神威崩しの異世界戦記

曖昧もこ

賢王と三英傑

 はるか遠い昔、世界には十種の神器と呼ばれる兵器があった。


 神器とはその名の通り人智を超えた神の器と呼ぶにふさわしく、あるものは大地を割り、あるものは山を穿ち、またあるものは人間に世界の真理を授けた。


 だが、過ぎた力は争いを呼ぶ。人間たちはやがてその支配欲や神器に対する恐怖から、神器を奪い合うようになった。


 人間たちは個人の力に限界があることを知っていた。そのため、国や組織といった共同体を作ることで戦を有利に進めた。


 神器の奪い合いは何十年にもわたって続き、次第に年端も行かない子供でさえも武器を持ち訓練を強いられるような地獄の時代と化していた。


 この殺戮の時代を憂いた一国の王がいた。


 その王は神器を奪うことではなく、神器そのものの力を止める術を探していた。


 王は己が唯一所持していた神器『神啓』によって知恵を授かり、神器を封印する力を秘めた王冠を完成させた。


 王冠の力は絶大だった。戦の主力となっていた神器が無効化され、神器に頼っていた勢力は大きくその力を削がれることとなった。


 結果としてその王は戦争を終結へと導いた覇者となった。


 しかし、王は支配を望まなかった。彼はただ、平和な時代を築きたかっただけなのだ。


 王は神器を所持していたすべての国に対し、領土主権を侵害しないことを条件に全面降伏と神器の封印を要請した。その結果、要請を受けたすべての国がその交換条件を受け入れた。


 こうして王は平和を実現した。


 しかし、王はこの平和が何の努力もなしに続くとは考えていなかった。


 王はすぐに最も信頼できる三人の家来を自身の元へ集めた。


「お前たちに一つ頼みがある。この王冠についてだ。この王冠は今や権威の象徴となり、神器さえも凌ぐほどの力を備えている。。ひとところに集まった権力はいずれ歪みを生む。そこでお前たち三人にこの王冠の一部を預かってもらいたい。」


 そう言って王は王冠を3つに分解して家来へ見せた。


「元々こうするつもりだった。そのためにこのような造りにしたのだ。受け取ってくれ。世間には王冠は破壊したと伝えよう。世界にもう神器やこの王冠のような強大な力がないとわかれば、争うことなどなくなるはずだ。平和には『安心』が必要なのだ。」


 そう言いながら家来たちに王冠の一部を手渡していく。


「……可能ならば、もう一つだけ頼みたいことがある。これは半分以上私のわがままだ。無理に聞き入れる必要はない。もし、お前たちが受け入れてくれるのならば三人のうち二人はこの国から出て行ってもらいたいのだ。結局、すべての部品が同じ場所にあるならばそれは王冠が所持していることに変わりない。もし、万が一このことが知れ渡れば人々は不安に陥るかもしれない。だから…………」


 そこまで言ったところで家来の一人が王に語り掛けた。


「陛下、迷うことはありません。平和のためなら私は喜んでこの国を出ていきましょう。なに、ちょいと長い暇を頂くようなものです。私は前々から旅に出たいと思っていました。これが、ちょうどよい機会なのかもしれません。」


 その言葉に目を見開いて驚く王をよそにもう一人の家来も話し始めた。


「陛下、私も同じ気持ちでございます。あなたの愛したこの平和を我々も同じように愛しているのです。どうして断ることがあるでしょうか。」


 三人目の家来も話し始める。


「陛下、我ら三人、心持は同じようです。しかし、私は些か鈍間だった。二人に先を越されては後を追うのは不様というもの。私は大人しくここに残ることにしましょう。王の築いたこの国を生涯守らせていただきます。」


 王は三人の話を聞いて、膝をつき涙を流した。


「お前たちには本当に辛い思いをさせてしまう。すまない、これは私の弱さが招いた判断だ。私はお前たちでさえも完全に信じ切ることは出来なかった。王冠の部品を分けさせたのもそのためだ。一人が裏切ったとしてもことを起こせないように、と。本当にすまない……私はお前たちの忠誠に見合う君主にはなれなかった。」


 王の懺悔に三人の家来は答えた。


「それは違います。陛下。」


「ええ、恐縮ですがその点は違うとはっきりと言わせていただきましょう。」


「盲目的な信頼は理解の放棄と同義である……これはあなたの言葉です。陛下。」


「…………!!」


「あなたは私たちを最大限信頼しようとしてくれたからこそ、このような重大な責務を任せてくれたのです。」


「王冠の分割は陛下の知性の表れです。常に最悪の状況を想定することでどんな局面も切り開いていくその慧眼に、我々は何度救われてきたでしょうか。」


「どうか、自身を卑下するような言葉はおやめください。我々は喜んでその疑念をお受けいたします。」


 三人の言葉を聞いて王は一際大粒の涙を流し、


「ありがとう……ありがとう……!!」


 と祈りを捧げるように呟いた。三人の家来たちは王の手を握り、その感謝の言葉が止むまで傍にいた。


 こうして家来たちの一人は旅人となり、一人は寂れた村へ隠れ、一人は王座を継いだ。


 その後、かつての王は己が築いた平和を謳歌し、たくさんの家来たちに囲まれながら静かに息を引き取った。王が逝去した後もその平和が崩れることはなかった。


 王冠を引き受けた三人の家来たちは会うことはなくとも、続く平和と別たれた王冠によって互いの絆を感じていた。


 そして、三人の家来たちは王の命によって分かれて以来、ついに顔を合わせることなくそれぞれの生涯の幕を閉じた。







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