第2話

 魔王が殺されて8年の年月が流れた。魔王の息子である僕は何とか生き延び、魔族の証である角を消し、ある程度顔を変え、魔王城から遠く離れたアジム村で身分や素性を偽り、依頼を請け負い、日銭を稼いでいた。

「雨、降ってきたな」

 僕は空を見上げてつぶやく。ぽつぽつと乾いた地面を濡らしていく。

「そうですね。ユウさん。今日は洗濯物を干さなくて良かったです」

 彼女はソフィア。銀色でウルフカット。右目はルビーのように赤く、左目は眼帯で隠れて、給仕服に身を包んでいる。

 僕はそっと防雨の魔法をかける。

「ありがとうございます。ユウさん」

 彼女は笑って感謝してくれる。

「いや、いいんだよ」

 笑顔がまぶしくて顔をそらす。

 彼女の出会いは5年前、僕がクラス5(死人が既に出ているレベル)のクエストで拾ってきた娘だ。大量殺人鬼をどうにかして欲しい。生死は問わない。という依頼だった。指定された場所に行ってみると、手錠をかけられ、両目を隠された娘がいた。彼女がソフィアだった。案内人を下げてゆっくり彼女の目隠しを解いた。

「ッ……!」

 彼女の両目に魅入られたとき、僕の体に冷たさと熱さが同時に襲い掛かってきた。

 不味いと直感的に危険を感じた僕は瞬時、ソフィアに目隠しを付けた。多分、一般的には魔眼とか邪眼とか言われる類のものだろう。人間にとってこれはどうにもできないが、魔族である僕ならなんとかできるかもしれない。そう思って引き取った。しかし冷静に考えたら殺したほうが楽だった。もしかしたら僕の心の中の微かな良心が働いて殺さなかったのかもしれない。

 魔眼は大抵、魔力にそのもの対して効果を及ぼすものが多い。ソフィアのものは右目で魔力の増幅、左目で減衰させる効果であった。魔眼の効果そのものはありがちだったが、彼女のものは数倍にも増幅できるし、ゼロにもすることができるというものだった。

 僕は補助魔法を使いつつ、彼女に自分で調整できるように訓練させた。右目は何とか完璧にマスターしたが左目はまだ粗が多く、暴発する危険があるので左目だけ隠してもらっている。

 雨脚が強くなってきた。跳ね返った雨がズボンの裾を濡らす。

 バラック小屋のような家に入る。中には右側に小さなテレビとソファの間に小さな机、ベッドが一つ。左側にはキッチンと冷蔵庫、洗濯機がある。かなり質素な室内。

「ユウさん、早く脱いでください。裾が汚れていますから」

「いいよ、魔法で乾かすから」

「それもいいですが、せっかくですから洗濯してしまいましょう」

「確かにそうしようか」

 ソフィアがそっと後ろを向いた。僕はその間に服を着替える。

「ソフィアさん、他に洗濯物は……ッ!」

「あっ……」

 振り返ると半分服を脱いでいたソフィアと目が合ってしまった。

「ご、ごめん!」

 さっと反対側に向いた。

「き、着替えました。洗濯物を私に渡してください。洗濯しますので……」

 そっと彼女に洗濯物を渡す。彼女の顔が少し赤くなっていた。

 洗濯している間に晩御飯を作っていたところ、

「ごめんください、ユウ君いますか?」

「はいはい!」

 大家さんの声だ。大家さんは還暦を超えているが複数の家を所有していて、しかも自分ですべて管理している元気のあるお婆さんだ。

「ごめん。ソフィアさん。これ作っておいてくれる?」

「いいですよ」

「ごめん」

 必死に笑顔を作ってドアを開ける。人と話すときは笑顔で。お父様の教えだ。

 外に出て大家さんと合流して用件を聞く。

「ごめんねぇ、ちょっとエアコンが動かなくなっちゃって、見てもらえる?」

「わかりました」

 しばらく歩いて大家さんの家に入り、エアコンをいじると確かに動かない。しょうがない。あの魔法を使うか。

 僕は懐から小さな杖を取り出し、エアコンを三回軽くたたいて魔法をかけた。本来ならばエアコンの損傷個所を特定して直さなければならないのだが、エアコンの詳細な仕組みがわからないので、時間を戻す魔法を使い、正常な状態へと戻す。

「これでどうですか?」

 大家さんがエアコンのスイッチを入れるときちんと動いた。

「おお、ありがとうねぇ」

「いえいえ、しかしこのエアコンはもう買い替えたほうがいいかもしれません。あちこち傷んでいるようですし」

 こんな感じで村の人から雑用を任せられることがたまにある。僕はそれがとてもうれしかった。

 自宅に戻るとソフィアがすでに料理を作り終わっていた。

 二人でゆっくりとご飯を食べる。少しだけソフィアと話して体を洗い、就寝する。

 ソフィアはベッドで、僕はソファに横になる。

 はじめはソファの寝心地が悪くなかなか寝付けなかったものだが、今はもう慣れた。

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