第9話

 あの真紅のマント。あの片手剣。忘れもしない。あの姿。あの四人。

 まるで自分たちの行いがすべて正しいかのように自信にあふれた表情だった。今は少し違うか。

「君が魔王の息子か。魔族の証である角はないし顔も少し変わってるけど、わかるよ。だって目の色と目元が同じだから」

「っ! そうかい……!」

 気づかれないように結界を張りつつ、四人に向かって走り出す。

「来るぞ!」

 勇者、女闘士、魔法使い、僧侶の順に並んでいる。つまり。

「入替」

 マチェットの引き金を引き、込められた魔力を自分に逆流させて魔法発動。女闘士と自分の位置を入れ替える。

 がら空きになった勇者の首を狙って刃をふるう。

 ガキンッと防護魔法に阻まれる。が、しかしそれを突き破って首を切り裂く。浅い。致命傷には至らない。すぐに回復魔法で傷口が塞がっていく。だが大丈夫。この戦いで大切なのは相手に魔法を使わせ続けること。彼ら一人一人の魔力量は僕の魔力量の二分の一以下しかない。このまま魔法を使わせ続ければ必ず相手のほうが先に魔力切れを起こすはずだ。

「アル君! 魔法の出力が低い! 何か結界を張られているかも!」

 魔法使いが叫び、勇者が「わかった」とうなずく。

 やはりすぐにバレるか。だが問題ない。バレたところで対処に時間がかかるだろう。

 勇者は振り向き、剣を振るう。一撃、二撃、三撃。重い攻撃だが、何とかしのぐ。後ろから魔法使いが氷柱を飛ばしてくる。これは防護魔法で防ぐ。

 ちらりと後ろを見て魔法使いが氷柱を撃ちだした。その瞬間、引き金を引いて逆流、また入れ替え魔法を使い、今度は魔法使いと位置を入れ替える。目の前に現れた僧侶の胴体を斬る。もちろん傷は塞がっていく。そして木陰に瞬間移動し、コンデンサをリロードする。

「ッ!」

「ハアアッ!」

 雄たけびとともに背後の木ごと殴り飛ばされる。

「グッ!」

 女闘士か! まさか木を粉砕してそのまま殴ってくるとは予想外だった。回復魔法をかけて呼吸を落ち着ける。しかしもう目の前に女闘士が。速い! 全力で防護魔法をかけるも吹き飛ばされる。

 数メートル吹き飛ばされた後、息つく暇もなくどこかに引き寄せられる。引き寄せられた先は勇者の目の前。まずいと思い防護魔法を展開したままにしておく。予想通り剣戟が飛んでくる。そして横から闘士の拳も併せてくる。

 二人の連撃に防御に回らざるを得なくなる。攻撃のわずかな隙でさえ、魔法使いの魔法攻撃にさえぎられてしまう。彼らの攻撃を防御、回避しつつマチェットに術式を付与する。引き金を引きつつ回避、防御を重ね、少しずつ後ろに下がる。

一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。今だ。

 指を鳴らす。すると、

「グッハッ……」

「ゲボッ」

 突如、相手二人に大量の切り傷が生まれ、血を吐き出した。相手は訳が分からないといった表情だ。まあそうだろう。自分も分からない。使用した魔法は自分の斬撃を残留させ、任意のタイミングで発現させるというものだが、自分でもどのタイミングでどう剣を振ったのかなんて覚えていない。だからこそわざわざ過剰なまでに後退ったのだ。

 近接担当の二人は斬撃に絡めとられている。このまま二人を追撃してもよいのだが、自分で張った斬撃の網に飛び込むほうが危険と判断。遠距離二人への攻撃を選ぶ。

 相手はもちろん僧侶。まず回復役を叩く。

 僧侶の前には魔法使いが守るように傍に立っている。だから魔法使いと自分の位置を入れ替えて僧侶に攻撃を入れる。

「なにッ!」

 しかし攻撃はいつの間にか僧侶の手に握られていた錫杖に阻まれる。

「先ほどは不意打ちで後れをとれましたが、実は私も多少動けるのでね」

 クソッ! そううまくはいかないか。と思いながら連撃を加える。

「ベンを先に狙うなんて、ホント卑怯だね」

 突如耳元で低い女の声がする。その瞬間、わき腹に強い衝撃を受ける。

「うぐっ!」

 横に飛ばされつつ、相手の姿を見る。女闘士だ。

「おお! ランさん。あの攻撃から抜け出せたのですね!」

「まあ何とか、ベンの回復魔法のおかげだよ。そのおかげで強引に抜け出せた。アルのほうはアリスが何とか対処してる。ほら」

 と指刺した先には「ほんとあんたって私がいないとどうしようもないわねー」「まったくかたじけない。アリス、ありがとう」と会話しながら助けてもらっている勇者の姿があった。

 戦闘中にそんな会話をするなんてずいぶん余裕だな。と思いつつ、使い切った一本のコンデンサを交換する。

 落ち着け。あの斬撃を見せた後だと迂闊に攻めてこないだろう。だとすると次は……。

「加速」

 引き金を引いて魔法を発動させ、一番近い回復役に刃を向けるも、

「もうあなたの戦い方には慣れたわ。近接戦闘しかしないなんて変ね」

「ありがとう。アリス! これで俺は彼と対等に戦える!」

 勇者の剣に阻まれる。ありえない! どうゆうことだ? 三倍以上の速さで動いているのに!

