第7話 旅の始まり
席につくなり、検察官の男は話し始めた。
「昨日のことを深く聞くつもりはない。エルダリオンに行くんだろ。」
「……はい。」
「一つ聞きたいんだが、なんでエルダリオンに行くんだ?」
「えっ? なんでって……」
「いや、まぁ事情が事情だからオルドリスに居続けるのは得策ではないだろうが、
わざわざそんなところまで行く必要があるのかと思ってね。」
……なんだ、この違和感は。
この人は俺たちの過去を見ているはず、なのになんであのことを知らないんだ?
「あの、えっと……」
「あぁ、すまない。自己紹介をしていなかった。ローエンだ。職業は……さっき言ったか。君たちは大丈夫だ。」
「……ローエンさん、一つだけ聞きます。僕が今から何を喋るかわかりますか?」
「……君は鋭いな。そうだ。私が話したかったのはまさにそこなんだ。」
ローエンさんは少し考えてから話を続けた。
「結論から言えばそれは可能だ。だが、もしアリスさんがいなかったなら話は別だ。」
「やっぱり、そういうことなんですね。」
「えっ? ねぇ、カイ。それってどういうこと?」
ローエンさんは俺たちがエルダリオンに行く理由を知らなかった。親父の手紙にきちんと書かれていたにもかかわらず、ローエンさんはそれを見逃した。このことから察するに……
「簡単な話だよ。ローエンさんには俺の未来が見えないんだ。おそらく……過去も。」
「ご名答。その通りだ。この眼の能力はなぜかカイくんには使えない。こんなことは今までで初めてだよ。君たちを呼び止めたのはそのせいだ。職業柄、この眼が通じない相手がいると面倒なんでね。」
「あぁ、なるほど。」
「もしこの眼をかいくぐる力があるならそれについて分析する必要がある。カイくんにはいくつか質問をさせてもらいたい。」
「わかりました。あ、ただその前にさっきの質問の答えだけ先に言っちゃいます。」
俺はエルダリオンを目指している理由をローエンさんに話した。俺の血筋のことや王冠の一部が奪われてしまったこと。逃亡に至るまでの経緯を細かく伝えた。
「……なるほどな。それは災難だった。」
「いずれはカーディルンも巻き込んでしまうことになるかもしれません。」
「いや、それどころではすまないだろう。王冠の三分の一が帝国に渡ってしまったなら、不完全であったとしても神器が復活する可能性が高い。」
「でも、三つ揃わなきゃ封印は解けないんじゃ……」
「正規の方法ならな。王冠は神器の力を封印している。そのエネルギーは王冠の中に収められているか、もしくは神器の中にあるのは間違いない。技術が発展した現代なら王冠を解析してそのエネルギーを開放することも不可能とは言い切れない。」
「そんな……」
「だが流石は賢王、というべきか。王冠を三つに分けていなければこの時点で帝国の勝利が確定していたかもしれない。君たちがエルダリオンに行って、事の次第を伝えれば残りの二つを集めることで対抗できる。親御さんは多分そこまで見越してエルダリオンに向かわせたんじゃないかな。」
「……かもしれません。あそこには
「そうだね。あぁすまん。君たちの話ばかり聞いてしまった。あまりここで時間使わせても悪いから、早めに質問を済ませよう。分からないものには分からないって答えてくれていい。」
「あっはい。了解です。」
それからローエンさんは俺の出生や習得している魔術についていくつか質問してきた。けど、俺は魔術の才能が全然なかったからあまり有益な情報は得られなかったと思う。
「うーん、そうか……君の肉体が特殊なのかな。考えられるのは他の誰かが君に魔術をかけたケースとかか。何のためにやったかはわからないけど。」
「……あまり心当たりはないです。」
「そうだよね……うん。ありがとう。私も引き続き調べてみるよ。もしかしたらこの眼にまだ私も知らない何かがあるかもしれない。」
「えっ? それって、ローエンさんの魔術じゃないんですか?」
「一応私の魔力で運用しているけど、元々この眼は私のものじゃない。義眼ってやつだよ。何なら外してあげようか。」
「いえ……遠慮しておきます。」
「そうか。減るもんじゃないのに。」
そういう問題ではないと思うけど。まぁいいや。
「それじゃ、このあたりで……」
「うん、ありがとう。ごめんね、わざわざ引き留めちゃって。私もカーディルンに戻って局長に今回の事件について話してみるよ。何か力にはなれるかもしれない。」
「ありがとうございます。」
ローエンさんは喫茶店を出てすぐ、「またね。」と言って去ってしまった。
「私たちも行こうか。」
「そうだな。」
俺たちは町の北口に向かって歩き始めた。その途中、さっき捜査官の男とのいざこざがあった広場に通りかかった。広場にいた兵士たちはすっかり撤収していて、あたりには商人たちや町の住民しかいなかった。
そのとき、賑わっている広場に大きな鐘の音が響いた。音の鳴った方を見ると、さっき捜査官の男に話しかけた長い髭の男が立っていた。
「半刻後にキャラバンが出発する! 客車に乗りたい奴は出発までに名乗り出てくれ! 行き先はレオフェルド経由のアストリア行きだ! 遅れた分、今回は半額だぞ!」
……!
アストリアだって……?
「カイ……」
「あぁ、俺も多分同じこと考えてる。」
そうだ、行商人の一行に混ざってしまえばそう簡単に帝国の奴らも手出しは出来ない。二人だけでアストリアまで行くよりもずっと安全だ。それに最近の商人たちは山賊たちへの対策として戦闘用の武術や魔術を覚えてるって噂だ。護衛としても申し分ない。
「乗ろう、キャラバンに。」
「うん!」
俺たちは急いでその髭の男に客車に乗せてくれるよう申し出た。
「すみません! アストリアまで乗せてもらいたいんですが……」
「ん? あぁ、いいぞ。乗車賃は400シルだが……持ってるか?」
「え"」
やばい。キャラバン舐めてた。そんなにかかるとは想定外だ。世間知らずがここで効いてきちまった……ッ!
「安心しな。無けりゃ乗せねぇってわけじゃねぇ。ちょいと体で払ってもらうだけさ。」
「カラダで払う!?」
やばい。アリスがドギマギしてる。アリスってふつーに美人だからそれなりに需要はありそうだし、何なら400シル程度なら余裕で稼げそうではある。でも、絶対にそんな条件じゃ了承してくれないだろうな。頼んでもぶっ飛ばされて終わりだろう。
くそっ、ここまできて諦めるのか……?
でも正直二人だけの旅は危険だし、というか普通にキャラバン乗ってみたいし。こうなったら俺が一肌脱ぐしk……
「スケベな意味じゃねぇよ。労働で、ってこった。」
「あ、なるほど。」
「おいおい舐めんなよ。400シルは大金だぜ。生半可な働きじゃ稼ぎ切れねぇさ。働きが足りねぇって判断したらアストリアについてからも働かせっからな。」
「……どうする? アリス。」
「いいよ、肉体労働なら私いくらでも頑張れるし。乗っちゃおうよ。」
この感じ。こいつもキャラバンにわくわくしてやがったな。田舎者はやっぱり憧れちまうもんなんだろうなぁ……
「いいんだな? 遠慮なくこき使うぜ?」
「はい! 頑張ります!」
「よし。そんじゃとりあえず飲み水を汲んでこい。途中砂漠地帯を抜けるからな。食料は分けてやるから準備しなくてもいい。あぁ、飲み水は俺たちの分はいらねぇからな。水を汲み終わったら半刻後までに町の北口に来い。遅れたら待たねぇぞ。」
「分かりました!」
俺とアリスは髭の男と別れた後、商店で大きめの水筒を買い、井戸から飲み水を調達した。そして言われた通り町の北口に向かった。北口に行くと髭の男は御者や他の商人たちに指示を出していた。一通り指示を出し終えたのを見計らって話しかけると、最後尾から二つ目にある客車に乗っておけと言われた。
特にそれ以上ウォンベルでやることもなかったので、俺たちはそのまま客車に乗り込んだ。
客車には既に一人乗客がいた。中折れ帽を深く被った男だ。左目に眼帯をつけている。というか……あれ?
「ロ、ローエンさん……?」
「やぁ。奇遇だね。」
「カイ? どうしたの…………え!? ローエンさん!?」
俺より少し遅れて乗り込んだアリスは混乱している様子だった。いやまぁ、俺もなんだけど。
「あっ!」
「うわっ、いきなりおっきな声出さないでよ! びっくりするって!」
「ごめんって。ローエンさんが別れ際に『またね』って言ってたの思い出したんだ。多分、ローエンさんは分かってたんだよ。俺たちと同じ客車に乗るって。」
「あぁ勘違いしないでくれ。君たちを追ってるわけではない。一応この未来は知ってたから回避することも出来たが、故郷に帰るにはこれが一番早いもんでね。声をかけた相手が同乗者だったっていうのは本当に偶然だったんだよ。」
「……なんとも不思議なこともあるもんで。」
「少し、運命ってものを信じたくなってくるな。まぁアストリアまでの短い間だが楽しい旅にしよう。」
「ははっ、そうですね。」
俺はあまり運命だとかそういうものを信じたりしない。率直に言って意味がないからだ。あらかじめそういう道をたどるのだと決められていようがそうでなかろうがどうでもいいと、そう考えていた。
でも、この偶然も、この出会いも、親父やロン爺たちがいなければ俺は経験することもなく死んでいた。命を運ぶと書いて運命。なら、これは俺の命を運んでくれた人たちが紡いだ運命なのだろう。
全力で楽しんでやる。全身全霊で生き抜いてやる。それがこの運命に対する俺の答えだ。
「よろしくお願いします!」
俺はローエンさんが差し出した手を強く握った。
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