第1話
「ここは……どこだ?」
頭が少しクラクラする。いや、少しどころではない。重い。非常に重い。
自分の顔に触れようとして、不意に隣をみた私は目を剥いた。
「ちょっ……えっ!? な、なんスか!? その頭っ!?」
私のとなりには壁にもたれかかって俯いている中肉中背の男性がいた。なぜ、男性とわかるのかと問われると答えに悩んでしまうが、服が男性用のスーツだからだけではない。とにかく男性なのだ。なぜなら、頭が陰茎だから。
そう。その男の頭はまぎれも無い陰茎————チンコだった。
なにがチンコなのかというと、その男の首から上が全部チンコなのだ。
「ちんこだ!」
思わず声に出していた。
私はもう、五十を過ぎたいい大人だが、小学生のように指を差して「ちんこだ、ちんこー!」と半笑いしながら叫んでいた。
「マジかよ。え、なにそれ? え? え〜!?」
とか言いながら。
見ようと思えば水気を少し失った巨大なまこにも見えるが、色といい、浮き出た血管といい、姿形といい、生々しいほどにちんこだ。
自分が下半身に持ち得ているモノと同じ質感を外皮が物語っていた。
だから私には、アレは「ちんこ」としか認識できなかった。
まぁ、なんだ。自分のモノと比べると少々形がいびつではあるが、目の前に突然ちんこ頭の生物が目に入ってきたら誰もが叫ばずにはいられないはずだ。
「ちんこだ!」
何が恐ろしいかと言うと、首から下は男性スーツを着た人間のそれで、普通の人間と変わりない姿である。
「ちんこだ!」
私は再び唸った。
チンコ頭の男性は、私の叫び声に顔を上げ、ゆっくりと私の方に首を回転させた。
私は生唾を飲み込み、そのちんこを凝視した。
猛々しい血管を辿ると、中央の隙間に小さな二つの穴のようなものがあり、正露丸のような黒豆が揃って二つ埋まっていた。それが時折上下に閉じたり開いたり、瞬きのような動作を繰り返していたので目だと直感した。
「つぶらな瞳だ……」
私は素直にそう呟いていた。
チンコ頭は海老のような瞳を瞬かせ、「おほぉ!」と声を上げた。
「これはこれはまたまたどうして」
「ちんこがしゃべった!」
チンコがしゃべったぞ、おい!?
私は自分から「なんすか、その頭」と疑問を投げかけておきながら、まさかちんこがしゃべると思っていなかったので返答を期待していなかった。
チンコは小さな目をぱちくりさせながら、驚く私を無視して続けた。
「おたくのは……結構、長いんですなぁ。しかし、太さは私の方が上ですぞ!」
「え……?」
何を言っているのだ? このちんこ!
私は眉を顰めてちんこを睨みつけた。
「先ほどの方は太さ長さともに素晴らしくてね。嫉妬するレベルでしたが、ただ、本体の方がアレですからな。かわいそうに。結構損をなさってたんじゃないでしょうか。あんな逸物を持ってるなんて、あの本体からは想像もつかないでしょうからねぇ」
「はぁ……?」
一体、何の話しているんだこのちんこは。
「あ、戻ってこられましたよ。あの方です」
ちんこが指差す方向に私は目を向けた。
見事な逸物が目の前を通り過ぎていった。
しかし、首から下はお腹周りだけが異様にでっぱったチビデブだった。
チビデブの首から上は、長く、野太く、猛々しいチンコが弓なりに反っていた。
「首から上が全員ちんこ!?」
そうか。私は夢を見ているのだ。そうに違いない。そうとわかれば特に驚くことはない。夢をコントロールすればいいのだ。夢を夢と自覚する明晰夢では、強く望めば思い通りの夢が描けると聞いた。ならば愛する妻にも会えるだろう。こんな場所からおさらばして、妻とデートする夢に切り替えよう。
「うわああああっ!?」
私は立ちあがろうとして、頭部の重さに体のバランスを崩した。
頭が重い!
「おわわわわっ!?」
前方へ引っ張られる。私はその場に前倒れになり、両手をついた。
「な、なんだ今の? 頭が、すっごく重いぞ!?」
「ああ、最初はバランス取るのが難しいので気をつけたほうがよろしいですぞ」
となりのちんこが言う。
「あなたの場合、特に長いですからな」
「バ……ランス? 長い?」
「ええ。なにしろ、下半身に付いていたのと同じものが頭部にある訳ですからね。私なんかは一時間程この中を歩いてなんとか慣れました。……ああ、一応、起こしたんですよ? でも、あなた、ぐっすり眠ってらしたから」
「あの……」
「はい。なんでしょうか?」
チンコ頭がまんまるい目……だろうか、をぱちくりしながら首を――いや、ちんこを傾げた。
「下半身についていたのと同じものが頭部にあるって、どういう意味ですか?」
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