第4話
「大丈夫? はい。水」
「ありがとうございます。すいません。私昨日飲み過ぎたみたいで、何か失礼なことを言ってませんでしたか?」
「いや、全然大丈夫。何もなかったよ」
「そう、ですか……」
ちびりちびりと水を飲むソフィアさん。僕はそれをしり目に朝食を準備した。
「今日も依頼を受けに行くんですか?」
「そうするつもりだけど」
彼女がバタバタと立ち上がる。
「私も行きます!」
「無理しなくても……」
「いや、行きます」
彼女は朝食をかきこみ、
「外で待っててください。私着替えますから」
わかったと返事をして僕は外に出た。彼女は数分して出てきた。
「じゃあ行きましょう」
しばらく二人で並んで歩く。二人の間に会話はなかった。
さびれた、ピーヴの店と書かれた看板が掲げられた建物に入る。受付の人は50過ぎのおっさんで、目は少し落ち窪み、丸い眼鏡をかけ、口にはちょび髭が生えている。この容姿で煙草を咥えながら働く姿は、明らかに怪しく、関わってはいけない雰囲気を醸し出しているが、僕が身寄りなくこの村に来た時、仕事と家を紹介してくれた。この話を聞くと良い人かもしれないが、悪びれもせず平気な顔をして犯罪スレスレの仕事を紹介してくる。
「おっと、ユウか。相変わらず美人さん連れで。今日はどうする? 今入ってきてる仕事はクラス1相当のが5つ、3が一つ、4が2つ」パラパラと依頼書をめくり、「まあこれはどちらもほかの村からの依頼なんだが」
いつもみたいに笑顔で聞いてみる。
「クラス4の仕事内容は?」
「相変わらず気持ち悪い笑顔だな」うるさいなぁ。「バイコーンの処理、報酬は2万」
2万か。少しいい夕飯が食べられそうだ。
「もう一つはグリフォンの処理だ。こっちは1万。どちらも村の近くに現れたから処理してほしいとのことだ。二つ同時に受けるつもりかもしれんが辞めとけ、二つの村の距離はかなり離れてる。まあお前にはそんなことは関係ないか」
「両方とも受けるよ」
「はい、まいどあり~」
おっさんがニヤつきながらハンコを押し、依頼書を渡してくる。すると思い出したかのように、
「あ、そうそう、どうもこの街に勇者様御一行がやってくるらしいぜ。危険な依頼で金稼ぐのもこれで最後かもな」
依頼書を確認する手が止まる。勇者ってあの勇者か? いやこの世界に勇者など奴しかいないだろう。僕の幸せな生活を破壊した奴ら。僕の好きだった人たちを殺した奴ら。そして何よりもお父様とお母様を殺した奴ら。
一日たりとも奴らの存在を意識しなかった日などない。
自然と依頼書を握る手に力が入る。
「ユウさん」
ソフィアの声で意識が現実に戻る。
「ごめん。じゃあ行こうか」
「はい」
ソフィアを連れて古ぼけた店を出る。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。心配しなくていい」
と平静を装いつつ、数年前に消えたはずの勇者たちへの憎しみが沸き上がっていた。
いったん家に戻り、武器の確認をする。
僕の装備は魔法補助機能付きマチェット。鍔にあたる部分に自らの魔力を充填した魔力コンデンサを2個装填することができる。また刃にあたる部分は魔法伝導率の高い宝石を加工して作られており、魔法の杖として使うこともできる。
ソフィアの装備は薙刀で鍔には宝石が嵌められており、こちらも魔法の杖として使用することもできる。
二人とも魔法使いの装備には見えない。これは魔族の魔法使いに対する考え方からこの装備を選択している。人間は〝動かない魔法使い〟が一流の魔法使いとされる。つまり後衛で不動のままたくさんの魔法を操り敵を圧倒することを理想としている。しかし魔族は反対に前線で飛び回る〝動ける魔法使い〟を一流とみなす。これはたくさんの魔法を覚えるよりも基礎代謝量を上げ、魔力量そのものを増やすことを優先しているからだ。
僕も王宮にいる間は〝動かない魔法使い〟でいいと思っていた。だけど勇者に滅ぼされてからはむしろ〝動ける魔法使い〟にしてくれたことを感謝している。
今考えると彼女に魔族の魔法を教えたことは間違っていたかもしれない。それでも人間の魔法は分からないからなぁ。
「ソフィアさん。準備はできた?」
「はい。準備できました」
「じゃあ行こうか」
彼女に向って手を差し出す。握り返してくれた手に少しだけ力を籠める。
「行くよ」
「はい」
半歩僕へ近づいたことを確認して転送魔法をかける。
まずグリフォン狩りだ。
と意気込んだものの。
なんだかんだグリフォンは簡単に狩ることができた。しかしバイコーンは時間がかかっている。現在進行形で。
雨が降っている。今日は雨だったか。合羽を持ってきて良かった。防雨魔法だと相手に気づかれてしまうかもしれなかった。しょうがないから今は二人並んで木陰で休んでいる。
「バイコーンとは出会ったことあるんですか?」
体育座りしてる僕に話しかけてくれた。
「いや、僕は会ったことないなぁ。お肉は食べたことあるけど」
僕は俯いたまま答える。
「えっ! 食べたことあるんですか!? どんな味だったんですか!?」
そっと彼女に目を合わせる。
「ほかの肉よりもちょっと噛み応えがあったかな。味は牛や豚のほうが美味しかったよ」
「私も少し食べてみたいです」
「う~ん、この辺りにそんなものが食べられる店はあるかな……。あったとしても高いだろうなぁ」
再び僕は俯く。
こうして数時間は待ち続けている。もう合羽の内側にまで雨が染み込んできた。本当にバイコーンなんているのか?
