15 天崎悠は道化師《ボディガード》
「砂糖持ってきたよー!」
私立
軽快な足音と共に
「悠ちゃん走ったら危な――!!」
同じ調理実習班の
春香の声に、クラスの全員が悠に注目し――その痛い一瞬に目を逸らした。
「またやってるよ天崎」
「ほんとドジだな」
「悠ちゃん大丈夫!!??」
揶揄や軽蔑の声が囁かれる中、春香は悠に駆け寄る。他の女子も数名、心配した顔で悠を覗き込む。
「あはは、平気平気。それよりも、これじゃあクッキー作れないね。ごめんね……」
「それよりも、怪我してない?」
悠は立ち上がって粉を払い落しながら身だしなみを整える。
「うん、大丈夫。どこも怪我してないよ。砂糖は他の班から少し分けてもらおう。ねえちょっとー!」
「あ、悠ちゃん!?」
髪の毛に白い粉を付けたまま他の班に声を掛けに行った悠の背中を見送る。
「小野江さん、あの子と一緒にいて大変じゃない?」
「そうそう、今日だけでなく入学してきてから一日に何かしらやらかしてる、転生のドジ」
砂糖を待っている間同じ班の女子が春香に話しかけてくる。
「でも、一緒にいて面白いかな。少なくとも、ずっと家にいるよりは」
「なにそれウケル」
「小野江さんって実は引きこもりだったの?」
「砂糖貰ってきたよー! なになに?何の話?」
「天崎ってドジだよねって話」
「ご名答!」
一時的に抜けていた教師が戻ってきた。
「ちょ、何ですかこの床は!!??」
「しまった。砂糖貰うより掃除が先だった」
「また貴女ですか、天崎さん」
「ごめんなさーい、今片づけまーす」
× × ×
一日の授業が終わって悠と春香は帰路につく。
街路樹の桜は花が散り、緑色の葉を見せている。
「本当にもう、今日も一日ひやひやしたよ。転んで砂糖は溢すし、バトミントンはラケットごと飛ばすし」
「私ってドジだからさ~」
「もう、いつもそればっか。ドジって治らないのかな?」
「」
悠は春香の前をうしろ向きに歩く。
呑気に笑う悠に春香は苦笑いを返す。
「そうだ!これからクレープ屋さん行こうよ! 確か今日はクレープの日で安くなっているはずだよ!」
身体は前を、顔は春香をみながら悠は突如駆け出した。
突然の出来事に人は直ぐ反応することは出来ない。春香がそれを理解したとき、声を出すのが精一杯だった。
「悠ちゃん!! 前!!」
赤を示す横断歩道。鳴り響くトラックのクラクション。悠の身体は今日二度目の宙にまうこととなった。
「悠ちゃん!!??」
調理室のときよりも戦慄にそれは発せられた。
× × ×
目を覚ますと見慣れた病院の天井だった。
ベッドの傍らで春香が目を赤く晴らして私を覗き込む。
「無事で良かった……」
「心配させてごめんね」
憂いから嬉し涙に目を赤くする春香の頭を撫でていると医者がやってきた。
奇跡的に軽傷。今日一日は様子をみて問題なければ明日には帰って良いと言われた。
奇跡的に、ね。
医者が出ていったあとは春香と他愛ない会話をして、春香の迎えが来るのを待った。
「じゃあね、悠ちゃん。また明日」
「うん、また明日」
閉じられた病室の扉を暫く見つめてから、私はそっとベッドから抜け出し春香の後を密かに着いていく。迎えの人は小野江家の正規の人間だから大丈夫だろうが、念のためだ。
小野江春香は命を狙われている。
今日は砂糖に見せかけてタリウムが用意されていた。バトミントンでラケットを飛ばしたのは銃弾を春香に当てさせない為。
けれど。
私が依頼主から聞かされているのは学校にいる間だけ。トラックの件はただの偶然だろうか――?
右目に手をあててみる。今は何も視えない。
ほんの少しの未来を視ることが出来るこの眼。それもあって私は春香のボディガードに抜擢された。
あのトラックは、あのまま左折をしていれば最中に荷台が崩れ鉄棒が春香に刺さっていた。その未来を回避するために私は自らトラックに突っ込んでいった。軽傷なのは撥ねられる寸前に受け身をとっているからだ。
無事に車に乗り込む春香を遠くから見守る。
「ごめんね、春香」
あなたの不安を拭うことは出来ない。
でも、あなたに振りかかる災難は全て私が拭うから。
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