「悪いけどあんたの強化系の魔法に反応して同じ魔法をこっちにもかける魔法を仕込んでおいたわ」

 カウンター魔法か。それにしても自分の手を明かすなんて律儀な奴だ。

「ラン!」

「わかってる!」

 また近接二人と魔法使いの連続挟撃になる。しかし今回は前回の三倍以上の速さだ。

「うぐっ!」

 攻撃速度に対応できず、右腕が切り飛ばされる。興奮状態にあるためかまだ痛みは感じない。魔力源が絶たれ三倍状態が切れる。痛みを感じる前に回復しないといけないが、回復魔法を掛ける暇がない。傷が増えていく。

左手で腰に隠されていた魔法銃を取り出し、引き金を引く。

不可視の光線が二人の体を焼く。一瞬攻撃が止まり、素早く回復魔法をかけてマチェットを回収する。

相手が僕の近接格闘に慣れてしまったということは、銃での遠距離魔法も使っていくべきだろう。しかし両手が塞がってしまうとリロードに手間がかかってしまう。入れ替え魔法で交換してもいいが、同一魔力源による魔法は三つまでという原則に引っかかる可能性がある。慎重にいかないと。

「みんな、これから本気でやろう」

「わかった」

 とほかの三人が反応する。来るのか。あの魔力共鳴が。

 魔力共鳴とは疑似的に魔力量を引き上げるものだ。四人いるから四倍量の魔力になる。彼らはこの技で数々の魔族を葬ってきた。

 彼らの体が鈍く光り始めた。

 本来人間の体は四倍の魔力量に耐えられるようにはなっていない。余剰の魔力は熱エネルギーに変換され、細胞を焼いていくはず。例えコンデンサに余剰の魔力を回収しているとしてもそれは変わらない。

 だからここからは短期決戦になる。僕は改めて得物を握りなおす。

「ッ!」

 目の前に勇者が瞬間移動してくる。とっさに防御魔法を張るも打ち破られて、鳩尾に柄による打撃を受ける。

「ガァッ!」

 吹っ飛ばされた先に闘士による打撃。あまりの衝撃に意識を失いそうになる。勇者の追撃が見える。防護魔法も通じなくなったがまだ方法はある!

 勇者の攻撃の瞬間に自分と闘士の位置を入れ替え、同士討ちを行う。目論見は成功したが出力を上げた回復魔法のせいで全く効果が見られない。

 でもまだ、まだ戦える。

 何度も、何度も何度も何度も何度も同じ魔法を繰り返す。うまい切り抜け方があるかもしれない。しかしもう僕の疲労はマックスで新しい案を考え出せる状態ではなかった。

 少しずつタイミングが合わなくなり、傷が増えていく。回復魔法をかける暇すらない。

「「おりゃァァ!」」

 勇者と闘士の二つの拳が僕の鳩尾に叩き込まれ、吹き飛ばされる。

 勇者の剣から光の束が形成される。もうダメか。

「ごめん」

 勇者が何かつぶやいた。

 お父様、お母様、ごめんなさい。僕はもう疲れました。お父様、シューゲルさん。二人は生きろと言ってくれたけど、その約束は守れそうにありません。申し訳ありません。でももう私は十分生きましたよね。

 あと、あとソフィアさん。何も言わず出て行ってごめんなさい。でもあなたを私の個人的な復讐に付き合ってほしくなかった。あなたを殺人鬼にしたくなかった。唯一の心残りはあなたに対する罪をまだ清算していないこと。

 光の束が目前に迫る。

 ソフィアさん、あなたは、あなただけは生きて、幸せになってください。

「「「「ッ! なんだ?」」」」

 突如僕の結界と勇者の光の束が消える。

「ユウさん!」

 上空から聞きなれた女性の声が聞こえる。

 勇者から僕を守るかのようにソフィアが立ちはだかった。彼女は眼帯を着けておらず綺麗な青色の瞳が露になっている。

「ソ、フィア、さん……?」

「ユウさん! 大丈夫ですか? そして、勇者様一行、これ以上戦うなら! 私も戦います!」

 勇者たちが戦闘態勢に入る。

「ソフィアさん、もういいんだ……」

「ですが!」

「ソフィアさん! ダメだ!」

 君を殺人鬼にするわけには!

 よろよろと立ち上がり、彼女の手を引く。

「行こう。ソフィアさん」

「は、はい。あなたが言うなら」

 勇者に背を向ける。

「申し訳ない。僕の我儘に付き合ってくれて。ちゃんと報酬は払うよ。魔王は討伐されたって」

 歩き出す。

「ちょっと待ってくれ! 君の名前は」

 勇者が声をかける。僕は背を向けたまま答える。

「ユウ。ユウ・スフィアレインだ。もう会うことはないと思うけど」

「ユウ、か……。俺の名前はアルだ。……君の両親を殺したことを謝る。申し訳なかった」

 僕は無言で答える。謝るといわれても、僕はまだ君のことを許せない。

「俺のことは許さなくていい。ただ、ただ謝りたかった。君に」

 そうか。ソフィアさんの肩を借り、僕は無言でその場を立ち去った。


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