第4話 ウォンベルの一夜
裂け目を超えた俺たちに待っていたのは……
「お、おい。こいつら……まさか!」
「ありえねぇ……レベル4の断絶結界だぞ!?」
三つめの包囲網を組んだ帝国兵たちだった。
ロン爺が危惧してた通り、こいつらは結界の外も囲んでやがった……!!
おそらく兵士たちも想定外だったんだ。慌てて武器を構えなおしている。
「うっ……!?」
「ごめん! ちょっと乱暴だけど!!」
俺はいきなりアリスに担がれた。そしてアリスはそのまま全速力で兵士たちに突っ込み、強烈なタックルによって数人吹っ飛ばした後、森の中へと走り去った。
一瞬のことで俺はきょとんと目を丸くさせることしかできなかった。
昔からアリスは力の強い方だったけど、流石に今の動きは異常だ。あまりにも人間離れしすぎている。それにこの脚力、もはや獣としか思えない。俺はここまで速く走る人間を未だかつて見たことがない。ロン爺の言ってたアリスの力ってこれのことだったのか?
何にせよ、一端の男が女子に担がれて森の中を走っている絵面は何とも滑稽だ。正直めっちゃ恥ずかしい。
「アリス、俺も走れるから……」
「黙ってて! 舌嚙むよ! これが一番速いからとりあえずウォンベルまではこれで行く。その後のことはその時もう一度話そう。」
確かに逃げるには最善かもしれない。『条約』の手前、帝国も結界の外じゃ表立って俺たちを捕まえるのは難しいだろうし、何よりとんでもなくアリスは速い。
でもウォンベルまでか。担がれるのもあんまり楽ではないから、早くついてほしいけど……この速度が続いたとしても三十分くらいはかかるだろうな。
俺はアリスに言われた通り、それ以上何も話さなかった。いや、多分アリスに何も言われてなかったとしても俺は喋らなかったかもしれない。かすかに鼻声になってくぐもった声と歯を食いしばって歪んだ顔がアリスの感情のすべてを表していた。俺にはかける言葉が見つからなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だ、大丈夫?」
「……まさかあそこから加速すると思わねぇだろ。」
「ごめん、ちょっとだけ本気出しちゃった。あそこで追いつかれたら流石に終わりだったろうし。」
結果から言おう。ウォンベルには二十分足らずで着いた。ふざけんな。途中の山道で何度も吐きそうになったぞ。
まぁ当然、帝国の奴らは振り切れたわけで。第一目標は達成って感じかな。
「今日が夜市の日だったのは運が良かったな。」
「うん、おかげで紛れやすい。先に宿だけ取っちゃおう。」
ウォンベルは俺たちの村ほどの田舎ではないが、そこそこ小さめの町だ。普段なら夜の時間帯はあまり賑わっていることはないが、今日は月に三度だけある夜市の日だった。町中が屋台の明かりに包まれ、どんちゃん騒ぎをやっている。追われる身としてはこういうにぎやかな場所は都合がいい。
俺とアリスは町の中心部を抜け、はずれにあるこじんまりとした宿の一部屋を借りた。
「で、これからはどういう経路で行こうか。」
荷物を降ろしながら俺はアリスに尋ねた。
「うーん、正直この段階でバレたのは想定外だったからね。陸路だけじゃ辛いかもしれない。水路か……場合によっては空路も使うことを考えないといけないかも。」
「まぁ、そうだな。帝国も俺たちを見つけるために捜索隊を派遣してる可能性がある。この距離じゃ陸路のみって言うのは厳しいだろ。」
俺は机の上に地図を広げた。この地図は親父の手紙が入っていた封筒に同封されていた。おそらく、生前親父が残したものなのだろう。俺たちが目指す場所とそこまでの経路が細かくメモ書きされている。
「空路って言ったらフェルミアだけど……うん、やっぱりエルダリオンまでの直行便はない。使うにしてもレガディアかアルヴェストを経由することになる。」
「ヴァルディスからなら直行の船があるよ。」
「それ結構リスキーなんだよなぁ。長旅になるし、逃げ場も限られる。他が全部だめだった時の最終手段にしよう。」
「それならとりあえずフェルミアを目指そっか。そこからなら何か問題があっても経路を変えやすいし。」
「そうだな。ひとまず明後日くらいにオルドリスを抜けるペースで行こう。その後は……アストリア経由でいいか?」
「うん、正直レオフェルドとかは怪しい噂が多いしね。それでいいと思う。」
「よし、大体の予定は決まったな。」
「夜市で何か食べに行こうよ。私結構お腹ペコペコで。」
「引きこもってる方がかえって見つかるかもしれないしな。久しぶりに行くか。」
