異世界での第一歩 雫玖

「ウソ……」


 キッチンはすでに炎に包まれていた。晴馬がいつも使っているテーブルとイスも、なぜかずっと飾ってある木像も、学校から帰って放り投げた鞄も。


 それでも雫玖はダイニングの奥、人が通れる大きな窓を目指す。その窓を割って外に出ようと……


「ウソ? なんで!?」


 雨戸が、閉まっていた。ここの雨戸が閉まっているのなんてここ数年見たことがない。最後に見たのは小学生の頃、晴馬が家族旅行に出かけていた時だ。晴馬は普段この雨戸を閉めたりしない。

 でもここで諦めるわけにはいかない。雨戸に指をかけ、こじ開けようと試みる。だが、雨戸はビクともしない。何かが引っかかっているようだった。


「なんで、なんでよ!! なんで開かないの!! 開いてよ……!! ゲホッ」


 煙を吸いすぎたのか、息苦しくなってきた。動きが鈍い体を何とか動かし、キッチンにある小窓を割り、大きく息を吸った。空気がこんなにおいしいと思ったのは初めてかもしれない。

 体が熱い。水、水が欲しい。キッチンの蛇口で水を出し、そのまま口をつけて飲む。ああ、美味しい。


「あ、そうだ……消防……」


 今まで何故思いつかなかったのだろうか。消防を呼んで、晴馬と、皆で助かろう。

 携帯を取り出し、1,1,


 あ、駄目だ、体に力が入らない。あー、死ぬんだ。晴馬と、キスくらいしとけばよかったかも。小窓から流れる風が心地良い。シンクに流れる水の音。


『”水の適正”獲得しました』

『”風の適正”獲得しました』


 何? 水、風? 何を言っているんだろう。気のせいなのかな。死の間際だからかな。やっぱり死ぬのかな。体、燃えてるし。もし死ななくても、全身やけどの女なんか晴馬は愛してくれないかな。


「はる、ま……」


 次の瞬間、キッチンの何かが熱で爆発を起こした。雫玖は爆発に巻き込まれるのと同時にこの世界から消滅した。


『”電の適正”獲得しました』

『”炎の適正”獲得しました』


 また、何か声が聞こえた気がした。



 それからどれだけの時間が経ったのかわからない。何が起きたのかもわからない。

 

 ただ、気がついた時には雫玖はどこかの花畑で倒れていた。


「ん……ここは……?」


 周りを見渡すと一面花。見たことがない花ばかりだ。とはいっても雫の知っている花の種類なんてたかが知れているのだが。


「あれ? 私……あ、いたッ」


 雫玖が腕を上げた途端には肩口に大きな火傷が激痛を発して思わず涙があふれ出る。

 雫玖は極力体を動かさないようにしながら再び周りを見渡した。見れば見るほど混乱する状況だ。雫玖の記憶は炎の中で途切れている。あの状況から助かって、保護されたとしても花畑の中というのは異常だ。いや、確かに落ち着いた気分になれるからいいのかもしれない。


「っていやいや、さすがにそんな訳ないよね……」


 だがここに私が寝ていたということは晴馬や他の3人もいるかもしれない。


「晴馬ーーー!! 紗雪!! 真尋君!! 先輩!!」

「誰かいるのか!!」


 私の呼びかけに応じたのは4人の中の誰でもない、私の知らない声だった。


「おい!! どこだ、誰かいるのか!!」

「は、はい!! ここです!!」


 声をあげると、足音と声が近づいてくる。そしてすぐに、私はその男と対面した。その男はここらでは、というか少なくとも日本ではコスプレ以外では見ないような恰好をしていた。具体的に言うと


「お前、ここにどうやって……いや、すごい火傷じゃないか!! まずは治癒を!! ヒール!!」


 突如、男の手から輝きが発し、私の体のさっきまでの体の痛みが嘘のように引いていく。ひどかった火傷痕もみるみるうちに元のきれいな肌へ戻っていく。


 何、今の? ヒールって言った? まさか、魔法? 


