二人目と三人目
僕と謎の下級生は、仲間がいるという教室に向かって歩いいた。彼女は驚くほど平静かつ機敏に動いているので、つまらないプライドが発動して、僕も落ち着ているように見せかけようとした。
「その教室に二人残して、ちょっと偵察にいってました。そうしたらドタバタ階段降りる音が聞こえたんで、こっちに来たんです。ほかに誰か見ましたか。」
「いやだれも。須永だけ」
彼はなんて言ってましたかと問われたので、冷静に思い出して話してみる。仲間が7人、化け物、対抗手段がないわけではない等。動機は不明。方法は…
「魔法の杖を手に入れたとかいってませんでした?」
「ああそうだ。じゃあ目的は何だろう?あの化け物からぼくらが逃げ回る姿を見るのが目的なのか?」
「化け物は体育館で先輩が見た奴の他にも大勢いるッス」
「そうなんだ。はは、面白そう」
あの黒いのが視界を埋めるほどの大群になって現れたら、自分は失神するかもわからんね。
もはや自分は半笑いを浮かべて諦めかけていた。所詮軟弱な精神の人間なのだった。こんな事態にならないまでも十分知っていたことだったが。弟にも頼りにされていないし。
いや、まて、弟はどうなったんだろう。自分の一年下のあいつも学校にいたに違いない!
いやまて、まて、学校の大勢の他の人たちは?百は優に超えた数の人たちの命運はどうなったんだ?
黙って陰鬱な可能性に想像を巡らせていると、彼女が心配そうに声をかけてきた。
「あの。大丈夫ですか?」
じっと彼女の顔を見つめた。彼女も不思議そうにしてこっちの目を見ている。
そこで思い出した。彼女は弟のクラスメートで、たしか名前は井上だったはず。
「大丈夫だ。それと君のことようやく思い出した。井上さんだったよね?マサどうなったかわかる?」
「私たち以外のことは分からないです。須永が私たちの前に表れたとき、あいつは他の人たちの命は君ら次第だってはっきりそういってました」
じゃあ生きている可能性が高い。でも死ぬ可能性も高いわけだ。
僕は彼らよりは運がいい。僕は生き延びて、彼らは死の側に一時幽閉されているわけだ。
この事実に気持ちが高揚してきた。ほかは死んだも同然なのに自分は生き延びた。はっきりってすごく嬉しかった。もちろん恥じたり、後ろめたさもある、他人の死を悼む気持ちがあるが、やっぱり圧倒的に生き延びた嬉しさが勝った。もちろん彼女にそれを悟られないように外面は深刻さを装っていた。
その高揚も少し落ち着くとマサのことを考えた。あいつと、いろいろとこじれたまま、気付いたら今生の別れが済んでしまっていた、そういことだろうか。助けたたい?そりゃそうだが、他の人たちもできればね。だがとてもできそうにない。そんな希望もつことすら怖い。何をして何をしないのか想像することもできない。今は自分のことだけ考えていたい。
横目で井上さんを見る。警戒はしているが、ありえないけどまったく動揺している見えなかった。多分今の僕の脳の方がおかしいからそう見えるのだろう。
「学校で僕らにダイハードごっこさせるのがあいつの目的なのかな?」
「映画よりは、ゲームだと思います。RPGのようにパーティを組ませてたいんでしょう。アイテムもありますからね」
アイテムってなんだ?と聞こうとしたら、井上さんは教室の戸を開けてた。そこには見知った顔の男がいた。
「柏木!お前もかよ」
彼はクラスメートのワタルだった。僕の悪友といえばいいのか。悪いことを一緒になって企てるようなことはないが、悪い考えを持ち出してくる彼を自分が一歩も二歩も引いて見てることはしょっちゅうだった。それなのに何が僕らを繋げているかといえば、正直よくわからなかった。とはいえ、可愛げがないわけではないのだが。
ゲーム的発想でいえば自分より悪寄りのキャラだとおもってた。いつか一緒に居るか離れるか決めなきゃならない場面がくるだろうな、なんて平時から思っていた。
ワタルは僕を見てほんとうにうれしそうで、助かったといった感じだった。こういうところが憎めない。状況的に自分も気心が知れている相手と一緒でよかった。
僕は少し笑って軽く手を挙げて答えた。
「お前ビビった?」
ワタルは二ヤニアして聞いた。彼はたいてい緊張感がない。
「ビビり散らかしたね」
これが精一杯の返答だった。
僕は椅子に座って一息ついた、ここは3階の教室で本棟の大体中央に位置した。教室には当然人もいないし、カバンもなかったので、平凡な放課後と錯覚しそうだった。
井上さんは教室を見渡していた。
「ワタルさん。もう一人はどうしたんですか」
「あいつも出てった。ここに居続けるのも安全ともいえんし。俺は止めなかった」
「それじゃとりあえず戻るまで待ちっすね。それで4人そろいます」
「ここに戻ってくるとも言わなかったがな。そのまま戻らないじゃねえのかな」
椅子に背もたれを前にしただらけた姿勢で座って、にやにやと混ぜっ返すようなことをいうワタルはいつも通りであった。
なぜ、こんなにも平静でいられるのだろう。井上さんもいい感じに力が抜けていてリラックスしている。まるでいつでも化け物とやってやりますよ、言わんばかりに見える。二人ともこれほど豪のものだったのとは。危機を前にして本性が現れるというが、自分がメッキで、彼らが銀の裏地をもっていたということだろうか。
「7人もいれば絶対揉めそうだけどな。仮に集まってもむしろ悪いことの方が多そうじゃねか?」
「顔合わせぐらいはした方がいいですよ。その後行動を共にするかどうかは別として」
