぎるんだよ」
僕はいつもの席に座って、お弁当を広げ出す。佐藤はその中身を興味津々に見つめている。僕も佐藤のお弁当の内容を確認する。見たところ、唐揚げ、サラダ、卵焼きのベーシックな内容のお弁当だった。一日目から奇を衒ったものは準備してこないだろうと踏んでいたため、ある程度は想定通りだ。
「先輩、早速貰ってもいいですか?」
佐藤は笑顔で聞いてくる。僕うなずいて、お弁当を差し出す。
佐藤は「いただきます」と言ってから、僕の作ったお弁当を食べ始めた。
僕は佐藤が食べるところをじっと見た。佐藤はこぼさないように左手を皿にしながら、右手で箸を使って一口サイズハンバーグを口まで運ぶ。一口目だったけれども、迷いなくおいしそうに食べていた。
「あんまり食べるところ見ないでくださいよ。恥ずかしいので」
佐藤はハンバーグを飲み込んでから僕に注意した。その注意で我に返った。僕も佐藤の作ったお弁当を食べるのだった。
僕は佐藤に
「お弁当貰っていい?」
と聞いた。
彼女は「はい!」と言って箸を置き、快くお弁当を差し出した。僕も佐藤に倣って、「いただきます」と言ってから食べ始めた。
最初に箸をつけたのは、唐揚げからだった。唐揚げは作ったことがあるからわかる。この唐揚げはインスタントや冷凍商品じゃない。きっと手作りだ。僕は少し緊張しながら、その唐揚げを口の中に運んだ。外はサクッとはしていて、噛むと口の中にジューシーさがブワっと広がる。
「うま」
素直にそう思って、思わず口に出してしまった。
「やったー!」
ぼくの言葉を聞いて、佐藤は小さくガッツポーズをして、喜んだ。
「先輩のお弁当も、とってもおいしいです」
「ああ、ありがとう」
僕たちはその後もお互いのお弁当を食べ合った。
サラダには和風ソースが掛かっていて、卵焼きは砂糖で味付けがしてあった。このお弁当はどこかで食べたことがあるような、懐かしい味がして、幸せな気分になった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
二人とも手を合わせて言う。
「お弁当とっても美味しかった。唐揚げ手作りだよね?」
「ええ、昨日の夜ご飯のあまりですけど。先輩のも美味しかったですよ」
「ありがとう」
言葉を交わしながら、空になったお弁当箱を交換する。お弁当箱を片付けた後は意見交換が行われた。
「あのハンバーグいつ火をいれているんですか?」
「今日の朝。そんなに大きくないからすぐに火は通るよ。唐揚げはなんであんなにサクッとしてるの?」
「それはですね、二度揚げしてるんです」
「ああ、なるほど」
そうして二人の満足がいくまで意見交換が行われた。
お弁当への意見交換が終わった後、僕は昨日撮った写真を見せてみることにした。
「昨日、いろいろ撮ってみたんだ」
僕は机の上に昨日印刷した写真を並べた。
「撮ってみたは良いものの、全然上手く撮れないんだよね。アドバイスをもらえる?」
佐藤は並べてある写真を一枚一枚丁寧に観察している。僕はなんだか恥ずかしいものが見られているような気がして、いたたまれなくなった。
「そうですね。別にボケているとかではないので、よく撮れていると思います。ただ、人の心を動かすようなものを撮るには、経験が必要です。急に一日で撮れるようになるわけではありません。何が悪いとかではないんですけど、そのような作品を撮るためには色々なものを撮って、経験を積んで、どう撮ったら心を動かせるのかを感覚的に掴むしかないでしょうね」
佐藤は熱心に説明してくれた。僕は机に突っ伏していた。
「やっぱりそうだよね。練習あるのみってことか〜」
そうだと思っていた。勉強と一緒。どんな問題にはどんな解法を用いるのか。それを写真に応用していく。そうするには様々な種類の写真を撮らなければならない。
「そうです。なので、今日はサッカー部の紅白戦にお邪魔します」
「え?」
僕は驚いて体を起こして佐藤をみる。佐藤はニヤニヤしながら説明する。
「本日、4時からサッカー部がグラウンドで一年生対二・三年生の試合をやるそうなんですよ。動く被写体を撮る絶好のチャンスです」
今は時期が悪い。木島とは気まずいし…… なんとかならないだろうか。
「確かに。でもさ、サッカー部の顧問に確認は?」
「田中先生を通じて確認済みです。試合の邪魔にならなければ構わないとのことでした」
「……そうか」
「そう言うわけで今日の部活は部室ではなく、グラウンドに集合してください」
佐藤さんはそう言って微笑んだ。僕は引き攣った笑みを返した。
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