燃え尽きた友情の再生を異世界で
じょん兵衛
青春は炎に包まれた
「そこっ、上強!!」
「甘いっ、カウンター」
「うまっ」
「マジかよッ!!」
GAMESETという文字が画面に浮かび、晴馬は床に倒れこむ。その頭を自らの膝で受け止めたのは晴馬の彼女の
「惜しかった、惜しかったよ、晴馬」
「だよなぁ。最後の一機、しかも80%まで削ったんだけど」
雫玖はそう言い訳じみたことを言う晴馬の頬をつつきながら、ゲームに敗れた彼氏を慰める。
「ほらっ、気晴らしにアイス買いに行こっ」
「いいな。そうしようか。ってことでコンビニ行くけどなんか欲しいものある?」
「じゃあジュースのお菓子の追加頼む」
「おう。じゃあ行こうか」
「うん!!」
晴馬と雫玖は肩を寄せ合い、部屋を出て行った。残ったのは真尋・紗雪カップルと今しがたゲームで勝利し晴馬・雫玖カップルのイチャイチャ加減に当てられた翔也。
「俺、勝負に勝って戦いに負けた気がする……」
「いつものことじゃないっすか。先輩」
「先輩、彼女作らないんですか? 作ろうと思えば作れるんでしょ? そりゃああたしみたいな可愛い子はそうそういないけど」
「自分で言うなよ。それにそんな簡単に彼女出来たら苦労しねえよ。誰しもお前らみたいに簡単に彼氏彼女を作れるわけじゃねえんだよ」
いつものように後輩二人にからかわれる翔也。そう、これがいつもの光景だ。
高校二年生にして5人の通う高校の剣道部の主将である翔也。剣道部1年の中で飛びぬけた実力を持ち、次期エースと目される晴馬。高校から剣道を始めたにもかかわらずその晴馬に何とか追いつこうとしている努力家の真尋。その真尋の彼女にして女子剣道部のエースである紗雪。晴馬の幼馴染にして現恋人、剣道部ではマネージャーを務める雫玖。
5人は特に自覚していないが5人とも、相当な美形である。そのうち4人は内々で付き合っていることが高校生独特の情報伝達の速度のおかげであっという間に校内中にに広まっているため、周りの人がちょっかいかけてくることは少ないが。
翔也に彼女が出来ないのは若干目つきが鋭いのと剣道部主将であることによるガタイの良さが原因である。実は陰ながらファンはいるのだが彼は気づいていない。
そしてこの5人はこうしてたびたび晴馬の家に集まっては皆でゲームをしたりして遊ぶ仲である。翔也は気まずくないのかと思うだろうが、さすがに半年間この状況が続いていれば慣れもする。
とにかく、この5人はこの5人だけの形の青春を謳歌していた。
この幸せな時間はあとわずか30分後には終わりを告げることになるのだが。
「うわっ、今日は風が強いね」
「だな。何かものとか飛んでこないように気を付けてな」
「うん、ありがとう」
手をつないで最寄りのコンビニに向かう晴馬と雫玖。雫玖は反対の手で強風で乱れかけた前髪を抑えている。若干の急ぎ足で何とかコンビニに逃げ込むことに成功した。
「前髪だけは死守したっ……!!」
「ちょっと髪が乱れてても可愛いよ。えっと、頼まれてたのはジュースとお菓子だっけか……?」
「だね。とりあえずサイダーとポテトでも」
「本当にその組み合わせ好きだよな。俺も好きだからいいけど」
「アイスはどれにする? 私はミルク味だけど」
「知ってた。俺はチョココーンかな」
「知ってた」
この流れはさすが幼馴染と言うべきか。
幼馴染からのカップルという珍しくなさそうで意外に珍しい流れの二人。とはいってもこの二人もずっと仲が良かったわけではない。幼稚園、小学校低学年の頃は男女の区別なく仲良くした。小学校高学年、中学校の頃は話しただけで付き合ってるとからかわれるのが嫌で何となく距離を取った。
同じ地元の公立高校に入って、同じ剣道部に入って、付き合った。わずか一週間で。その間にもいろいろあったが長くなるので割愛しよう。わずか一週間だってのにな。
「さ、帰るか」
「うんっ」
会計を終え、家に戻る。行きと同じく、雫玖は前髪を死守し、晴馬は車道側で雫玖を守るように歩く。あっという間に家に戻り、すぐに楽しい声が聞こえ始めた。
晴馬の家から少し離れた曲がり角、そこに3人ほど、怪しい奴がいた。
「くそっ、剣道部の奴ら……」
「学校一二の美女侍らせて、学校で見せつけて……」
「きっとあの家でベタベタしてんだぜ。もうあいつらは一生分好き勝手したさ」
そう悪い笑みを浮かべて、彼らは行動を開始した。
「おいっ! 誰だ今青甲羅投げた奴!!」
「えへへ、あたし~」
「お前後で覚えとけよ!!」
「おい晴馬、僕の彼女に意地悪したらどうなるか……」
「真尋、その緑甲羅をどうするつもりだ……!!」
「そりゃあこうするさ」
「あ、おい馬鹿!! それは俺だ!!」
パーティゲームとしては定番のレースゲームで対戦していた。4人が定員なので今回は雫玖がお休み。
「よっしゃ」
「な、何故だ……」
「俺たちが潰し合ってる間に……」
勝ったのは紗雪。男子が勝手に甲羅を投げ合って潰し合っている間にいつの間にか一位になっていたのだ。
