第5話とことん飲んでしまえ!
新見はポツリポツリと話し始めた。
「水沢さん、私、一生独身じゃないかって、不安で……」
「なぁに、できるさ。そのうち。結婚は交通事故と同じ。いつ、どこで、起きるか分からないから。ね?尾形君」
「私も不安です」
「おいおい、おもいっきりテレビはもう昔に終わったんだ。女子の恋愛についてはアドバイス出来ないな。尾形君、一柳は辞めとけ。アイツは女なら何でもいいんだ。下は3歳から上は60歳までOKの男だ」
まだ、日の高いうちの酒は回り易い。
水沢は平気な顔をしていたが、尾形の顔は真っ赤。烏龍茶を注文した。ついでに芋焼酎のお茶割りセットと。
「一柳さんは、相手にしてませんよ。この前、映画に誘われましたが、断って正解でした。そんな人なんですね」
と、運ばれて来た烏龍茶をゴクリと飲んだ。
水沢はお茶割りを2つ作り始めて、新見に渡した。新見は「ありがとうございます」と言った。
「だがな、一柳の良い所もある。アイツはバカだが、利用者の心遣いが出来る男だ。アイツが大学生の時、お母さんが脳梗塞で倒れてね。在宅介護を父親と交代でしながら卒業したんだ。苦労人だ。でも、女遊びが過ぎるがな」
水沢はお茶割りをカランと言わせて、テーブルに置いた。
「でも、水沢さんは、奥さんとどこで出会ったのですか?」
「良い質問だ。……実は、居酒屋なんだ。当時、嫁さんは会社員しながら、居酒屋でもバイトしていてね。そこで、客でオレが行ってバイト初日からメールアドレスの交換をしたんだ。当時はスマホじゃなかったし。今から16年前の話しだよ」
「へぇ~、鬼の水沢がナンパしたんだ」
「ナンパじゃないよ」
「そう言うのを、ナンパと言うんです」
新見は2杯目のお茶割りを2つ作り始めた。マドラーでかき混ぜようとしたら、水沢は止めた。それは、彼のこだわりだった。
氷、焼酎、ちょいお茶でかき混ぜずに味変を楽しむのだ。
「今日はとことん、飲んでしまおう。尾形ちゃんはもう、飲めないでしょ?無理しなくて良いよ」
「大丈夫です。次はどこ連れてってもらえるんですか?」
と、尾形な目はキラキラしていた。
「この時間帯で開店してるのは、こことおでんの大番くらいだが」
「大番って、あの豚足の美味しい店ですよね」
「うん、そうそう。ここは割り勘でいいけど、大番は奢るよ。その前に銀行寄るけどね」
新見と尾形は後部座席、水沢は助手席に座りタクシーの中のエアコンを感じていた。季節は、間もなく5月になる平日。
途中、銀行に寄り、大番へ到着した。
名物婆さんが、
「あら、水沢ちゃん。今日は早いわね。休みかい?」
「そうだよ」
「まあ、楽しんで飲んでちょうよ」
「はい」
3人は、ハイボール2つとオレンジジュース1つと、豚足3つを注文した。
尾形はオレンジジュースで酔いを覚まそうとしていたが、水沢と新見はとことん飲もうと言う事でガブガブ飲んだ。
豚足は柔らかくて美味しく、3人とも無言で食べた。
「まぁ〜、結婚はあれだな。いつか出来るよ。今はマッチングアプリなんてなのもあるし」
「知ってますけど、私はマッチングアプリはやりません」
「どうして?」
「どうせ、ヤリたい男ばっかでしょ?」
「そうかなぁ〜。ま、好きに探しなさい。ゴメンね。的確なアドバイスが出来なくて。恋愛ばっかはこれは、運命だから」
「運命……ですか」
「そう」
尾形が今度はコーラを注文した。婆さんが、
「あんた、何しにうちに来たの?若いんだから、酒をのみぁせ」
「婆さん、悪い。この娘、お酒が弱いの。オレらが飲むから、勘弁してくれ」
「水沢さん、ちょっと女の子にあまない?」
「あまないよ!厳しいよ?ね?」
「はい」
「はい」
それから後は水沢は記憶に無い。目が覚めたら自宅のソファーの上だった。時計は夜8時。
彼が見渡すと、嫁さんと息子がテーブルでりんごを食べていた。
「パパ、また酔っ払ってる。ママが心配してたよ」
「なんで?」
「あなた、職場で嫌なことあったの。ずっと、うなされていたわよ」
「オレが?」
「うん」
「まぁ、色々あって。……シャワー浴びて来る」
と、水沢は服を脱ぎ始めた。
「あなた、今日はぎんに行ってから大番行ったみたいね。若い子らと。モテるね」
と、りんごをかじりながら嫁さんはチクリと言う。
「何故、知っているんだ!」
「知り合いの人がぎんにいたの。そして、タクシー呼んで、大番に向かったって。大将がタクシー会社に電話するのを聞いていたらしのよ。隠し事は出来ませんよ。天網恢恢疎にして漏らさず。だね。何話していたの?」
「相談に乗っていたんだ」
「何の?」
「結婚について」
「あなた、ろくな恋愛観持ってないんだから、アドバイスなんて出来たの」
「……出来なかった」
「でしょうね」
と嫁さんは笑った。息子もクスクス笑っていた。
「あっ、ママ、また、パパ付けてるよ!きったねぇ。大人なのに!」
息子がトランクスを指差した。
「もう、パパったら。パンツ汚すの辞めてよ!」
「しょうがねぇじゃん。お腹弱いもん」
「それに、リビングで裸にならないでよ!」
その晩彼は洗濯当番を嫁さんに命じられた。
鬼の水沢も嫁さんには勝てないのだ。
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