影キャに魔法の杖

水都

狂人に 目をつけられたら 終わり


 放課後に教室の席に座って頬杖をついて考え事をしていた。気付いたら結構な時間が経っていたらしい。


「誰もいないし、暗すぎるだろ」


 普段は見ない赤みの強い夕陽に照らされた教室に自分一人だけだった。いくらなんでもうっかりしすぎだと思った。


 ずっとひとりでボケっとしていたのも恥ずかしい。最後に僕を残して教室から出て行った奴は僕を見てよほど奇妙におもっただろう。とはいえ、もうすでに教室では変わったやつという認識で通っていたのでまあいいか。でも些細な失敗をずっと繰り返し言い続ける世間の風潮はどうかと思っている。

 すぐ席を立って帰ろうとした。


 廊下に出ても、当たり前のように誰もいなかった。それから窓から校庭を望むが、そこにも誰もいなかった。時間を確認すると終業時間前であった。一体どういうことだろう? 


 たぶん自分がくだらない些細な勘違いしているだけにきまっている。以前に電車でたくさんの女性に注目されて不思議だった。それが女性専用列車だと気づくまでは。


 勘違いに気付くまで、ちょっと不思議な感覚を楽しもうとして、適当に廊下を歩くことにした。口笛を吹いて、カバンをぐるぐるぶん回す。なぜだが元気がでてきた。


 上の階にいっても誰もいなかった。ますます面白くなってきたので、カバンを思いっきり廊下に投げ飛ばしてみた。思ったより飛んだ。それを拾わずに階段横の体育館への渡り廊下を覗いてみるとそこも誰もいない。さすがに寂しい。


 間違って休日の学校に来たんだろうか?けど今は夕方じゃん。カラスの声といい影の存在感といい、それは間違いない。体の調子もそんな感じである。何より時間がそう示している。


 今日の朝から起きたことを思い出そうとしてみるが、なぜかなにも思い出せなかった。これには、さすがに混乱しそうだった。


「こんなことってあるんだ」


僕は呆然とつぶやいた。


 若いのに病気なのだろうか、昨日の夕食が思い出せないのはいつものことだけど。仮に病気ならやっぱり周りの人たちから可哀想なものを見る視線で見られるのだろうか。でも一回きりなら、おかしな体験をしたってことでセーフかもしれない。実際そういうこと言ってまわりの空気を変にしている人を見たことがある。そもそもその手の人たちはなんでそんなこと言うのだろう。密かに仲間を探しているのだろうか? それじゃもう僕も仲間か?


「これから人の世話になって生きるのか」


 気付いたら移動していたなんて人に言ったら、自分の意志に関わらず措置入院確実じゃなかろうか。自分が身内なら間違いなく病院にぶち込む。それがそいつのためだろう。


「もしくは夢か」


 そうあってほしい。


 家に帰るべきだと思うが、そんな気になれなかったので、体育館を覗きに行くことした。


 体育館では夕陽と影とが絶妙なバランスをもって、静まり返った雰囲気を作っていた。年配が見れば、なつかしさを感じる情緒的な絵に見えるかもしれない。この場で誰かいたらなんか気まずくなりそうだなと思った。


中央にパイプ椅子が置いてあった。さらに壁には学校指定のカバンが2つ並んで。それに何か物音が聞こえた気がした。


「誰かいませんかねー」


「柏木君かい」


 いきなり、自分の名を呼ぶ声が、後から聞こえて、びくっと体が震えた。それでもすぐ振り返って笑顔をつくって応答した。


「あ、どうも」


 ようやく見つけた他人がクラスメートだったのは都合が良かった。そいつは須永といって、話したことはほぼなく、それどころか誰かと話をしている姿を見ることもない、多くの人には不機嫌で、上品ぶった態度をとり集団に参加することを拒絶し、みなから背を向けて内心では嘲笑している、そう思われていた。孤立して非常に絡みづらい奴だった。

 生粋の純然たる…、まあそういうキャラの奴だった。


 さて、なんて切り出すかな。さすがに、自分が今朝からの記憶が無いとは言いたくなかったし、何といえばいいのかわからず、結果要領得ないことを言うことになった。


「今日は夕陽が一段と赤いよね。でも自分の見え方がいつもより過敏なのかもしれない。自分が世界で一人だったら、その区別はどうつければいいのだろう。誰かがいればそうだねとか、いや、いつも通りじゃんとか、いってもらえるけど。こういうの考えだすとちょっと怖くない?」


 僕の言葉は彼の気をひかなかったらしい。ノリツッコミの作法をしらないようだ。

まあ今はどうでもいい。


「ところで、須永は今日はどうしたの?」


「僕は実験のために学校に来たんだ。他に誰かに会ったか?」


こいつは常にこんな横柄な感じだったのを思い出した。まあいいけどね。


「いや、誰もいなくて」


「いるよ。7人いる。僕以外にこの校舎にね。」


 一番聞きたいことはなんで今日その7人以外誰もいなのということだが、そう聞いてこの上品ぶった口調で柏木君、君は頭おかしいのかい?とか言われたら、温厚な僕でも殴りたくなるし、傷つくので聞けないでいた。じっさいおかしくなった公算が高いのだが、認める勇気がない。やっぱ夢だろうか?