「もう一回だ、リベンジさせろ!!」
「次は私もやるっ」
「ねえ、なんか変な匂いしねえか?」
もう一戦始めようとしたとき、翔也がそんなことを言った。そう言われ鼻をスンスンする4人。
「言われてみれば……ちょっと焦げ臭いような」
「隣の人がパンでも焦がしたんじゃない?」
「いや、そんなレベルじゃないような……」
真尋が部屋のカーテンを開け、周りを見る。外は黒い煙で覆われていた。
「火事だ!!」
「え? ウソ!? 隣の家?」
「わからない!! とにかく早く逃げよう!!」
そう言って5人は部屋を飛び出し、まずは一階へと続く階段を目指す。だが部屋を飛び出した段階で彼らは絶望していた。階段からは煙が上ってきていたからだ。
「ゲホッ、まさか燃えてるのって……」
「この家……?」
信じたくないことだった。だがそうとしか考えられなかった。この煙の量、3階からでも若干感じる熱気。
現実を逃避するかのように一度部屋に戻り、扉を閉めた。
「ど、どうしよう?」
「早く出ないと!!」
「でも下は燃えてるよ!!」
「逃げなきゃここまで火が来て焼け死ぬ!!」
「ここは3階なのにどうやって!!」
「下に、行くしかないだろ」
真尋も、雫玖も、翔也も、紗雪も、言いたいことはあった。下なんて行ったら焼け死ぬわ、とか、水を持ってきて火を消そうとか。だがここで議論する時間が何よりも惜しい。悩んでいる時間は無かった。
晴馬に続いて再び部屋を飛び出した。ハンカチで口元を抑え、階段を駆け下りる。2階は無視して1階へ。
1階はまさに地獄絵図と呼べるものだった。どの方向を見ても炎だけ。いつも暮らしている家だというのに玄関がどちらかわからなくなるほどに。
「玄関は……」
火の中を突き進み、玄関を目指す。何とかたどり着き、いつものように扉を押し開けようと試みる。
「あっちゅ!?」
「そりゃそうだろ!!」
「晴馬、これ、使って」
雫玖が口を押えていたハンカチを晴馬に手渡し、それを使ってドアを押し開け……
「開かない……?」
「か、鍵は!?」
「開いてる。でも何か引っかかってる!!」
外に何かものでも置かれているのだろうか。さっきコンビニに行ったときは何のなかったはずだが。いや、そんなことを考えている暇はない。別ルートを探そう。
「キッチンの横に窓がある、そこから……うわっ!?」
「キャッ!?」
別ルートを提案しようとした瞬間、すぐ近くで炎が巻き起こった。
「雫玖!!」
「晴馬っ!!」
雫玖に手を伸ばすが、届かない。雫玖はとっさにキッチンの方へ退避したようだ。よかった、これなら最悪でも雫玖は逃げられる。他の三人は……
「先輩!! 真尋!! 紗雪!!」
「晴馬ッ!!」
「先輩!!」
先輩は納戸の方へ逃げたようだ。真尋と紗雪はわからないが今は無事だと信じるしかない。
晴馬はもう一度扉を開けようと試みるが、開かない。納戸にある道具なら開けられるかもしれないと思い、先輩の方へ向き直ると。納戸の上の屋根が炎で軋みを上げていた。
「先輩ッ!! 上ッ!!」
晴馬の忠告に不思議な顔をした先輩は、次の瞬間、落ちてくる屋根の下敷きになった。
「先輩!!」
炎に構わず、潰れた先輩の元へ向かう。が、あっという間に炎に巻かれ、肌が焼け、断念する。
「せ、先輩……!!」
返事はない。まさか死んだのか……?
俺も体に力が入らなくなってきた。自分の肉が焼ける匂いがする。死ぬのか。
玄関に倒れこんだ。目が痛い、喉も痛い、鼻も変だし、手足はモザイク無しで見れない状況だ。
そんな状況で、どこからか声が聞こえた。
「ーーーーー」
「た、助け……」
声が出ない。扉を叩いて知らせようと、こぶしを振り上げる。だが、そこで外の奴の話が聞こえた。聞こえてしまった。
「ヒャッハー!! 燃えてる燃えてる!!」
「これマジでヤベぇんじゃねえか!!」
「ざまあみやがれ!!」
こぶしが力なく扉に当たった。
この火事は、自然発火じゃない。放火だ。おそらく外の奴らによる。
なんでそんなことを。考えても仕方ないことだが、考えずにはいられなかった。
もう、無理か。俺はここまでだ。だんだんと体から力が抜けていく。
「うわっ!? 隣の家まで火が!!」
「これ、マジでヤバくねえか!? おい、早く逃げるぞ!!」
外から聞こえる腹立たしい奴の声。許せない。晴馬は炎に体を焼かれながら、ただそう思った。
『”炎の適正”獲得しました』
何か声が聞こえた気がした。美しい声だった。
倒れこんだ地面が白く輝いている。死の間際の幻影という奴だろうか。
そんな思考すらも途切れ途切れになりつつある。晴馬は薄れゆく意識の中で、自分の左手に握られている、白いハンカチを見た。これだけは、はっきりと見えた。
「しず、く……」
そうかすれた声が出るのと同時に、晴馬は気を失った。
それは、晴馬の体がこの世界から消滅するのとまったくの同時だった。
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