第3話 老驥櫪に伏すとも志千里に在り
一瞬の出来事だった。
アルバさんの胴体は何か機械の腕のようなもので骨ごと貫かれていた。重要な臓器のほとんどが弾け飛んでいて、即死であることは疑いようがなかった。
「帝国は既にッ……こんなものまでも用意していたというのか!!」
ロン爺の焦る声が遠くの方で響いてるような、夢か現実か分からなくなっているような状態だった。飛び散った肉片と血飛沫が再び俺たちを残酷な現実へ引き戻す。
「うっ……」
こんなに濃い血の匂いは初めてだ。吐き気が止まらない。
俺とアリスは本能的な危険を感じて、すぐさまロン爺の後ろへと下がった。
「あれって……」
「詳しくは分からん。だが人間でないことは確かだ。わしの感知にも掛からなかった。おそらくは人間の処理を目的とした機械人形といったところだろう。」
月明かりによってかろうじて全体が見えてきた。
わずかに青みを帯びた金属の塊。闇の中で揺らめく赤い双眸。
貫通力と打撃力を兼ね備えた物騒な両腕は、それが何のために造られたものなのかを暗黙のうちに理解させる。
体格はアルバさんより少し大きい程度……でも体格以上の計り知れない大きな力を感じる。
「おじいちゃん、私も……」
「……いや、少なくとも今はダメだ。ここはわしがやる。」
機械人形は感情のない眼で俺たちを一人ずつ見た後、アルバさんの体から自分の腕を荒っぽく引き抜いた。
今まで以上に流れ出てくる血に俺とアリスは震えることしかできなかった。
ざっざっ、と草をかき分けて機械人形はロン爺へと近づいていく。
動くたびに鳴る軋むような異音がより一層不気味さを感じさせた。
「いいか、絶対にわしの前に出るな。加減が出来るほど慣れてはおらんからな。」
ロン爺はもうかなり息が切れてる。こんな状態で戦えるのか?
でも俺たちに出来ることも考えつかない。ここはロン爺に任せるしかない。
ん? なんだ、あいつ……いきなり止まったぞ。しかも煙を吹いてる。もしかして、故障したんじゃないか?
「ロン爺、あいつ────」
「来るぞ!!」
そう言われて、前を見るとすぐ目の前まであいつが迫って来ていた。
まずい! この距離……もう間に合わない!!
……………………
…………………………………………
………………………………………………………………あれ?
死んでない……よな。何が起こった?
俺は恐る恐る目を開けた。するとそこには真っ二つに切断された機械人形とその前で片膝をついているロン爺の姿があった。
「倒した……のか?」
「あぁ、胴体を切断した。これでもう動けまい。機械の癖に魔術を操るとは、なんとも生意気な輩だ。だが、早めに決着がついて助かった。これで結界を破るのに集中できる。見ろ、結界の縁だ。」
ロン爺が指さした方を見ると、地面まで伸びている結界が確認できた。いつの間にか俺たちはそこまでたどり着いていたらしい。
「アルバの犠牲は無駄ではなかった。あいつがいなければお前たちをここまで連れてくることさえも困難だった。」
肩で息をしながらロン爺はゆっくりと結界の縁へ歩いていく。
「何とかここまで来れた。この後、わしは結界に裂け目を作る。なるべく大きめに作るつもりだが、おそらく修復作用が働いてすぐに閉じられてしまうだろう。その前に裂け目から外へ出るのだ。その後は────」
そこまで話したところでロン爺の声は途切れた。
代わりにある音が聞こえた。
聞き慣れているわけじゃない。でも絶対に忘れることのない音。
肉が、弾ける音だった。
気が付いた時にはロン爺の右肩から下の部分が消えていた。
「うぐおおおおぉぉぉッ!!」
前方にぼとっ、とロン爺の腕が落ちてきた。腕が吹っ飛ばされた痛みでロン爺は肩を押さえたままうずくまってしまった。
俺たちの目の前には倒したはずの機械人形が立っていた。
ありえない。さっき、あいつは真っ二つにされたはずだろ!?
