6 カリデ二ウム惑星調査撤退顛末記
輸送機の遠ざかる姿に、ドジを悟る。
見ればパワードスーツの足首が折れ曲がっていた。エラー信号は出ていたはずだが、戦闘中の混乱に見逃した。
次々に跳び乗った仲間が振り返り、声の限りに叫んでいるのが見えた。
「へへ」
どうやら、私は輸送機のチケットを買い損ねた。
跳躍機構はまったく作動しない。
後ろを振り返れば、クソウサギの群れがいる。
この惑星の探査・開発を諦めた原因だ。
コイツらに仲間は殺されたし、コイツらから逃げている。
輸送機からの呼びかけの声は大きくなるが、その分だけ遠ざかる。
どうしようもなくなった私は銃を構えた。
「敵討ちだ」
コイツらに殺された味方の。
あるいは、これから殺される私自身の。
※ ※ ※
惑星調査は当てれば一攫千金だけど、大抵はハズレクジを引く。
儲ける機会が少ないからこそ、統括開発機構はめちゃくちゃにケチだ。
輸送機を出してくれただけ太っ腹で、燃料はギリギリしか入れていない。
あれが戻って来ることはない。
「へへ」
ヘルメットが部分的に砕けた。
鋭い爪を持つクソウサギに破壊された。
お返しに鉛玉を食らわせる。
甲高い断末魔を、生身の鼓膜で聞いた。
頬を水滴が伝う。
汗か涙か、私にも分からない。
高層ビルにも見える建築物群は、クソウサギどもが造ったもので、どうやら決闘場らしい。
だからこそ、一度に一匹しかかかって来ない。
首に赤い布を巻いたウサギが、偽ビルを足場に縦横無尽の軌跡を描く。
速すぎてほとんど線にしか見えない。
脳の処理速度が足りない。
深く、速く呼吸する。
砂っぽい味がした。
成分として安全だと保証されてはいるけど、未開惑星の呼吸は気分が良くない。
「!」
反射的に上げた右腕がもがれた。機械製のそれが外れた。
生身部分は無事だが戦慄する。
その黒っぽい爪、何で出来てんだよ。
歓喜の声を上げながらウサギが突貫した。
機械製の左腕で乱射するけど、当然のように避けられる。
ツバを撒き散らし噛みつかれる直前、その口に銃を突き入れた。
生身の右手で持ったそれは、本来なら自決用だ。
「貴重品だ!」
一発しかない銃弾が、クソウサギの頭部を砕いた。
同時に、私の一番安楽な終わり方も消えた。
※ ※ ※
「へへ……」
人間、案外やれるらしい。
まだ生きてる。
まだ、呼吸をしている。
口と鼻からは勝手に血が流れた。
なんでまだ戦ってんだ?
疑問に思いながらも、重りでしかない装備を外す。
動力を左腕の機構に集中させる。
左腕の射出ワイヤーで移動しつつ、落下途中で銃を持ち替え発砲した。
当たらないが牽制にはなった。
向こうはこっちの倍の速度で移動している。
好き勝手をやらせたらすぐに詰みだ。
「そっか……」
諦めない理由に気づく。
私は部隊の中では末っ子のような立場にいた。
最後の最後、ドジの後始末くらいは自分でしてやる――どうやら、そんなプライドがあった。
末っ子の意地だ。
螺旋を描くような敵の移動。
大きく脚を振り回した蹴撃が突き刺さった。
防げたのは偶然だ。
とっさに構えた銃が嫌な音を出した。
衝撃を殺しきれず吹き飛ばされ、背中を打ち据え、血を吐く私を見て、クソウサギは嘲笑するかのように鳴いた。
どうにか、起き上がる。
光点が、わずかに空に見えた。
遠く飛び立った輸送機の噴射光だ。
「……リアン、どうか、無事で」
すぐ上の兄のような人の安全を祈りつつ、近づくウサギを睨む。
銃は、ひしゃげた。
後は左腕一本でやるしかない。
「?」
音が、した。
疑問を浮かべたのはウサギも私も同様で、先に私が気がついた。
光点が、大きくなっていた。
輸送船が、接近していた。
私の名前を怒鳴る声が聞こえた。
ガチで怒ってるときの、リアンの声だ。
同時に輸送機から何かが飛び出した。
その人は左腕ワイヤーを伸ばしながら、自由落下も同然の降下をした。
「なんで!?」
というより、どうやって!?
燃料はギリギリで――
「 っ!!」
エンジン音に負けないように叫んでいる。
わたしはヨタヨタと接近し、手を伸ばす。
気付いたウサギが急接近するけど、もう遅い。
私は左腕の射出ワイヤーを空へと向け、発動させる。
外れた。
思わず「え」と呟く。射撃姿勢を保てず足を滑らせていた。
リアンの手から届く範囲に行かない。
瞬間的に絶望した私と違い、リアンは右腕の射出ワイヤーを作動させていた。
それは、明後日の方向へと行くワイヤーに絡みつき、すぐにピンと張り詰めさせた。
「わ!?」
左腕ごと引っ張られ、宙を跳ぶ。
肩が外れるんじゃないかって勢いで跳び、リアンに衝突する。
「この、馬鹿ッ!」
二度と聞けなかったはずの声を、聞いた。
鼓膜の震えが体にまで伝わった。
見ればリアンの体に、機械機構はほとんど無かった。
飛行パイロットのこめかみに銃を突きつけているリーダーもそうだ。
軽くしたんだ、と気づく。
全員で軽量化をして、引き返せるだけの燃料的余裕を作った。
「生きて帰るぞ」
「あ……」
何も言えず、顔を埋めた。
頬を濡らすのは、汗じゃなかった。
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