第4話

 僕が目を覚ますと、時計は5時を示している。


 どうやら僕はマンガを読みながら寝てしまって、朝まで起きなかったらしい。


 下からお皿を並べるような音が聞こえているので、母と父が朝ごはんを食べているのだろう。


 昨日の記憶を頭の中で整理する。


 僕はお風呂に入った後、このベッドに……夕食作ってない!


 僕は申し訳ない気持ちで下のリビングに向かった。


 リビングはテレビがついていて、お天気キャスターが今日の天気を画面に示している。今日は一日中晴れらしい。


「おはよう」


 テーブルに座っている母が、僕に声をかけてくる。僕は恐る恐る挨拶を返した。


「おはよう。その、昨日は、」


「昨日はぐっすりだったわね。久しぶりの学校で疲れちゃったかしら?」


 母は少し笑いながらそう言った。僕はてっきり文句を言われるかと思っていたが、肩透かしを喰らった。


「怒ってないの?」


「怒るわけないじゃない。いつも家事をやってくれているから、感謝しているくらいよ」


 僕は目の前のテーブルでテレビを見ている父に視線を送った。


 すると父は僕に一瞬視線を向けて、


「まだ高校生なんだから、たまには親に甘えなさい」


 と言って、テレビに視線を戻した。


 その言葉に僕は安心した。


「早く顔を洗っておいで。せっかくだし、ご飯をみんなで食べましょう」


 母が僕にタオルを差し出してくる。


 僕はそれを受け取り、洗面所に向かう。洗面所の鏡には顔が緩んだ僕が映っていた。


 学校に着くなり、後ろの席から木島に詰め寄られた。


「おはよう。タナセンなんだって?」


 タナセン……田中先生の事か。聞いたことのない単語に少し戸惑いつつも、僕は状況を把握して答える。


「部活に入れってさ」


「部活? サッカー部なら歓迎するけど、柿崎は部活に入るようなタイプじゃないだろ?」


「そうなんだけど、押し切られちゃって」


「え、入ったの?」


「まあ、一応……」


「どこの部活に?」


「……写真部」


「ふぇ?」


 木島の素っ頓狂な声にクラスメートの視線が集まる。僕はその視線が針で刺されるような感じがして、嫌だった。


「写真部って、うちにあったっけ?」


「いや、新設の部活で、一年生の子が作りたいから入ってくれって」


 この注目度の中、さすがに一年生の女子とは言えなかった。でも木島は何かに気が付いたようにニヤニヤしていた。


「なんだよ」


「いや~別に~」


「木島は本当にいい性格してるよ」


「そりゃどうも」


 そこでチャイムが鳴り、田中先生が教室に入ってきた。


「朝のホームルールやるぞー」


 その掛け声と同時に教室の中に居た生徒が、バタバタと自分の席に座る。


 僕も体を前に向け直して、ホームルールが始まるのを待った。


「はいじゃあ、ホームルールするぞー、と言っても言うことは特にないから、仲良く授業を受けるように。以上。解散」


 田中先生は相変わらずだった。もはやホームルームは一回座るだけの儀式だ。僕は一時間目の準備を始める。


 一限は移動教室なので教室内の人数はすぐに少なくなった。教室移動の時、木島は陽キャのグループに絡まれていた。僕は一人で次の教室に向かった。


 一限は退屈だった。なぜなら美術だったから。


 今日の美術の課題は自画像だった。机の上には一人一個配られる鏡とスケッチブックが置かれている。


 しかし、僕の顔なんてどうやって描いてもいい結果にならない。


 頑張って書いても「うわ。あいつ自分の顔あんなにきれいだと思ってんのかよ」って思われるし、逆に汚く描いたら「うわ。あいつ話もしなければ絵のセンスもね~のかよ」と思われる。


 つまり詰んでいる。どうすればいいのか。


 このままでは埒が明かないので、残り十五分になったら、自画像を描き始め、誰にも見せないまま提出するしかない。


 だから、その時間になるまでは退屈だった。それを見かねて、田中先生が僕の机のところにやってきた。


「昨日はどうだった?」


 後ろの席に座っていた木島がその質問を聞いて、興味津々に顔を上げたのが鏡に映った。


「昨日は特に何もしてないですよ。カメラが無かったんで」


「そうか。でも柿崎が部長をやることになったんだろう?」


「いや、まあ、はい」


「そうか。了承があるならいい。喋りかけてすまなかったな。自画像に戻ってくれ。木島も」


「「はーい」」


 木島も僕も、田中先生とは二年目なので、距離感がつかめている。


 田中先生は僕が最終的にはちゃんと出すことを分かっているので強制的に描かせたりはしない。


 日頃適当な感じだけど、結構生徒のことは見ているんだよな。妙な安心感があるというか、何と言うか。


 そんなことを考えていると、残り時間が十五分になった。


 僕は鉛筆を持ち、自分の顔をスケッチブックに描き始めた。自分の顔は朝とお風呂で一日二回は見ている。


 だから僕は鏡を見なくても自分の顔を描くことができた。チャイムが鳴る三十秒前には満足のいく自分の顔をスケッチブックに描き切ることができた。


 僕は立ち上がり、田中先生に自画像を提出しに行った。


「出来ました」


 田中先生はその絵を見ながら言った。


「とってもいい絵だね。お手本として前に飾りたいぐらい」


「やめてください。ホントに」


「冗談だよ」


 そこでチャイムが鳴った。僕の隣に居る田中先生が全体に向け言う。


「出来てない人は来週までに仕上げてきてください。号令」


 美術の時間は座らなくてもいいのでその場で先生の方を向く。


「気を付け、礼」


「ありがとうござました」


 それを合図に、クラスメートは美術室を出て行く。僕もその後を追おうとした。その時、


「部活の事も、それ以外の事も、何か困ったことが有ったら、僕に相談してくれ」


 田中先生は僕にそう言った。


 僕は一礼してから、美術室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る