「俺はそうは思わないな。選ばれた奴はそれぞれ一人でどうにかやってるだろうよ。会ったらあったで探り合ったり、遠慮しあったりして面倒なことになる」
「それじゃ、おひとりでどうぞ頑張ってください。さようなら」
僕は唖然としていた。
なんでこんな危機的状況で協力しようとしないのか。一人でどうにかできるって? 馬鹿なのか?井上さんもなんか思っていたより短気だし。
あの黒い奴の殺傷能力は見たところ熊どころではない象並みだ、いや象なら廊下にはいれないからましだった。じゃあ熊並みか。じゃあ、まだ熊ならどうにかなる? いやおかしい。パンチ食らって脳漿ぶちまけて死ぬだけだ。
でもときどき熊にああしてこうすれば勝てるってマジで語っている奴いるからなあ。二人もそのタイプなのかもしれない。
「おひとりで頑張るのは、そっちじゃねえのか」
そういってワタルは僕の方をみた。井上さんもこっちを見る。僕がどっちにつくかみたいな状況らしい。
「揉めるなよ、3人で頑張ろうぜ」
「3人ならまあいいけど、それ以上に人を増やしていくって言ってんだぜ、そっちは」
ワタルは顔をむけずに指で井上さんを差す。かなり感じ悪く見えた。
「でも7人合流する以外何もやることないだろう?」
「そんなことはねーよ。ちょっと来い」
そういって窓側に呼ばれて、窓の外ワタルが指さしたほうを見た。校舎と運動場の間のエリア、そこには学校のウサギ小屋、鯉の池、小さな藤棚が並んであった。その藤棚下をよく見ると青い光を放つ液体の水たまりのようなものがあった。その青い光もまた不自然でゲームっぽさがあった。つまり、ちゃっちい作り物っぽい色合いであった。おそらく須永があえて仕掛けた何かだろう。
ゲームならば、それはとりあえずそこに行ってみろというサイン以外の何物でもない。
「行ってみようぜ」
ニコっと白い歯を見せてそんなことを言う。いや、冒険行こうぜみたいなノリでいわれましても…。ゴムボートで離れ島に行って夏の思い出を作るのと訳が違う。それを提案されても断固拒否するけどね。バカやるのが、ある種の人たちからみて魅力的だと分かったうえで、それをやってみせるのは嫌いだ。もちろんただのバカをやるよりはずっとましだが。
「……危なくないかかな?人数揃えてからの方がいいじゃないか」
ワタルはやれやれといった調子。
「あのな、須永は俺たちをよく思っていないんだよ。これは復讐なんだから。7人そろっても仲間割れを仕向けるような仕掛けがあるに決まってんだろう」
確かにそうかもしれない。
「選ばれたんだよ。こんな時のために殺してー奴リストを日常から作っていたんだろうぜ、そのなかに俺たちがリストアップされてたんだよ」
「私は須永とかいう人とはまったく関りはありませんでしたよ」
「本当か?」
「嘘つく必要ありますか? それで先輩たちは須永をいじめてたわけですか?」
無表情の彼女からの視線が痛い。軽蔑一歩手前という感じである。僕は返答に迷ってしまう。そんな気はなかったし、彼に直接何か言うこともなかったが、向こうはそうは思わなかったのかもしれない。
彼を排除しようとする空気は教室にはあった。それに対してとりわけ反発を示さなかったのは確かだ。だってそういうのはどうしようもないだろう。彼はある面では一目置かれていた。学才があって、家が金持ちらしく、上品な言葉遣い。高尚そうな趣味、関心をもつ、教師たちの彼に対する態度もすこし畏まってた感じで、それがクラスメートたちとの距離を作る原因でもあったのだが。
「いや、そんなことはないね。恨まれる覚えはない。ワタルは?」
すくなくともクラスのなかで上から七番目に入るぐらい彼に恨まれているは思ない。
「俺だってとくに眼中になかったなあ。でもまあどっかで余計なこと言ったんだろうな、それで恨み買ったか」
ワタルならあり得そうだった。彼を全面的に悪とは思わないが、調子乗るって、あくどいことをするし、人の弱さに鈍いところがあった。
「お前もそうなんじゃねえの」
にやにや笑ってそういうワタルを見てたら、少し痛い目見たほういいと思えてきた。
「僕は人の陰口は言わないけどな」
そう言っててなんか自分が嫌な奴にみえた。
するとワタルは真面目な顔になって、僕の井上さん二人に聞かせるようにして話をした。
「ここが大事な点なんだけど、恨まれるようなあくどいこと須永にしたとしてもそいつは絶対黙っていると思わねえか。そんな奴と一緒に行動できないだろう」
たしかに、そいつ須永に恨まれているなら一緒にいたらとばっちりを食らうと思う。そもそもそいつの悪行が気分悪し、そういうことをした奴は信用もできない。
「なるほどね」
「須永に特に恨まれている奴と一緒に居たくないのは、そのとおりっすね」
井上さんも頷いていた。ワタルは浅慮で勢い任せな部分と頭の回転が速くずる賢かった部分が併せ持っていた。ときどきその計算高さで僕を助けてくれた。
「だから俺らは、井上ちゃんの言うことを疑う意味はあるってことよ」
ワタルはさらに真剣な表情になって話を進めた。
「俺たちが互いを疑わずに済むとすれば、全員あいつに恨まれるようなことしましたって白状して開き直って悪人同士で結託する場合だけなんだよ。わかるか?俺はそれを期待していたのに二人とも、私はいじめてない、しらない、だなんていうんだからなあ」
僕と井上さんはちょっと互いを見た。
「でもいじめてないし」「しらないです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます