推しって何?

「何あいつ!あなたの婚約者とイチャイチャしているところを見せびらかして、締め上げられたいの!?貴方も婚約者に一言言ってあげなさいよ!」


珍しく、冷静なはずのマルファレア……通称ファーレが、怒りを露わにしている。普段穏やかな彼女がここまで怒るなんて、相当なことがあったに違いない。


「僕の兄上もあんな感じで……将来が心配です」


横でベルギア様がつぶやいた。確かに、国の第一王子が恋に盲目で彼女優先だと困る。彼のつぶやきが、私の心にも重くのしかかる。


「確かにそれは心配ですわね……」


「あなたの婚約者も心配ですよ、彼女の何がいいのか僕にはわかりません」


「そうよ!婚約者としてちょっと彼に一撃入れてもいいんじゃない?!」


「二人とも何をおっしゃっているの?私に婚約者はおりませんわ……」


 急におかしな事を言い始めた2人に困惑しつつも答える


「「えっ!?」」


二人は同時に目を見開き、口をぽかんと開けた。まるで信じられないことを聞いたかのように、その場に固まっていた。


「い、今なんておっしゃいましたの??」


「ですから私に婚約者はおりませんわ」


「じゃ、じゃあロバート先輩は……」


ベルギアの声が震える。彼の頭の中でエルの言葉が何度も反響していた。


「ロバート?どなたが存じ上げておりませんわ……貴族名簿はある程度把握しているはずですのに……」


私の言葉に固まるファーレとベルギア様、


「そ、そうだわ。ちょっと急用を思い出しましたの!」


ファーレは突然思い出したかのように言い訳をし、その場を急いで後にした。彼女の姿が見えなくなると空気が静かに冷えた気がした。

その日の午後、私たちは上級生ペアを組みダンジョンに潜る授業を受けることになっていた。普通は婚約者と潜るらしいが…婚約者がいない私にとって、特に硫黄こともなく、剣術に長けた上級生を探し始めた。


そこには魔導士科専攻の私の従兄弟にあたるルシュディルがいた。


「ルシュ兄さん!まだ空いてたら私とペアを組まない?」


「え、でも君には婚約者が……」


「まったく、ルシュ兄様まで何を言っておられますの?」


ルシュディルは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその表情を隠し、ニヤリと笑って


「もちろん、君と組むのは光栄だよ」


と承諾してくれた。その笑顔に、何か隠された意図があるのではと一瞬疑問に思ったが、深く考えずに話を進めた。全く私には婚約者はいないのになんでみんな揃って驚くのかしら?

疑問はあれど無事にペアを組むことができた。一瞬後ろから声がした気がしたが、ルシュ兄さんが先生にペアができました!と宣言してさっさと私を連れてダンジョンへ潜ってしまった。


ダンジョンは洞窟のようになっていて、それぞれのフロアへは階段で行けるようになっている。それぞれが行ける場所までと決まっているらしいのだが……その階段を私とルシュ兄さんは猛スピードで降りて行った。やっぱり信頼できる人と潜るのは最高だ。何も気にしなくていいし、お互いの力量も十分わかっている。私たちは最下層の一歩手前で魔石を荒稼ぎするとせっせと魔石を持って上へと上がってきた。現段階で魔石の獲得量は私とルシュ兄さんのペアが一番だ!


「さっすがルシュ兄さん!」


私がほめるとルシュ兄さんはまんざらでもない顔でどや顔をしていた。その後私たちを越えられる魔石量を獲得したものはおらず、私たちは先生から一位の称号を手に入れたのだった。



「はぁー、今日の授業楽しかった!」


夕食を済ませ部屋に戻るとと先に戻っていたファーレが話しかけてきた。


「楽しかった?ダンジョン。」


「ものすっごく!!ルシュ兄さんと一位とったのよ!」


興奮する私とは裏腹にどんどん顔が青くなっていった。


「え、ロバート先輩は……?あんなに仲良かったじゃない。本当に忘れちゃったの……?」


彼女の声は震え、目には涙が浮かんでいる。でも、私は本当に覚えていない――ロバートという人も、仲が良かったという記憶さえも……。ファーレは私が壊れてしまったと泣き出してしまった。


「私は壊れてないわ、落ち着いてファーレ。」


「でもロバートについては何も知らないのでしょう?」


その言葉に私は苦笑いすることしかできなかった。私は果たして彼をどうおもっていたのだろうか?記憶がないので、私にこたえられることは何もない。重く冷たい空気があたりを包み込んだ。私はこの空気に耐えられなくなりさっさと寝てしまった。


翌日、私は訓練場に来ていた。というのも今日はルシュ兄さまが稽古をつけてくれるからだ。思いっきりルシュ兄さまとバトルをしていると怒鳴り声が聞こえた。


「なんで私の婚約者を奪うの!?貴方に出会ってからあの人はおかしくなったわ!彼に何を誘惑でもしたの!?彼を返して!!」


「そんな言い方はないだろ!!悪いのはペルカテルでクロエじゃないんだから、それにお前が嫌われるようなことをしたんじゃないか!?こんな優しいクロエが誘惑なんてするわけないだろ!」


「ひどいわ!最低よ!」


「そ、そんな……私は何もしてないわ。仲良くしているだけよ」


うるうると嘘っぽい涙を浮かべるクロエ、泣き叫びながら怒鳴る女子生徒をクロエをかばって女子生徒に怒鳴る第一王子……カオスである。そもそも婚約者がいる人たちとの距離が近すぎるのではないかと思うところはあった。しかしこうなってしまったら止められるものはいないだろう。場がけんかで白けてしまった。今日の訓練は仕方がないがここでお開きがいいだろう……


「僕、あいつ嫌い」


ルキが影から顔を出してそういうと影の中にまた潜ってしまった。


次の瞬間――


「あんたなんか死ねばいいんだわ!!私の婚約者を奪っておいて、ただで済むと思わないで!」


女子生徒の前に浮かび上がった魔法陣から、巨大な竜が出現した。その瞬間、クロエがニヤリと笑う。


「みんな!逃げて!」


まるで正義のヒロインのように竜へ向かって走り出すクロエ。彼女を追いかける第一王子、そして――ロバート……だったっけ?彼の姿を一瞬目にして、私は自分の記憶の中で名前を探すが、何も見つからなかった。

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