第2話 スパイ
次に目が覚めたときには、茶色の天井の部屋に居た。
病院ではない何処か。死後の世界か?とも思ったのだが、右腕の火傷の跡がまだ残ってるし、ベッドの上で寝ている。死後の世界にベッドなんかあるわけがないから、まだ生きているということになる。
どうしてだ…?僕は海に落ちて、意識も失ったはず。しかも、深いところまで沈んだから、救出は不可能だったはず…
ガララと扉が開く。
「あ、起きたんだ。意識が戻らないかと思ったよ。だって、十日間も昏睡してたからね。」
声がした方に首を回す。
幼女のような声と顔をしているが、長身で科学服を着ているので立派な大人だろう。
「貴女は…なんで僕を助けたんですか…?メリットはないはずですが。」
単純に疑問になって聞いてみる。その質問を待ってましたとばかりに、不敵な笑みを浮かべる。
「君には、敵対勢力のスパイになってほしい!そのために蘇生したのさ!」
「えぇ…」
無茶振りが僕に飛んできた。スパイって…そもそも敵対勢力って何の?
ここで嫌ですとか言ったら殺される予感がしたので、大人しく従っておくことにする。助けてもらったしね。
「何のスパイをやれば良いんですか?助けてもらったから恩義は返さないといけないと思うんでやりますけど。」
「本当か?!本当にやってくれるのか!言質取ったからな!」
録音機をつき出し、目を輝かせながら聞いてくる。なんでそんなに驚かれるんだ…?僕がすっと受け入れたからかな?
「よし。じゃあ、殺し屋のスパイになってくれ!任せたぞ!」
え…えええええ!そんな重大な役割を?
「なんでですか…?なんで僕なんですか?」
「だって、敵対勢力の行動がわからない限り何をしてくるかわかんないじゃん。だから、あっち行って、電話で毎晩近況報告をしてくれればいい。それだけだ。」
「答えになってないんですけど…」
はぁと気だるそうに溜息を吐かれる。突然、当たりどころが悪ければ、意識は失う程の石を全力で投げられた。
色々察し、目をギュッと瞑る。三秒程経っても当たった気配がなく、向こうの床からドンという音がしたため、恐る恐る目を開ける。
きょとんとした顔をされたが、すぐに笑顔に変わる。
「あははっ!君に任せられるね!そういえば、君の名前を聞いていなかったね。どんな名字なの?」
笑いながら聞いてくる。何が起こっていたんだ…?あの時に。
僕はあの時目を瞑っていただけなんだけど…
「僕の名前は、幻 優然です。能力は幻だと思うんですが…あの時何が起こっていたんですか?僕は目を瞑っていただけなんですけれど…」
「あー。そういうことか。多分、君の能力の概要は、目を瞑っている間は物理攻撃とかは効かないんじゃないかな?魔法系の能力は知らないけど。まぁ、殺し屋に向いている能力だよ。あ、そういえば、私の名前を言ってなかったね。私の名前は、蘇瀬 一歌だよ。能力は蘇生。沈んた君のことを仲間に引き上げてもらって、それで私が蘇生したの。貴方が使える能力で良かった。」
こちらに笑みを向けた後、今の殺し屋の関係性を教えてもらった。
今、殺し屋の勢力は三つに分かれている。朱、蒼、紫であり、僕が助けられた部隊は朱である。この対立関係は十年前ほどからあったそうだ。
その間にも、何度か戦いはあったそうだが、人数がそれぞれ揃ってきたため、戦いの準備が本格化しているそうだ。そこで、相手の弱みを探るために、今から紫の部隊にスパイとして潜入するということになっている。
朱は武闘を中心とした部隊。蒼は武器を多用する部隊。そして紫は武闘と武器を両立して使える部隊だそうだ。
紫は朱や蒼ほど武闘と武器は使えなれていないが、遠距離と近距離がどちらも使えるため、厄介な存在。そのため、僕のような存在が居ても特に違和感が無いらしい。
「じゃあ、連絡先は勝手に登録しておいたから。バレないように連絡してきてね。」
僕の手にスマホを置く。
「あの…プライバシーって知ってます?」
「ああ。ちょっと連絡を取っている人とかは目に入ってきたけど、履歴とかは見てないから安心して。」
まあいいか…そんなヤバいものとか見てないし。
「じゃあ行ってきます。」
荷物を持って建物から出る。朝日が目に染みる。
生きてるって感じ。
蒼の事務所は千葉にあったが、紫の事務所は静岡にあるらしい。なんでこんなに離れてるのに冷戦みたいな状況になってんだか…
縄張りとかそういうのがあるかもしれないけどさ。仲良く行こうよ。
それはさておき。蘇瀬さんに教えてもらった場所に着いたが、それらしい建物は見当たらない。
あの人間違えた道を教えたのか?
そうあの人を恨んでいると、後ろから声がする。
「ここに何の用だ。迷子でもここには辿り着かないはずだが。」
首筋に冷たいものが当たる。ここはなんとか穏便に済ませないと…
「ここって紫の事務所ですよね?殺し屋の。そこに入りたいなぁって…」
「ネットで調べても出てこないはずだが。どうやって経路を知った。」
うーん。面倒くさいなぁ…ちょっとここに入りたいだけなんだけど…
「紫の人に助けてもらいまして。ちょっと顔とかは見れてなかったんですけど、来るなら来いって言われて、位置を教えてもらったんですよ。だから、ここに来たんですよ。」
首筋に当てられていたナイフを仕舞い、黙って歩き始める。
「来るなら来いよ。その火傷、復讐したいやつがいるんだろ。」
別に居ないけど、変な勘違いをしてくれたから入りやすくなった。
こうして、僕のスパイ生活が幕を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます