第6話 神の眼を持つ男②
「はっ……?」
その言葉を聞いた捜査官の男は頓狂な声を上げ、すぐさま挙動不審になった。
「なっ、何を馬鹿なことを……大体、あなたは一体何者なんですか!」
「一応、カーディルンで検察官を務めている。まぁ、今は休暇をもらってるが。」
男は黄金色の左眼をぎらつかせながら、さらに追い詰めていく。
「アンタらの心眼と同じでね。俺も左眼に魔術がかけられている。俺は見た奴の過去をちょっとばかし覗くことが出来る。」
「か、過去だって……? ありえない! 時間干渉などそれこそ……」
「ありえないかどうかはこれから証明してやるさ。手始めに隠した凶器の場所でも言い当ててやろうか?」
捜査官の男はみるみるうちに青ざめていき、冷や汗が滝のように流れていた。
「ふっ、ふざけるな! そんなの何の証拠にもならん!」
「おいおい、大丈夫か? 被害者を殺した凶器だぞ? 立派な証拠だろ。」
「お前が証拠をでっち上げる可能性もあるじゃないか! そ、そうか! お前、犯人だな? このままだと捕まると思って私に罪を……」
「はぁ……」
検察官の男は深くため息をついた。
「別に言うほどのことでもないんだけどよ。先を知ってると何とも見苦しいもんだな。」
「何を言って……」
「言い忘れてたが、俺の左眼は見た者の未来も見ることが出来る。あんたがそう切り返してくるのは織り込み済みってわけだ。」
「は……はっ! 見苦しいな! 返す言葉がないならそう言えばいいものを!」
……なんか、捜査官の男が段々と素になっているように感じる。丁寧な口調はもう跡形もなく崩れ去っていた。
「はぁ~……」
男はまた一段と深いため息をついた。
「まぁ信じてないからしょうがないんだろうな。あのな、お前を言い負かす未来が見えないのにわざわざこんな風に出てくる馬鹿がいるわけないだろ。」
「何とでも言うがいい! だが捜査の邪魔は許さん! 衛兵ども! すぐにこいつを連行しろ!」
「……アンタが昨日着てた服、今ここに持ってきてくれるか?」
「……!!」
捜査官の男はガタガタと震え出した。
「貴様……!」
「やっと信じてくれたか? まぁそうだよな、持ってこれるわけがないよなぁ。しっかり返り血が付いちまってんだから。」
「ぐ……ッ!!」
「それも俺の偽装工作ってことにするか? だが、そのためには衛兵たちに気づかれずにアンタの荷物に細工しなきゃいけない。帝国は人一人を簡単に見逃すようなポンコツしか揃えてないとでも言うつもりか?」
昨日、俺たちを取り逃がした兵士のことを考えてみるとポンコツばかりというのもあながち間違いじゃないよな。別にフォローはしないけど。
検察官の男の言葉に捜査官の男は明らかに怒り狂っていた。
「き、貴様……我がゼルディアを愚弄するか!!」
「じゃあ認めるんだな。お前が犯人だって。」
「黙れ! 薄っぺらい正義感を振りかざすな!! 正義とは! いつの時代も我ら、ゼルディアの民にこそ存在するのだッ!!」
捜査官の男は懐からナイフを取り出した。その様子を見た商人たちの中には大声を上げて逃げる者もいた。だが、検察官の男はまったく怯える様子がなく、依然として捜査官の男の正面に立っていた。
「忠告する。やめておいた方がいい。まだ未来は確定していない。ここが分岐点だ。」
「知ったような口を……!」
「というか知ってるから言ってんだよ。」
「うるさいッ! べらべらと虚言を並べおって……捜査の邪魔をするならば、私自身が断罪してやるッ!!」
そう叫んで捜査官の男は検察官の男に飛び掛かった。にもかかわらず、検察官の男は全く動こうとしなかった。
「残念だ。たった今、お前の未来は確定した。」
検察官の男がそう告げた次の瞬間、捜査官の男の体は後方へと吹っ飛ばされ、そのまま噴水に飛び込んでしまった。
かろうじて魔術の類であることは分かった。でも、あの男が発動させたようには見えない。そう考えていると、おもむろに男は「ありがとう」と近くにいた二人の帝国兵に礼を言った。
「君たちだろ。俺を守ってくれたの。」
二人の兵士は顔を見合わせた後、男の言葉に答えた。
「はい。あの、この度は本当に申し訳ありませんでした。まさか、過激思想の人間が紛れ込んでいるとは思わなくて……」
「いいよ。大変だよね、大国っていうのも。」
「今の時代、あの手の人間は非常に珍しいのですが……」
「まぁ、むしろ運が良かったと思うことにするよ。さてと、犯人も捕まったわけだしこの結界を解いてもらえるかな。」
「すぐにとりかからせてもらいます。おそらく10分もしないうちに解除できるかと。」
「頼んだよ。オルドリスへの報告もそっちに任せていいかな。」
「元々は私たちが引き起こした事件ですから。これ以上お手を煩わせるわけにはいきません。手続きはこちらですべて済ませておきます。」
そう言うと兵士たちは噴水で気絶した捜査官の男を引っ張り出し、そのまま一目散に町の出口の方へ向かっていった。
「なぁ、アリス。」
「ん? 何?」
「俺たちは村の一件のせいで帝国を敵視してたけど、あいつらを見てる感じ帝国も一枚岩ってわけじゃないみたいだよな。」
「……うん。どこまでああいう過激思想が浸透しているかはわからないけどね。でも少なくともここまで人を動かせるっていうことは上層部の方にそういう人たちがいる可能性が高いと思う。」
「そうだな。まぁともあれ、一件落着だ。俺たちなんもやってないけど。」
「結界が解けたらすぐ外に出ちゃおうか。」
俺たちは兵士の後を追うように出口へと歩き始めた。
「おーい、そこの君たち! ちょっと待ってくれないか!」
検察官の人の声だ。誰かを呼んでるのか。大方、兵士の人に何か頼み忘れたことでもあったんだろう。
「君たちだよ! そこの!」
結構大声で呼んでるぞ。気づいてやれよ。甲冑越しでも聞こえるだろ。
そう思っているといきなりぐいっと、肩を掴まれた。振り返るとそこにはさっきまで誰かを呼んでいた検察官の男が立っていた。
「すまない、少しわかりにくかったかな。君たちを呼んでたんだよ。」
「……えっ?」
我ながらアホな声が出たと思った。仕方ないだろ。誰が予想できるんだこんなの。
でもふと考えてみるとこの状況はえらくヤバイことに気が付いた。この男は過去が見えると言ってた。すなわち、俺たちが経験した昨日の事件もこの男にはすぐにバレてしまう。
「す、すみません。急いでいるので……」
「…………!!」
男は俺とアリスを見てひどく驚いた様子だ。何に驚いたのかは火を見るよりも明らかだった。この男には昨日の事件の一部始終をすべて見られてしまったのだ。
少しの沈黙の後、男はまだ話し始めた。
「いや…………すまない。気が利いていなかった。だが、私も少し気になることがあるんだ。もしよければ協力してほしい。誓って君たちの邪魔をする意思はない。」
その言葉がどういう意味を孕んでいるのかを俺は瞬時に理解した。アリスと顔を見合わせると、アリスも俺と同じ意見のようだった。
「……わかりました。ですが、僕たちも早く出発したいのであまり時間がかかるようでしたら切り上げさせていただきます。」
「あぁ、それでいい。ついてきてくれ。」
俺たちはその男の後をついていき、中心街の喫茶店に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます