第5話

 二限、三限、四限は主要教科で何事も無く、先生の話を聞くだけで終わった。


 四限が終わるチャイムが鳴るとお昼休みに入る。お昼休みは毎回、教室で木島と二人でお昼ご飯を食べていた。しかし、今日はいつも通りにはいかなかった。


「ごめん。今日はあいつらと食べるわ」


 木島はそう言って、あの陽キャのグループに行ってしまった。僕には教室の中でお昼ご飯を一人で食べる勇気はなく、写真部の部室で食べることにした。


 部室のカギをもらうために職員室に向かった。


 職員室に向かう途中で、佐藤の教室の前を通った。佐藤はいかにもモテそうな、爽やか系の男の子と二人で楽しそうに喋っていた。僕は佐藤にバレないようにその場を離れ、また職員室を目指した。


 職員室に着いたらまずドアを三回ノックしてから入室する。


「失礼します。二年二組の柿崎壮太です。田中先生はいらっしゃいますか?」


 すると一番奥に座っていた田中先生がこちらをみた。僕は手でカギを回す動作をして目的を伝える。田中先生はそれに気が付き、部室のカギをもって僕のところに来た。


「昼休みまで部活とはずいぶん熱心だな。別に無理ない範囲でいいんだぞ?」


 その優しさは逆に辛いな、と思いながら僕は左手に持っていたお弁当を背中で隠した。


「大丈夫ですよ」


 そう言って鍵を受け取った。


 部室について、扉を開けてみると、そこには誰もいなかった。僕がカギを開けたので当たり前なのだが、なんだか寂しく感じる。僕は昨日座った席と同じ位置に座った。最初は寂しい感じがしたが、部室は教室よりも静かでいい環境だ。そう思いながら、お弁当を。その時、勢いよく部室のドアが開いた。


「いた!」


 佐藤は息を切らしながら、ドアに片手を付き、反対の手にはスクールバックを持っている。


「まだ、お弁当食べてないですよね?」


「う、うん、食べてないけど……」


「よかった」


 佐藤は僕の前の席に座った。そしてバックからお弁当を取り出し、広げていく。二段のお弁当で、彩りも良く、栄養バランスが考えられたお弁当だった。


「一緒に食べてもいいですか?」


「うん。僕でよければ」


 僕も自分のお弁当を広げた。今日は母に作ってもらったものなので、僕もまだ見ていない。しかし、広げてみれば一般的なお弁当であり、彩りも悪くなかった。


「佐藤はそのお弁当、自分で作ってるの?」


「いえ、今日は母が作ってくれました」


「そうなんだ。今日は、ってことは、いつもは自分で作ってるの?」


「ええ。大体は自分で作ってます。親の方針なんです。料理はで小さいうちからできるようになっておけば、将来困んないって」


 佐藤は苦笑いを浮かべながら、困ったように言う。しかし、僕はとても良いことだと1人で感心していた。僕は自分でやっているからわかる。料理は慣れだ。間違いない。


「へえ、毎日作ってるんだ。すごいね。」


 自分も毎日作っているとは言えなかった。今まで毎日弁当を作ってきている人を見たことが無かった。だからそれが僕の自慢だった。でも今日佐藤を見つけてしまった。僕はなんだか、自信をなくしてしまった。


「でも先輩も毎日作ってきてるんですよね?」


「え?」


 見られたくないところを見られたような、そんな感覚があった。


 箸でつかんでいたブロッコリーが床に落ちた。


 それをみて佐藤が焦ったように言う。


「ええと、田中先生がそう言ってたんですけど、違いました?」


「いいや、あってるよ。今日は母親に作ってもらったんだけどね。でもよく知ってたなと思って、驚いた」


 そこまで言い切ってから、僕は落としたブロッコリーをティッシュに包んで拾い上げる。


 ぼくは隠そうとしたことに罪悪感を覚えた。


「じゃあ、先輩これから毎日、お弁当のおかずを交換するというのはどうでしょう?」


 佐藤は自信に満ちた表情で、不敵に笑った。よっぽど自分の作るものに自信があるらしい。僕は悩んだ。もしも、佐藤の作るもの方が美味しかったとき、いよいよ僕のちっぽけな自信は無に帰る。しかし、ここで、引くわけにはいかなかった。ここで引いてしまえば、僕の自信は失われたままになる。


「わかった。そうしよう」


「では、明日から毎日、昼休みは部室に来てください」


「佐藤の舌を唸らせるぐらいのものを作ってくるよ」


「楽しみにしてます」


 佐藤はトマトを口に入れ、純粋に楽しそうに笑った。僕も噛み締めるようにハンバーグを口に入れた。


「ごちそうさまでした」


 二人ともお弁当を食べ終わると、佐藤は思い出したように本題に入った。


「今日は部活が休みなので、昼休みにこれを届けに先輩をクラスまで行ったんですよ」


 佐藤は自身のバックからカメラを取り出した。そのカメラは大分、年季が入っていた。しかし、大切に使っていたことがしっかりとわかる。そんな雰囲気を持っていた。


「これを使ってください。そのうち、マイカメラが欲しくなると思うので、それまででもいいですから」


 そう言って、佐藤はカメラを僕の方に差し出してくる。僕は差し出されたカメラを手に取ってみる。詳しいことや専門的なことは何もわからないが、しっかりと手に馴染むカメラだと感じた。


「本当にありがとう。大切に扱うよ」


「そこはあんまり心配してないんですけど、もしもカメラの中の写真のデータがあったら、消しといてください。もう全部コピーとったんで、心置きなくお願いします。まあ、確認してるので、大丈夫だと思いますけど」


「ああ、わかった。でも、どうやって過去に撮った写真をみるの?」


「それはこのボタンを……」


 佐藤は左も右もわからない僕に、この時間でカメラの基本的なことを全て教えてくれた。


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