殺し屋の生存戦略

むぅ

第1話 殺し屋

殺し屋。それは名前からして分かると思うが、気分がいいものではない。

自分が殺したものはしっかりと後処理をしなければいけないし、殺される側が悪いことがほとんどなのに、命乞いをするし、最期の抵抗と言う名の粗相をするもんだから、より後処理が面倒くさい。


案の定、今回殴り込みに行ったブラック企業の社長にはしっかりと漏らされた…


証拠が残ってしまうと、自分の身に危険が迫るのはもちろん。組織の存在もバレてしまう。

だから、しっかりとやっていかないといけないのだ。

まぁ…仕方ないことなんだけどね。僕の目標を達成するには。


「でも、めんどくせぇなぁ…」

「仕方ないだろ。やらなければいけないことなんだからよぉ…」


同期の大塚と処理をしながら言い合う。依頼主からは従業員も全員蹴散らしてくれと言われていたから、笑いながら全員殺したのは良いものの、後処理がとてつもなく面倒くさいことに気づいた。


そこで今、もっと綺麗に殺せばよかったと後悔している始末なのだ。

というか、大体大塚が汚したんだが。なんで僕までやんなきゃいけないんだ?


「大塚、僕帰って良い?」一途の望みをかけて尋ねる。

「良いわけ無いだろ。一緒に片付けるぞ。」

分かっては居たが、そのような答えが返ってきた。


「だけどさぁ…こんな悲惨な状態にしたのってお前だろ?だから、お前が片付けるべきだと思うんだが。」

ギリギリ聞こえるぐらいの声で呟く。

不満そうな顔をされたが、僕は帰る支度をする。


「今戻ったってお前がなんか言われるだけだと思うけどな。最悪解雇の可能性だってあるぜ。まぁ、任せるけどさ。」

うぐっ…それは困る…しかも、今回の任務高かったんだからこれで帰ってしまうと、金がもらえない可能性がある…


黙って荷物を下ろし処理に向かう。

ニッと勝ち誇った笑みを浮かべている大塚を横目に、死体を適切に処理する。


どうしてこんな汚れ役をしているのかと言うと、約一ヶ月ほど前のことが発端だ。


ある日、受験生の僕は気分転換で、千葉の郊外に家族とドライブに行っていた。

ラジオを聞きながら楽しく走っていたのだが、段々とラジオに雑音が混じってくるようになった。

不調か?と思ったが、その考えはすぐに覆った。


人の声とは思えない音で話しかけられた。その印象が強く残っている。

だが、決して聞き取れない声では無く、ただただ不気味な声だった。人間では出せない声。だが、しっかりと脳に焼き付く声だった。


声の主は確かにこう言った。

「いまがら、あなだだちに『天啓』をざずげまず。名字があなだだちのの゙能力どな゙りまず。ぞれでは。」

刹那、お母さんの体から火が轟々と燃え上がる。

それもそうだろう。お母さんの名字は「炎谷」だが、自分はそうではない。

なぜなら、夫婦別姓だからだ。


内側から熱せられた車は、原型を留めながら爆発する。

爆風に飲まれ、窓ガラスを割りながら外に放り出される。

自分は運良く外に出れたものの、親が車の中に取り残されている。


「お母さん!お父さん!大丈夫?今、救急車を…」

焼ける感覚を感じながら出した右腕が払われる。

「優然。毎日を最期の日だと思って過ごしなさい。そして、毎日を精一杯生きなさい。それじゃあ父さんは逝ってくるよ。ごめんな。お前を残しちゃって。」


車が物凄いスピードで小さくなっていく。この先って…

「お父さん!行かないで!」時すでに遅し。車は海を走り、沈んだ。


「あ…あ…」その場に座り込む。

「なんで…なんで僕を置いてくの…?何をして良いかもわからないし、しかも受験なのに…なんで…なんで!」

全身の痛みが感じなくなるぐらい泣いた。


痛みがまた出てきた頃には、立ち上がって海の堤防に居た。

立入禁止の札が大量にあったが、一つ一つを踏みにじり、海に捨てる。


高い堤防を歩いていくと、車の鍍金らしきものがあった。

あぁ。ここで車が沈んだんだな。


「何をしている。」冷淡な声が後ろから聞こえる。

そこにはローブを着た女性が立っていた。顔はよく見えなかったが、若い女性だということが分かった。


「まぁ…貴女には関係ないことでしょう。少し、ほっといてくれませんか?」

女性は何も言わずに身を翻し、僕から離れる。


さて…邪魔も居なくなったし。

「待っててね。お父さん、お母さん。今、二人のところに逝くから。」

地面から足を離し、海に倒れ込む。


海が優しく包み込む。微量の塩が傷口と目に入って痛かったが、それよりも安堵が勝った。


腕を天に上げる。


顔がほころぶ。光が届きにくくなった海中で闇と笑った。

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