7 天然で超絶ドジな三寿さんは嫌われている
天然でドジな女子は可愛い。そんなことを言う男性は多いという。
確かに程良いドジ度合いであれば、そうなのかも知れない。だが行き過ぎると――実害を被るようになる。
それでもなお、可愛げがあると言えるのか。笑顔で許すことができる人間がどのくらいいるだろうか。
俺のクラスメートの三寿さんは、まさしく行き過ぎたドジっ子だった。
★
バシャッ。
背中に冷たいものを感じて振り返ると、そこにはあわあわしている三寿さんがいた。
今は放課後。掃除当番だったので教室に残っていたのだが、もう一人の当番が彼女だと知った時点でこうなることは予想できていた。
まさかここまで派手にやらかされるとは思っていなかったけれども。
「うわっ、大丈夫!? やっちゃったぁ! 榊くん、濡れちゃったよね……!?」
バケツの水をぶちまけられた。
床に置いてあったことに気づかなかったのだろう。思い切り蹴り飛ばされたバケツが宙を舞い、見事に俺の頭にすっぽり被ってしまったのだ。
もちろん濡れたどころの話ではない。
頭から伝う汚れ混じりの水滴。
鼻が曲がりそうだ。込み上げてきた吐き気を呑み込み、俺はかぶりを振った。
「気にしなくていいよ。帰って洗えばいいだけだし」
「ごめんね、本当にごめんね!」
両手を合わせ、合唱のようなポーズで頭を下げる三寿さんは可愛い。
可愛いが、可愛いと思った次の瞬間にやらかすのが彼女だ。
「きゃあっ!」
どんがらがっしゃん、と、派手な音がした。
勉強机と共に倒れ込む三寿さん。俺に駆け寄ろうとして、こぼれたバケツの水で足を滑らせたらしい。
掃除どころかむしろぐちゃぐちゃだ。
俺と三寿さんは、揃って目を背けたくなるような姿になった。
だがまあ、いつものことである。
三寿さんは可愛いし、性格も天然そのものの愛されキャラだ。実際に入学してすぐは人気者だった。
しかし今となってはあまりのトラブルメーカーっぷりに、クラスでは距離を置かれていた。
度々「付き合ってくれ」と告白されたりもする彼女だが、恋人になった途端にフラれる。本当に秒でフラれる。でも、歴代彼氏たちに同情したくなるくらい、彼女のドジ体質がひどいのは事実。
俺だってこうして汚水を被った時には、少し恨みたくなったりもしてしまう。
――けれど。
「やり直しだね。……あたしがやっとくから、大丈夫だよ。ほんと、あたしってば情けないよね」
勉強机から体を引き剥がし、立ち上がった三寿さんの肩が縦に揺れ始める。
その揺れはわずかで、じっと見ていなければ見逃してしまう程度のもの。声一つない。呼吸一つ乱れていなかった。
だが、どんなに頑張っても、瞳に溜まりゆく涙だけは誤魔化せない。
だから俺は――彼女の肩に、そっと手を乗せた。
「無理しないでいいよ」と囁きかけながら。
俺にできることは少ない。それでも、少しでも三寿さんの心の救いになればいいな、と願った。
三寿さんが顔を俯け、そっと涙を拭う。
そして綺麗に綺麗に微笑んだ。
「榊くんは、優しいね。あたしなんか、迷惑でしかないでしょ?」
「そんなことない。だって三寿さんが悪いわけじゃないんだから」
「……ありがとう、榊くん」
――そのあと。
なんとか一緒に掃除を終わらせて、俺たちは二人で学校を出た。
その頃にはもう、外はすっかり暗かった。
★
ただのクラスメートでしかない三寿さんのためにここまでやるのは、おかしいのだろうか。
『どうして三寿さんと未だに連んでるんだよ』
『やめとけやめとけ、さすがにあれはキツすぎるって』
『榊くんすごいね。三寿っちとだけは付き合うの絶対無理だわ』
周りの人にかけられた、呆れ混じりの言葉を思い出す。
彼女と当番が一緒になろうものなら誰もが「用事があるから」と言って逃げ出す。そんな中で、彼女と普通に言葉を交わす俺は変わり者だ。
――だが、変わり者と後ろ指を差されたって構わない。
務めて明るく振る舞っても、ドジだというだけで嫌われる。
それはどんなに辛いだろう。避けられるのなんて、もはやイジメの域ではないか。泣きたくなって当然だ。
極度のドジでなければ、彼女は間違いなく人気者であり続けられただろうに。
入学当初、別にパッとしたところのない俺に真っ先に話しかけてくれたのは三寿さんだった。三寿さん目当てでなければ、他のクラスメートは誰も俺に寄り付いてこなかったと思う。
三寿さんの優しさのおかげで、俺の居場所はできた。なのに対照的に三寿さんの居場所は無くなっていった。
悔しくてたまらなかった。
確かに三寿さんと一緒にいると、災難に遭う。嫌がられても仕方がないかも知れない。けれども、その度に傷つく三寿さんの泣きそうな顔を見ていられない。見ていたくない。
ただの憐れみ故なのか、それ以上の感情によるものなのか。それはわからないけれど――笑顔でいてほしいと思うのだけは確かだ。
だから俺は、彼女の味方であろうと決めた。
たとえ、頭からバケツの水をかけられ、無駄に増やされた掃除を手伝わされようとも。
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