第7話三嶋の憂鬱

2人は1日の業務を終えて、居酒屋王将に向かった。

この王将は例の餃子の店ではない、昔からある老舗の居酒屋で、海鮮を主に扱っている。

2人は個室に入り、アジの刺し身と生春巻きでビールを飲んだ。

アジはさっきまで、水槽で泳いでいたモノだ。

「水沢君、僕に課長が務まるかな?」

「大丈夫だよ。若い子らに人気あるし」

「……でも、有馬は苦しんでいたし、中間管理職の生きづらさは十分理解している。大丈夫かなぁ?」

「大丈夫。僕が現場をまとめるよ。君が強く言えないなら、オレが代わりに言ってやる。オレはこれでもサビ管だから、若いヤツには鬼と呼ばれてるしな」

「水沢君は、普段は優しいけど、現場じゃ鬼と言われてるのにも関わらず、人気があるよね。サビ管は課長と兼任出来ない決まりがあるから、僕が課長に推薦されたらしいけど。僕は課長の器は無いよ」

2人でアジを食べながら、ビールを飲んだ。

キリンクラシックラガーは、やはり美味しい。

飲んでいくと、三嶋は覚悟を決めたようだ。

「じゃ、悪いけど現場サイドは水沢君がある程度担当してもらって、僕は上との関係の構築に力を注ぐよ。僕は君のお陰で、茶園先生や理事会の連中とは良い繋がりがあるから」

「そうそう、三嶋君は理事会で褒められモンだよ!君は◯◯大学の出身だったよね。あそこの大学の出身が理事長なんだ。だから、理事長は君の事をエラく気に入っていてね。理事長から、いつか茶園先生と共に飲もうと言われていたが、どうだい?」

「へぇ~、理事長がうちの大学の出身。こう言う駆け引きは、君の方が得意だよね。上と相談して、君の地位を上げてもらうよ」

と、三嶋は生春巻きを口に運んだ。生春巻きはレタス、千切り野菜、エビを包んでありサルサソースがかかっていた。


「ありがとう三嶋君。でも、オレは上は良いよ。一生現場が良い。僕はジャージ姿が似合ってんだ。三嶋ちゃんは、今はまだジャージ姿だけど、来月からスーツだ。僕はネクタイが嫌いでね」

「でも、年1回の集合写真のスーツ姿はカッコよかっよ。女子が、ウワサしていたよ。水沢君がいつものジャージ姿からスーツ着たら似合うって」

「まぁね。出張の時はスーツだけど、ネクタイはやっぱり嫌いだなぁ〜。高校が学ランじゃなくて、ブレザーでネクタイだったから、高校時代から嫌いでね」

と、水沢はいつものお茶割りセットを注文した。ボトルを下ろした。

「茶園先生に連絡しようか?今頃、みち潮で飲んでると思うから、呼んでみよう。そして、我々は理事会とのパイプを太くする作戦を立てようと思う」

と、言ってスマホを取り出した。

「……もしもし、茶園先生ですか?……ハイそうです。王将です。……ハイハイ、お待ちしています」


15分後。


「よっ、お二人さん!オイッスー」

茶園先生が現れた。理事で医師。みち潮でやはり飲んでいたらしい。

「今度、三嶋君は課長だね。あれは、僕が推薦したんだよ!」

と、言って茶園はお茶割りを飲んだ。

焼き鳥の盛り合わせを注文した。王将は海鮮で有名だが、焼き鳥も美味しいのだ。

「先生、僕に課長は務まりますかね?」

「大丈夫だよ。君は水沢ちゃんと仲が良い。現場は水沢ちゃんに任せて、上との掛け合いは僕がフォローするよ。細かい調整は、君次第だ。新しい「ひかりごけの里」を作ってくれよ」

「はい」

茶園は三嶋の肩をポンポンと叩いた。

「今度、理事長と飲みたいのですが?」

「そう来たか、水沢君。策士だね。分かった。調整して理事長との飲み会の場を設けてやるよ。彼は、日本酒好きでね。僕より2歳歳下なんだけど、母体の病院長だから意見を言えるのは僕くらいなんだ。大丈夫。怖がる必要はない。でも、美食家でね。多分、料亭になると思うけど。お金の心配はしなくて良いよ。だが、今夜みたいにジャージ姿じゃダメだ。スーツでお願いする。今週の土曜日はどうだ?」

「OKです。先生。じゃ、土曜日、僕らスーツ姿で、事務所で仕事します。現場は新見ちゃんに任せて」

「うんそうしなさい」

「ありがとうございます。茶園先生」

「大丈夫だよ、三嶋君。じゃ、三次会があるから、僕は行くね」

「先生、わざわざありがとうございました」

「水沢君は友達思いだな。大事にしろよ、その心を」

「はい」

残された2人は少し会話して、帰る準備した。

「水沢君、ありがとう」

「いや、同期だから、出来る事はしてやりたいんだ」

「うん」

2人でレジに行くと、お会計は茶園先生が済ませていた。


土曜日


朝、バス停を降りると三嶋はスーツ姿で出勤していると、

「おはよう」

「おはよう……水沢君」

水沢もスーツ姿だった。

「嫌いだけど、ネクタイしてきた」

「似合うね」

「いや、暑いね」

2人で事務所で仕事した。若い子らが今夜はきっと大事な会議があるのだろうと、ウワサしていた。

定時、17時に料亭「なだ千」にタクシーで向った。

2人は緊張して、理事長を待った。母体の病院長だ。この45歳でも緊張する人物は17時半ちょうどに現れた。

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