「それで、君はどこから来たんだ? なんであんな怪我を……?」

「え、えっと火事で死んだと思ってて、気が付いたらここに……」

「……え、えっと……」


 お互いに状況が掴めずに、沈黙してしまう。この人は私の説明が意味不明という顔をしている。私もさっきのファンタジー的な魔法とこの人の格好が気になって何から言えばいいのかわからなくなってきてしまった。


「と、とりあえず、こっちで話を聞かせてくれ」


 そう言われ、男について行く。花畑をしばらく歩くと何やら白い建物に到着し、その中で詳しい話をすることになった。


「改めて、僕はハイランド。君は?」

「雫玖、です」

「シズクちゃんね。どこから来たの?」

「えっと、日本です。それで、気づいたらここに」


 魔法がある世界では日本なんて言っても理解されないだろうと雫玖は薄々感付いていたが誤魔化すのも変だと思い正直に言っちゃった。結果は予想通り、「どこだそこ?」て顔をされた。


「聞いたことがないが、まだ僕も知識不足ということなのでしょう。どのあたりにあるんですか?」

「えっと……東の方、かな」

「東……ここより東は海しかありませんが……」

「えっと……島国なので」

「なるほど……」


 理解してもらえたのかわからないが一旦は納得してもらえたみたい。予想はしていたがここには日本というのは存在しないんだ。完全な別世界と考えたほうがいいみたい。


「気づいたらここに居たって言った? なんでもいいから思い当たることはない?」


 そう言われ日本での最後の記憶を手繰り寄せる。


「私はあっちで火事から逃げてる途中で力尽きて……あ、そういえば何かの適正が何とかって!!」


 確か死ぬ直前で4回、どこかから声が聞こえたんだ。確か水の適正とか言っていた気がする。


「水、水の適正!! こっちの言葉じゃないですか!?」

「”水の適正”か。確かにこっちの言葉だね。水の適正は水魔法の扱いがし易くなるのと、水魔法に変換する魔力量が少なくなる。称号のひとつだね」

「あ、あの、そもそも魔法って?」


 魔法とか魔力とか、あっちの小説や漫画で効くような単語が次々と出てきて混乱する。やっぱりここはファンタジーな世界ってことなのかな。


「魔法を知らないの? そのニッポンッて国では魔法は無かったの?」

「はい」

「魔法ってのはね……見せた方が早いかな。ほら、これが水魔法だ」


 そう言ってハイランドは手のひらに水球を作ってみせる。


「おぉ……!!」


 あんまりファンタジーに憧れの無かった私でも思わず感嘆の声が漏れた。ただ水が現れただけなのに。


「このくらいはシズクちゃんでもすぐにできるよ。”水の適正”があるんだから。ほら、イメージして。手のひらに魔力を集めて、今みたいに水球を作るんだ」


 その感覚はよくわからないが目をつむって「むむむむむ」とイメージしてみる。


「わっ!? ちょっと!! 雫玖ちゃん!! やりすぎやりすぎ!!」


 ハイランドの慌てた声で閉じていた目を開いた。すると手のひらどころか部屋の半分以上を埋め尽くす水球が。


「わっ!? ど、どうしよう!?」

「落ち着いて、あっ、今手を動かしたら……!!」


 ハイランドが魔法か何かで水球を何とかしようするより一瞬早く、私が制御できない水球が破裂し部屋は水浸しになった。

 

「あ、ご、ごめんなさい……」


 ずぶ濡れになったハイランドに謝り倒し、部屋を掃除することになった。ハイランドは「始めてなら仕方ないよ」と笑って許してくれた。

 その後、帰る方法について聞いてみた。


「そのニッポンって国を僕は知らないけど少なくとも海を渡るってことは結構大変だよね。どうやって帰るの?」

「わからない、です」

「そうか……突然あんなところに現れたってことは転移魔法か……?」


 何やらぶつぶつ喋りながらと考えている。見ず知らずの私のために、なんていい人だ。


「とりあえず、帰る方法が見つかるまで、ここに住んでいいように所長に頼んでみるよ」

「あ、えっと、ここは?」

「ここは科学王国ケミーカルの地方都市カイの研究所。僕はここの見習いなんだ」


 科学王国ケミーカル、地方都市カイ。雫玖はその町はずれにある研究所の植物園に転移を果たしたのだった。


「あとで所長に君を紹介する。それまでここで待ってて!!」


 そう言ってハイランドは部屋を出て行った。


 私は水浸しになったハイランドの研究室に置いてあるものを一つ一つ見て回る。見たことないものがたくさんだ。それが私が異世界転移した現実を私に突きつけた。


『”聖女”の死亡を確認。次代の聖女を選抜。適合者を確認、”聖女”を任命しました』


『称号”聖女”を獲得しました』

『”聖女”の効果により”聖光の適正”を獲得しました』


「え?」


 唐突に告げられたその言葉。”聖女”? どういうことだろう。話を聞いた限りでは先代の”聖女”が今死んで次の聖女に私が選ばれたってこと? 


 異世界転移初日にこれとか意味が分からなすぎるよ……


 

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