俺は後ろを振り返って確認した。するとそこには確かに両断された機械人形が倒れていた。
「まさか……複数いたっていうのか。あんなバケモンが……」
でも考えてみればありえない話じゃない。無意識のうちにその可能性を排除していた。ただの願望に過ぎないというのに!!
簡単なことだった。包囲網はふたつあったんだ。あんな素人みたいな兵士を使っても作戦が成功すると確信していたんだ。こいつらがいたから!!
信号弾もおそらくは後ろに配置されていたこいつらへの合図だろう。始めっから希望なんてなかったんだ……!
「カイ、アリス。いいか、これが最後の作戦だ。」
「何言ってんだよ……こんなのもう……」
「はっ……舐めるなよ。わしは親父さんにお前を託された。こんなところで死なせたとあってはあの世で格好がつかん。」
……無茶だ。脂汗がだらだらとにじみ出てる。とんでもない激痛のはずだ。多分立つだけでやっとだろう。
「言っただろ、カイ。結界を抜けることだけを考えろ。話を戻すぞ。二人で今すぐ奴の側面を走り抜けるんだ。道はわしが作る。」
「でも、あの速度じゃすぐに捕まるぞ!」
「おじいちゃん! 今度こそ私が戦うから!」
「ならん! お前の力は結界を抜けた後に使わねば、どのみち逃げられん。結界の外にも包囲網がある可能性だってある!」
「そんな……」
「迷ってる時間はない。信じてくれ。何とかしてみせる……!」
未だに触れることすらできていない結界。
万全の状態の機械人形。
片腕を吹っ飛ばされたロン爺。
ここにあるすべての要素が俺たちの死を強く指し示していた。
でも、なぜかこんな絶望的な状況にも関わらず、ロン爺の目は死んでいなかった。やけくそとか、どうせなら華々しく散ってやろうとか、そういう投げやりなものじゃない。ロン爺の目には確かに希望が見えていた。勝機が見えていた。
わかったよ、ロン爺。賭けるさ。
死んでいく村の人たちを見て、この旅の意味を知った。でもやっと、たった今、本当の意味で、生き抜く覚悟が出来た……!
「行くぞ……アリス!」
「……うん!」
俺が先行してアリスはやや遅れて走り出した。可能な限り狙いを分散させるために、俺は機械人形の右をアリスは左を抜けるように指示した。
プシューっという音がしたかと思うと前方の機械人形が煙を吹いているのが見えた。さっきもそうだった。もしかしてこれがあの突進の前兆なのか?
そう思っていると俺はいきなり後ろから足払いを食らった。
「は?」
思わずそんな声が出た。意味が分からなかった。誰が何のために俺の足を払ったのか。
だが、その直後俺は理解した。
倒れた俺の上を機械人形の腕が一瞬の内に通り過ぎた。もしもこけていなかったら間違いなく俺はやられていた。
そうか! ロン爺の魔術だ。俺の足に当ててわざと倒すことで機械人形の攻撃を回避させたんだ。横を見るとアリスも転んだ体勢から立ち上がるのが見えた。どっちにも同じように足払いをかけてたのか。
そしてそのすぐ後、風を切るような音が聞こえた。
前を見ると結界の縁にかすかにだけど裂け目が生まれているのが見えた。
「行け!! 長くはもたん!!」
後ろからロン爺の声が飛んできた。俺たちは裂け目に向かって一直線に走り始めた。俺より早く裂け目に辿り着いたアリスは早々に結界を抜けた。俺も同じように結界の裂け目に突っ込もうとした。
そのとき、俺は何の気なしにふと背中越しに後ろを見てしまった。
そこには遅れてやってきた機械人形たちに壊されるロン爺の姿があった。機械人形は合計で4体いた。おそらくあの様子では判別すら不可能なほどの凄惨な亡骸となってしまうだろう。
涙が止まらなかった。叫び出しそうになった。
でも、それは無駄な行為だ。そんなことをやっているうちに裂け目が閉じればそれこそロン爺は無駄死にとなってしまう。ロン爺の命も、ロン爺がつないだ俺たちの命も無駄にはしたくない。
さようなら、ロン爺。俺はあんたを英雄にしてみせるよ。
俺はそれ以上振り返らず、何も言わず、裂け目に突っ込んだ。
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