第一章
第1話
僕は一割の希望と九割の不安を持って、学校に行った。
今日は二年生になって初めての登校日で、僕は二年二組に所属することになっていた。
新しい教室に入るとすぐに、幼馴染の木島康平が話し掛けに来てくれた。
「柿崎!同じクラスでよかったよ!」
木島はイケメンで、サッカー部で次期エースとして期待されている。成績もよく、一年の最終テストでは学年で三位だったらしい。木島とは小学校も中学校も一緒で、高校に入っても仲良くしてくれる幼馴染だ。
「知っている人が居て、こっちも安心したよ」
木島の他にも知っている顔が何個かあった。しかし、その知っている顔も、話したこともないような人が大半で、僕には木島しか話せる人が居なかった。
「おーい木島、こっち来いよ」
木島はいかにも陽キャ、という感じのグループの男子に呼ばれて、行ってしまった。しかし、僕は呼ばれない。僕の席は教室の後ろから二番目。僕はその席に座って本を読み始めた。
二年生になっても僕は一人でいることが多いだろうな。ただ、それも悪いことばかりではない。学校という狭い空間の中で、いろいろな人と関わるのは疲れるし、たくさんの人と関われば関わるほど、トラブルに巻き込まれる確率もあがる。だからきっと、これでいい。そう思って本の世界に閉じこもった。
それから少ししてチャイムが鳴ると、猫背で前髪が目にかかっている男の先生が入ってきた。僕はその先生をよく知っている。一年の時もその先生が担任だったから。
「皆さんの担任になりました。田中千秋です。担当教科は美術。趣味はサバイバルゲームとゴルフ。一年間よろしく。じゃあしっかり授業受ける様に。最初のホームルームはこれで解散」
田中先生は教師として珍しいタイプだと思う。普通の先生なら、ここで生徒に自己紹介とかさせるだろうし。
そんなことを考えながら僕は二年生になって初めての授業の準備をした。
二年生初日の授業はどれも自己紹介やオリエンテーションがほとんどだった。しかしクラスメートの顔と名前は全然一致しない。まあ、あまり関係ないが。
授業がすべて終わると、田中先生が帰ってきた。
「じゃあ、帰りのホームルームやるぞー」
その声を聞いて、立って話していた生徒が次々と座りだす。全員が座ると、先生は話し出した。
「うーんと、特に話すことないから、明日も真面目に授業を受ける様に、以上」
すると生徒は「不思議な先生だね」とか「あの先生めっちゃ早くて当たりかも」など、思い思いの言葉を口にする。僕は一年前から経験済みのため、誰よりも早く帰るために机の横にかけてあるカバンを手に取った。
「あーあと、柿崎壮太君は放課後職員室に来なさい。じゃあ、解散」
今、柿崎壮太って言ったよな? 聞き間違えじゃないよな? 職員室? 怒られるようなことに心当たりないけど。
クラスのほぼ全員が振り返り、初日から職員室に呼び出されるやつという奇妙なものを見る目で全員の視線が僕に集まる。僕はその視線が怖くて自分の机の上を見つめる。すると、後ろの席から木島が僕の肩を叩き、ニヤニヤしながら聞いてきた。
「何悪いことしたの?」
「いやいや何にもしてないよ」
「ほんとに~? まあいいや。明日、何で怒られたか教えてくれよ~」
「……わかった」
そう言って木島は部活に向かった。それにつられて、みんなが教室から出て行った。
教室の人が減って僕はほっとした。少ししたら僕も教室を出て、職員室に向かった。
「失礼します。田中先生いらっしゃいますか?」
職員室の一番奥で田中先生はコーヒーを飲んでいた。僕の声に気付いた先生が奥から入り口に歩いてくる。僕は何を言われるのか不安に思いながら、先生が距離を詰めてくるのを見ていた。
「応接室に行ってくれ」
先生はそう言った。僕はうなずいてから職員室を出て、応接室に向かった。
応接室のドアを開けると、そこには一人の女子生徒が居た。上履きの色からきっと一年生だ。その女の子は見定める様に僕を見た。
少し不思議な子だと思った。纏っている雰囲気が独特だと感じた。
「あの~」
ここ、田中先生と僕が使いたいんですけど、そう言う前に田中先生が応接室に入ってきた。すると、すぐに田中先生は目の前の女子生徒に声をかけた。
「お、もう来たのか。早いな」
「ホームルームが早く終わったので」
どうやらこの女子生徒も田中先生に呼ばれてきたみたいだった。
「とりあえず、二人とも座ってくれ」
女子生徒と田中先生が隣同士で座り、僕は二人に向かい合うようにして座った。
「じゃあ、美優、説明してくれ」
「わかりました。初めまして、一年二組、佐藤美優と申します」
目の前に座る一年生が一礼した。改めて前から見るとショートカットで目が大きく、顔が整っており、優しそうな女の子だった。
「初めまして、二年三組、柿崎壮太です」
僕も彼女に倣って、一礼する。僕が顔を上げると佐藤は話し始めた。
「今日はお願いがあって、田中先生に呼び出してもらいました。実は私、写真部を作りたいんです。ただ、部活を創設するには、部員が二人以上必要らしくて、柿崎さんには写真部の部員になってほしいんです!」
説明の熱量は高く、一生懸命さが伝わる。
写真部……? 写真なんてスマホでしか撮ったことないけど……
「先生、なんで僕なんですか?」
僕は一番不思議に思っていることを斜め前にいる田中先生に聞いた。
「うーん、なんとなくかな」
僕はそんな理由なのかと少し呆れた気持ちとある種の怒りを覚えた。それが表情に出たらしく、田中先生が慌てた様子で弁明しだした。
「いや、僕のクラスで部活に入ってない人は限られているし、君は成績もいいだろう。だから、部活をしても大丈夫そうだし、何より、去年を通して、真面目な良い生徒だと思ったからだよ」
「……なるほど」
一応、筋は通っている。ただ、最初なんとなくって言われたからか、釈然としないが。
「あの!それで入っていただけるんですか?」
焦ったように佐藤が聞く。僕はどう断るかを考えながら、答えた。
「入ってもいいんだけど、現実問題、厳しくないかな。僕も写真初心者だし」
そう言うと佐藤がニヤリと口角を上げた。
「初心者歓迎にしようと思っているので大丈夫です!」
僕は苦し紛れに先生の方を見る。先生は目線で「諦めろ」と言った気がした。
「入ってもらえるんですか?」
「いいけど、顧問はどうするの? 先生は美術部の顧問だし」
「そんなん、掛け持つに決まってるだろ。柿崎が思っているより部活は何とかなるんだよ!」
さっきは目線だけだった先生が今度はちゃんと口で言った。僕は完全に断り方間違えた。八方塞がりだ。ただ、別にこれと言って入りたくない理由もないので、仕方なく入ることにした。
「じゃあ、入部届書いてください!」
佐藤が紙を机に叩きつけた。言ってしまったものは仕方ないので僕はしぶしぶ自分の名前を書く。
「じゃあ、美術室の隣の教室好きに使っていいから。そこに必要なものは置いてあるから、カメラは……まあ、なんとかしてくれ」
入部届を受け取って、田中先生は応接室を出て行った。
――いやもう部室まで確保してあるのかよ――
僕は田中先生が用意周到すぎて驚いていた。
佐藤はそんな僕の様子を気にすることなく、
「これから、よろしくお願いします。」
深々と一礼して、笑った。
ここから僕の不思議な話が始まった。
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