第11話理事になったら

料亭「なだ千」に、水沢は一人で向かった。既に茶園先生は到着しているようで、部屋に案内された。

「すいません。遅くなりまして」

「水沢君、僕もさっき着いたばかりだよ」

2人はワインで乾杯した。

「水沢君、新理事おめでとう。これはね、権田理事長の推薦なんだ。辞めた山内理事はかわいそうだが、病弱でうちの病院の事務長職も退職したんだ。そこで人間を選定したが、君が適任者である事を僕と権田理事長は同意見で決まったんだ。悪いが明日からはスーツで出勤してくれ。もう、介助の方は卒業しなさい。新しいグループホームの話しも出ていてね、そこグループホームの管理と経営を君に努めてもらいたい」

水沢は正座して、

「精一杯頑張ります」

と、言った。

「真面目な話しはこれまでだ。さっ、足を崩して、いつもの様に飲もうか?」

「はい」


2人は旬のアユの刺し身を食べた。アユも尺物なら、刺し身になるのだ。

「水沢ちゃん、また、給料上がるね。若い子らに美味しいモノ食べさせてる?」

「はい。この前尾形に西京焼きを食べさせました」

「西京焼きねぇ。今の若い子らは何を食ってもコメントが浅いんだよね」

「先生、今度、若い子らにこの料亭を案内したいのですが、どう思います?」

「良いんじゃない?でも金額は目玉が飛び出るぞ?良いのかい?」

「はい。これって、経費落ちますかね?」

「福利厚生で良いんじゃない?」

「今日は、プライベートだから領収書はもらわないけど」

「すいません」

「こう見えても、僕は医師だからね」


そう言うと、茶園先生はワインを飲み干した。

ワインの次は日本酒だった。

チャンポンはいけない。だが、この2人はザルなので、何でもがぶ飲みする。

「君、家族サービスはしてるかい?」

「はい。バーベキューしたり、キャンプしたり。たまに、美味しい店に連れて行きます」 

「そうか、それなら良かった」

「何か問題でも?」

「いや、僕ね家族と離れていてね。近々、こっちに呼ぼうと思ってるんだけど、子供たちは成人だし、嫁さんは向こうの友達が多いから」

「向こうとは?」

「島根だよ」

「へぇ〜。一人で名古屋ですか?」

「うん。君みたいな呑み仲間がいるから寂しくないけどね」

「僕で良ければ、いつでも。三嶋は今日は家族サービスの日らしくて」

「そういや、三嶋君も課長になってから数ヶ月だが、良いね彼は。下からは慕われているし、理事会でも上手く動いている。ま、君は理事だが、好きな事を発言すれば良いのだ。また、後輩がどこを改善した方が良いかなどを理事会で話しなさい。君は、大学は何学部だっけ?」

「教育学部です。で、畑違いの福祉の道を歩んでいます。教師になりたかったのですが、県の採用試験に失敗して、福祉の世界へ飛び込みました」

茶園は湯呑みで、日本酒を呷る。

ハモが出てきた。夏の魚だ。

梅肉が添えてある。2人はハモを見て、

「もう、夏だねぇ。畑違いの学部の方が福祉には合っているよ。だめ、福祉学科とかは。馬鹿が多い」

「先生、ちょっと凄い偏見ですよ」

「悪い悪い、うちは大卒しか取らないが、来年辺り専門学校卒も取ろうか?と検討中なんだ。どう思う?」 

「私は、高卒でも中卒でも良いと思いますが、でも面接でしっかりと見極めなければいけませんが」

「そうか、中卒ねぇ。いたな。面白いヤツが。中卒で学校では鉛筆削りばっかりしていて、ろくに授業も聴いてないんだけど、職人になってね。建築の。それで今は社長なんだ。林建設の。だから、人間は学歴じゃないな」

「えぇ〜あの林建設の社長が。凄いなぁ」

2人は2時間程、料亭に滞在してからタクシーでいつもの居酒屋千代に向かった。

常連でいつも相当ここに金を落とす2人は一番奥の静かな個室に案内された。

2人は飲み直しと言って、芋焼酎の水割りを飲んでいた。

すると、茶園先生が突然苦しみ始めた。

水沢は茶園先生の持病の狭心症の発作だと悟り、ニトロを舌下に入れてから救急車を呼んだ。

茶園は救急車に乗せられて、水沢も同行した。

茶園は、苦しみに耐えられない様子で言葉にならない声を発していた。

大学病院へ運ばれた茶園は処置室にストレッチャーで移動した。

水沢は直ぐに、会社の幹部に連絡を入れた。

三嶋も現れた。

「水沢君、大変だったね。先生は?」

「まだ、処置室」

「家族に一応、連絡したよ。島根の」

「ありがとう。君は酒臭いな?」

「水沢ちゃんも、焼酎の匂いがプンプンするよ」

関係者が病院へ集まる。

水沢と三嶋は缶コーヒーを飲んで待っていた。

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