 仕方ないので困った顔をつくって須永の顔を見つめてみた。たいていの人は察してくれる。須永相手ではどうなるかわからなかった。


「君は何故ここに居るか分かっていないだろうね。君は自分の頭がおかしくなったと疑っているんだね。でも大丈夫。すべてわかりやすく説明してあげるよ。君はいわば学校で遭難したんだ。ほかの7人と共にね。そいつらと合流できるかどうかも保証はないがね」


一体何を言っているんだろう。下手なボケなのか、普段しゃべらない奴って、たまにしゃべるとこうだよな。一応ツッコミいれとくか。


「いや、おかしくなっているのはお前やん」


そういっても、二人の間の空気は変わらなかった。


「作り変えたのさ。危険なサバイバルができるようにね。君が気付いたら誰もいない教室にいたのと同じ力でね。柏木。君だって仮に何でもできる魔法の杖を拾ったらその力を試してみたくなるだろう。僕も試してみたのさ。僕には不愉快な敵がたくさんいたからそいつらに協力してもらっているんだ。その過程で何人か消してしまったけど、あれは不公平だったかな。」


 よく見たら奴の制服に黒いしみが見えた。血の匂いがした気がした。僕の危険察知のパトランプがキュインキュインしていきた。


 僕は何も言えないでいた。経験上こんな妄言を堂々と吐いている奴の機嫌を損ねるのは怖い。道徳や自己保身のリミッター外れた奴は無敵だ。攻撃対象にされたら終わる。僕は愛想よくニコニコしながら、抜け目なく武器になるものはないかなとポケットを探ったり、周りに目をさりげなく向けていた。おかしなことをするそぶりを見せたら、パイプ椅子をプロレスラーみたいに振り回して身を守る、もしくは出口にむかって全速力で走って逃げるか、の二択だ。


「僕は最高に幸運だよ。すべてを手にしたんだ。」


 彼の充足した表情をみて、こんな顔演技ではできない完全に狂っていると思った。底冷えする声だった。胃がキリキリしだして、背中に嫌な汗をかいていた。

 ふるえた足で一歩距離を離す。


 気付いたら、学校に誰もいなくて、ようやくひとり見つけたらそいつのおつむがオーバーヒートしていて、今にもナイフ振りかざしかねない様子になっている。僕はなにかの罰を受けているか?


 孤独が彼をこうしてしまったんだろうか?クラスメートを恨んでいるのだろうか。もう取り返しのつかない罪を犯してしまったのか?

 彼は孤立していたが、だからといって僕はなにも恨まれるようなことはしていない、僕もどちらかといえばクラス集団の中央よりは外縁に近い立場の人間であった、除け者どうしどうにかして分かり合えないだろうかと思って、言葉を探す。じつは僕も辛かったんだ…、わかるよ…、だとか。


 これは悪夢か。


 彼はふと、体を緊張させて、唇を一文字に閉じて強い意志を湛えた目をし、ナチスの敬礼のように手を上に突き出した。何か起こる予感がした。それと同時に電光と大きな音が体育館の中空に弾けた。


 自分たちの後ろ、体育館中央に黒い岩が隆起していた。これだけでも腰抜かしそうになるのに、よくみると黒い岩は生き物がうずくまったもので、もぞもぞ動き出そうと四肢を展開していた。


 化け物出しやがった!


 僕は目をひん剥いて化け物と須永を交互に見る。あまりの出来事に思考は止まってしまった。すると須永は顔を歪ませて忌々しそうに僕に唸る。


「お前はバカか? いまその怪物君が君を襲って殺そうと、うごきだそうとしているんだぞ。君は逃げなきゃだめだろう。それと仲間と合流して、怪物と対決したり逃げたりするんだ。戦う手段はないわけではないからな。ほらいけよ死ぬぞ。」


 僕は転びそうになりながらも、体育館を一目散に脱出した。須永の高笑いが聞こえてきた。全速力で廊下を越して本棟の階段あたりにきて、ようやく頭を働かせることができるようになった。

 どうする? どうする? と言いつつ玄関から外にでるつもりでいた。


 玄関から出ていいのか? そんな簡単にいくとは思えない。むしろ安易で危険な選択じゃないのだろうか。性格悪いあいつのことだから、待ち伏せとかありそうじゃないか。なんとなくそう思って一度立ち止まろうしたが、その前に何かとぶつかった。人だった。邪魔すんじゃねえと思い押しのけて行こうとしたが、相手の驚いたときの高い声を聴いて体が止まった。女。下級生。自分を覗き込む顔大きな目。


「だいじょうぶですか。柏木先輩」


 なぜだか安心してしまういい声だった。


「あ、はい」


 僕はこの人を知っているのだが、まじで動揺しすぎて名前が出てこない、記憶を辿れない。向こうは僕を覚えているようだった。

 状況に飲まれていた僕は口空けたまま何もしゃべれなかった。7人のうちの一人か?

 どうにか言葉を絞りす。


「追われている!!」


「何も追ってきてないですよ。大丈夫ですよ。」


「外に!」


「ダメです。ふさがれていてます。」


「僕の頭はおかしくなったのか?」


 今日一番の哀れな声が出てたと思う。


「学校がこうなったとき一人だったんですね?

 それならそう思うのも無理ないっすね。

 私のほかにも二人いるんで合流しましょう。」

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