第1話 崩された平穏
親父が自殺した。
いや、それは正確じゃない。そんなはずはない。
親父はいつも決まって夜には明日の話をする。天気はどうだとかそういったくだらない話をつらつらと並べては明日は何をしようかと呑気に語るのが癖だった。
昨日の晩も同じような会話をして、その後すぐに床についた。
いつもと何も変わらない夜。風の音しか聞こえない静かな夜。
窓から入る月の光をぼーっと眺めながら、ゆっくりと意識を手放した。
翌朝、寝ぼけまなこで部屋のドアを開けると居間で首を吊っている親父の姿があった。
始めに夢であることを疑った。次に幻覚を疑った。冷え切った肉体に触れ、それらがすべて間違いであることに気づいた。
親父の顔は血色が抜けて、形は同じでもまるで別人のような顔つきになっていた。
そこから先は……あまり覚えていない。放心状態だったようだ。次に記憶があるのは村の人たちが弔いに集まった時だった。皆、俺に向かって悔みの言葉を投げかけてきた。
でも、気の毒だとか可哀想だとか、揃いも揃って村の奴らは言っていることがずれている。
これは殺人だ。確信できる。親父が自殺なんてするわけがない。そしてきっと、犯人は村の中にいる。こんな辺境の村に客なんて来るはずがない。
絶対に探し出してやる。何年かかっても、絶対に────
「すこし、いいかね。カイ。」
「……! あぁ、ごめんロン爺。ちょっとボーっとしてた。」
「無理もない。こんなことがあってはな。」
「……まぁね。」
見たところ最後みたいだな。ロン爺は結構話が長いからな。延々とお悔やみを並べられると思うと少し気分が沈むな。
「……わしが最後かな?」
「多分そう。他の人はもう早いうちに来てたから。」
「そうか。それならよかった。すまないが、中に入ってもいいか。少し話したいことがある。」
「……いいよ。上がって。」
と、許可はしたものの……ぶっちゃけ腰を据えて話すようなことなんてないだろ。それよりやりたいことは山ほどある。まぁ、老い先短いだろうしこのくらいの願いは聞いてあげないとね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はいこれ、淹れたてだよ。」
「すまんな。ありがとう。」
「で、話したいことって言うのは?」
「もちろん、親父さんについてだ。」
……やっぱりそうか。面倒だけど、ここは話を合わせておこう。
「あぁ、あんなに思い詰めてたとはね。生活もそこまできついわけじゃなかったけど。何か悩みがあったのかも。」
「……? ま、待て。」
「ん? どうしたの?」
「いや、すまん。てっきり気づいているとばかり思っていた。」
「気づく? 何に?」
「いいか、これは受け入れがたい事実かもしれんが……親父さんは殺されたのだ。」
一瞬、思考が追い付かなかった。
数秒経ってロン爺が俺と同じ結論に辿り着いていることを理解した。
「ま、まさか……知ってるのか! 誰が親父を殺したのかを!!」
「……やはり気づいておったようだの。」
「あの親父が自殺なんてするわけがないからな。それで、ロン爺は犯人を知ってるのか。」
「……知っているとも言える。だが、誰が殺したかはわからん。」
「どういうことだよ。矛盾してるぞ、それ。」
「答えから話そう。親父さんを殺したのはまず間違いなく帝国の手先だ。」
「てっ……帝国? なんでそんな奴らが親父を……」
帝国っつったら国土が大陸の4割を占めてる世界一の工業国じゃねーか。こんな辺境の地に一体何しに…………
「話せば長くなる。だから中に入れてもらったのだ。まず落ち着きなさい。そしてわしの話を聞け。その後、どうするかはお前次第だ。」
「どうするか……? その話が本当だったら俺に出来ることなんてあるわけないだろ!?」
「……いいから聞くんだ。すべてはその後で決めろ。」
「……わかったよ。」
「カイ、お前親父さんから『賢王と三英傑』の話は聞いているな?」
「あのおとぎ話のことか? ガキの頃にさんざっぱら聞かされたよ。」
「そう、お前にとってはそうだろうな。あれはもう数百年も前の話なのだから。」
「まさか、実話だっていうのか?」
「その通りだ。多少脚色はしているものの、あの物語は史実に基づいている。」
「神器と王冠の話も?」
「そうだ。というよりもその部分が何よりも重要なのだ。平和な時代に生まれたお前たちは知る由もない。今は亡き神器の力を……」
「大地を割り、山を穿ち……だっけか。現実とは思えないけどな。」
「まさに人智を超えた神の依り代よ。現代においてもあれらを超える技術は開発されていない。復活すれば再び神器の時代がやってくるだろう。だが、それだけは阻止しなければならない。」
「戦争……か。」
「いかにも。かつて人間は愚かにも神器の強大な力に魅せられてしまった。そういう性なのやもしれん。神器の復活は間違いなく戦争の引き金となる。」
「でも、あれが史実って言うなら王冠も存在するってことだろ? 流石に家来は死んでるだろうけど、誰かが受け継いで持ってるんじゃないのか? さすがに神器復活なんて大事件が起きたら集結するだろ。」
「……すまん、説明する順番を間違えたな。まず、親父さんの死とその物語のつながりを話すべきだった。」
「つながり?」
「あぁ、その二つはお前が思う以上に密接につながっているのだ。本来ならば、お前も知っているはずだったのだが……」
「……親父とあのおとぎ話がどこでつながってるって言うんだ!」
「……親父さんは王冠の一部を受け継いでいたんだ。お前のお袋さんからな。肌身離さずつけていた腕輪があっただろう。あれが、王冠の一部だったのだ。」
「…………!!」
そうだ、親父は昔っから妙な腕輪をつけていた。特に疑問を持つこともなかったけどあれが王冠だったなんて……
それに俺は母親のことはほとんど知らない。俺を産んで間もなく死んだって言うことしか。でも、王冠の一部を持っていたってことはまさか───
「お前のお袋さんは三英傑の一人、『神威崩しのライア』の子孫だ。そして、わしはライアと運命を共にした従者の子孫なのだ。」
「マジ、なのか……」
「大マジじゃよ。これで分かっただろう。親父さんの死になぜ帝国が絡んでくるのか。」
「王冠を狙った……?」
「それ以外に考えられん。」
確かにあのおとぎ話が本当だとするなら帝国が動くのも頷ける。
「でも、何で今になって……」
「それはわからん。だが王冠をわざわざ奪いに来たということは神器の封印を解くつもりなのだろう。言い伝えでは、かの賢王は敵国から何も奪うことはなかったとされている。それが本当ならば帝国は現在最低でも4つの神器を保持している。封印が解ければ最も恩恵を受けるのは帝国だ。」
「……なるほどな。」
「それにしても、なぜこの場所が漏れてしまったのか……奴らは一個中隊ほどの人数で村にやってきていた。おそらくずっと前に知る機会があったのだろうな。」
「ロン爺は帝国の奴らが来たのを見てたのか!?」
「あぁ。多少、魔術の心得はあったものでな。村に入った時点で奴らの動きは感知できていた。」
「どうして止めなかったんだよ!!」
「無茶を言うな。2、3人程度ならともかく敵は少なくとも数十人はいた。意表をついても止められる可能性はない。それにこれは親父さんの意思でもある。」
「…………は?」
「親父さんは王冠を奪われることも想定していた。その時の対処も当然考えていた。」
「その結果がこれだっていうのか?」
「……最悪の事態は免れた。少なくとも親父さんにとってはな。」
「それってどういう……」
「これを読め。」
これは、手紙?
……!!
間違いない。これは親父の字だ。
「生前、親父さんから預かっていた。もし私に何かあったら息子に渡してほしいと言っていたよ。」
「こんなの、いつの間に……」
「一年ほど前に帝国の怪しい動きは話題になった。おそらく帝国は既に事実上の軍事国家となっているだろう。その時から嫌な予感がしていたのだろうな。」
「………………」
「すまんが、わしは既に目を通した。今日はこの辺りで失礼しよう。それを読んだら考える時間が必要になるだろうからな。しっかり考えてこれからゆく道を決めるのだ。どんな選択をしようともわしらは恨まんよ。明日の夕方にまた来る。」
そう言い残すとロン爺は出て行ってしまった。
今日聞いた話の一つ一つが衝撃的で、何より俺は俺の親父のことを全く理解できていなかったんだと思い知らされた。俺の知らない親父。その親父が残した最後の言葉。ロン爺の口ぶりからして俺はこの手紙によって何らかの選択を迫られることになる。
俺は何を背負わされることになるのだろう。正直、この手紙を読むのが怖い。使命とか責務とか、そんなものとは縁遠い人生だった。いっそのこと逃げてしまいたい気持ちもある。
でも、それだけはしたくない。きちんと向き合いたい。
こういうのは失った後に気づくもんなんだ。俺は親父を愛していた。呑気に酒を飲みながらするくだらない世間話も今となっては恋しいとさえ感じる。
確かに親父には俺に見せていない一面があった。でもだからといって今までの親父が嘘だったってことにはならない。十七年もの間、母がいない俺のために二人分の愛情を注いで育ててくれた。その愛は嘘なんかじゃない。
そんな親父が託した言葉と言うのなら、無下になんてできるわけがない。何が書いてあっても俺は受け止める。そしてその上で答えを出す。
覚悟は完了した。
俺は手紙の封を開けた。
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