そんなことを考えていると、
「ユウさん! あれ!」
前方100メートル先に馬のような形で頭部には2本の長い角。身体は暗い青色。
バイコーンだ。
落ち着いて魔力を練り上げて、攻撃魔法を放つ。
光がバイコーンの頭部を撃ち抜き、ばったりと平原に倒れ込む。僕は心の中ですまないと謝罪をしつつ、近付いていく。もしかしたらまだ生きているかもしれないので一応魔力を練っておく。
やはり死んでいる。生き物を殺して何も感じなくなってしまった。そんな自分に失望する。いつから僕の心は冷たく動かなくなってしまったのだろう。
身体に触る。冷たくなっている。死んだのか。バイコーンの死体を回収する。
「それじゃ、帰ろう」
彼女が僕の手を握る。僕は転送魔法を変えて村に帰る。
「よくやったな。もう他の村から報告が来ているよ」
店に入ったとたんにピーヴに声をかけられる。
「ありがとうございます。あと、グリフォンとバイコーンの死体があるんですけどこれ売れませんか?」
「おっと気が利くなぁ。まあ状態にもよるが高く売れるだろう」
細かく傷が入り、埃も少し積もっている黒電話を机の端から引っ張り出してきた。それの受話器をあげ、ダイヤルを回し、どこかに連絡している。
「ああ、リスタか? グリフォンとバイコーンが手に入ったんだが、買ってくれるか? 分かった。待ってる」受話器をいったん置いて「アニス? グリフォンとバイコーンが手に入ったんだが、薬の材料として買ってくれねぇか。先に料理人に買わせて、余った部分を買ってもらう形になるが。え? もちろん合法さ、正規の手段で手に入れたんだ。うちの若いのが依頼で狩猟してね。もちろんその依頼も合法だよ。いいから来てみなよ、今材料費が高騰して困ってんだろ? 安くしとくからさ」受話器を置き、電話機を奥へ押しやると「少し待て、今、料理人と薬屋が来る。そこの机で待ってろ」
ピーヴは店の隅にある小さな机といすを指さしながら煙草をくわえる。
20分ぐらい待っていると、恰幅のいい料理人と白衣を着た薬屋が現れた。
「で、物はどこにあるんですか?」
眼鏡を押し上げつつ、薬屋が話す。
「ここにあります」
僕が魔法で収納していたグリフォンとバイコーンを出す。
「ふむふむ。なかなか状態がいいですね」
薬屋と料理人がしゃがんで吟味している。
「あんたはどこが欲しいんだ?」
「私は残り物で構いません。残り物でも十分薬になります」
「そりゃあいい。じゃあ俺が解体するから残り物を適当に持ってってくれ」
「わかりました」
料理人がどこからともなく刃物を出してきた。
「おいおい。ここで解体はやめてくれよ。店が汚れるだろ」
「大丈夫ですよ。魔法できれいにします」
「そういう問題じゃねぇんだよ。ここでやられちゃ気分が悪いんだよ。おたくの店でやってくれ」
「わかりました。そうします。じゃあアニスさん。俺の店でやりましょう」
「了解しました」
ではといい、二人が札束をピーヴに渡すと死体を持って行って店の外に消えた。
「う~ん。いい稼ぎだ。ほい、これ。ボーナスだ」
札束から7割ほど抜くと残りの三割を渡してきた。
「あとこれ、本来の稼ぎ分」
「ありがとうございます」
かなりの大金を得て僕たちは店を出る。
「夕飯は彼の店でバイコーンのお肉でも食べますか? ソフィアさん」
彼女はただうなずいた。
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