俺たちは部屋を出て町へと赴き、夜市で夕食をとった。ウォンベルには子供のころから何度か来たことはあった。夜市で親父に連れまわされて腹がパンパンになるまで飯を食ったのはいい思い出だ。今となっては本当にそう思う。
……そうだ。思い出した。昔、ロン爺やアリスとも一緒に来たことがあったな。今思えばあれは護衛の意味もあったんだろう。酒が入った後のロン爺は普段の十倍饒舌になるもんだから最初に見た時はびっくりした。アリスも今同じように思い出してるのかな。
ウォンベルに着いてからのアリスは何というか、いつも通りだった。それが何より心配だ。家族を目の前で失った辛さは理解できる。その上でいつも通りに振舞っている今のアリスは必死に壊れそうな心をつなぎとめているように見えた。
でも、「無理するな」なんて言えない。アリス自身も自分の傷を麻痺させているんだ。それをもう一度掘り起こすのは逆効果だ。
ごめん、アリス。俺にはお前にしてやれることがない。だからせめて、この旅をやり遂げることでお前の覚悟に応えるよ。
夕食後、俺たちはどこにも向かうことなく真っすぐに宿へ戻った。そして、明日すぐ出発できるように支度を整え、疲れを残さないよう早々に床についた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜市は嫌いだ。
町の適当に生きてるような奴らがたまにやるどんちゃん騒ぎなんざ、俺にとっちゃ害悪でしかねぇ。さっきも酔っぱらいの喧嘩を止める羽目になった。ゲロの掃除もさせられるし。そういうのは俺の管轄じゃねぇっつーんだよ! クソが!
いっそ殺人事件でも起きりゃもうちょいやる気も出るかね。こんなに平和じゃ、そんなの滅多に起きねぇだろうが。
「すみません。」
……あ? おいおい、またなんか酔っぱらいどもがやらかしたのか?
まぁいいや。クレームよこされても面倒だ。
「はい! どうしましたか?」
「いえ、実は少しお話したいことがありまして……中に入れてもらってもよろしいでしょうか?」
……なんだ? こいつ。酔っぱらいって感じじゃねぇな。それに身なりもえらく整ってやがる。貴族ほど豪華じゃねぇが相当に稼いでやがんな。旅行客か?
まぁいい。めんどくせぇが仕事は仕事だ。
「大丈夫ですよ。中へどうぞ。」
「ありがとうございます。」
中に入るっつーことは聞かれたくない話ってことだよな。あんまり手間のかかることは勘弁願いてぇな。蓋を開けてみりゃただの落とし物ってだけかもしれねぇし、そう身構えずに行くか。
「おかけください。それで、どういった御用で?」
「実は申し上げにくいのですが、この先の裏通りで人が……殺されていたんです。」
……!?
おいおいおい、マジかよ!! マジに来るなんて思わねぇじゃねぇか!
「間違い、ないんですか……?」
「はい、きちんと確認しました。あ、申し訳ありません。私実はゼルディア帝国の治安管理局の方に勤めていまして、割とこの手の現場は経験がありますので。」
おいおいおいおいおいおい、マジのマジじゃねぇかよ!!
帝国の管理局の手帳なんざ写真でしか見たことねぇぞ!
「それは失礼しました。」
「いえいえ、それで話したいことって言うのは現場検証のことなんです。一応、簡素な結界で現場保全はしています。ただ、オルドリス内で私の捜査権限は行使できないので少しついてきていただきたいのですが……」
「はい! もちろん行きます!」
やっとこさ、出世のチャンスが回ってきやがった。しかも帝国の捜査官がいりゃあ犯人は見つかったも同然。楽に甘い蜜が吸えそうだぜ。
さぁて、現場に行くとするかな。
あぁ、くそっ。少し冷えてきやがったな。帰ったらホットワインでも飲むか。
……結構、歩くな。おいおいおい、もしかして場所が分かんなくなってんじゃねぇのか?
「あの~すみません。現場ってどの辺に……」
「そうですね。この辺でいいでしょう。」
「はっ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、偽装工作はこんなものでいいだろう。これで完全犯罪成立だ。
パトロール中、夜市の騒ぎで人気が無くなった裏通りにて、通り魔に襲われ死亡。凶器、目撃者ともになし。まぁ結界張ってたから目撃なんて出来るわけないけど。
容疑者は絞り切れない。強いて言えば町の全員が容疑者だ。じっくりと捜査させてもらうよ。
カイ、アリス、ロナン、アルバ。
絶対に君たちを見つけてみせる。ゼルディアへの反乱思想などあってはならないのだから。
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