19 優秀とポンコツの卵

 私が魔女の卵である証。空を飛ぶための箒を、私は絶対に持ち歩く。

 飛べない魔女は魔女じゃないから。


「げ」


 買い物にきて早々、声を掛けられ顔をしかめた。会いたくなかった。


「えぇ、ひどーい。偶然の出会いを喜ぼうよぉ」

「私は全然嬉しくないの! あんたといたらロクな目に合わないし!」


 習得魔法が多いと噂の赤髪の魔女──赤魔女に同じく師事したライバル。だなんて思いたくもない。

 リナとはたまたま弟子入り志願が近かっただけ。


「ねえ、お腹空かない? お昼一緒に食べようよぉ」

「……財布は持ってきたの? 箒は?」

「え? あ〜〜、忘れちゃった!」

「これ何回目? 箒忘れるなんて、魔女の卵って誇りはないの?」

 

 それだけでこのポンコツとよく組まされた。

 今もこんなに溜息を吐いてるのに、隣に並ぶの、どんな心臓なの。



 結局、鳴り続ける腹の音が気になりすぎて、食堂でパンとシチューを買い与えた。

 予想通りというか、真っ先にシチューを服にこぼしてる。


「魔女が汚い格好してたら格好悪いでしょ」

「ホントだぁ、大丈夫、ぱぱっと魔法で水洗いして乾かしちゃえば」


 止める間もなく、魔法文字を宙に描く。

 コップ一杯の水を出す魔法──あ、スペル間違って──。


 ばしゃぁあん


 激しい水音とともに頭から水を被った。

 床にできた水溜りには、疲れた自分の顔が映っている。うん、予想通り。


「だぁかーらぁ、なんでこんなとこ「──君たち。どうしてくれるんだ?」


 文句を遮られ振り向くと、険しい顔の店主が仁王立ちしてる。っと、これは予想外。


「一体どこの卵だ……っと、その箒は赤魔女か。苦情は入れるからな。ほら、そっちの嬢ちゃんは」

「すみません。箒、忘れちゃって」

「はあ? 魔女の卵が忘れるわけないだろうが」


 座っていたテーブル周りは水浸し。他の客への被害がなかったことは救いだけど、店主の怒りはごもっとも。


「本当にごめんなさい。この子失敗ばかりで。箒もよく忘れるんです」

「……箒を? 大丈夫かこの子。いや俺の知ったこっちゃないか。所属は?」

「すみません、私と同じ、赤魔女です」


 他人の失敗で頭を下げるのは慣れっこだ。よくあることだし。

 と思っていたら当の本人が待ったをかけた。


「わあん、マーヤちゃん何も悪くないから謝らないでー! 全部私が悪いんだよ。箒だって今呼んでくる!」


 店の外に飛び出して行ったリナを追いかけると、空に向かって真っ直ぐに人差し指を立てた。

 ──その指で描くは、見慣れない模様。嫌な予感がした。


「おおーい! 私の箒ー! こっちだよぉー!」


 どうしてポンコツなリナと比べられて嫌なのか。

 リナの家の方角から飛んでくる箒を眺めながら、視界から色が消える。


 悔しいのは、私よりも実力があるってこと。


「箒を忘れるのはさすがに駄目だなぁって思って、呼んだら飛んでくるようにしたんだぁ。マーヤちゃんにもいっぱい言われたしね。すみませんでした、赤魔女所属のリナです」


 最後は店主に向かって深々とお辞儀した。

 失敗ばかりのリナが、どうしようもなく輝いて見えてしまう。


 魔女は、はるか昔に作られた魔法文字を覚えて、魔法を使った。

 新しく魔法を作ろうとする魔女はごく少数の変わり者で、そんな変わり者たちは長年を費やして一つの魔法文字を考え出す。

 それが、ふつう。


「……あんた、また新しいの作ったの?」

「へへ。少しでもマーヤちゃんに近づきたくて、私も頑張ってるんだよぉ。いつまでも迷惑ばかりかけてられないし!」


 失敗ばかりのポンコツで、一緒にいるとロクな目に合わない。

 そんな彼女は、私を軽々と超えていく。


「箒は忘れるし! 文字は間違ってる! それなのにどうして、あんたの方が上なのよ!」

「えへへ。私いつもうっかりしちゃって。マーヤちゃんはしっかりしててすごいなあって思ってるんだよ。一度教えてもらった魔法は忘れないもんねぇ」

「いい加減なあんたとは違うの! あんたはちゃんと覚えなさいよ!」


 でも知ってる。自分で作った文字は忘れないの。


「ええ、泣かないでよぉ。マーヤちゃんが泣いたら悲しいもん。ほらこれ使って」

「泣いてない!」


 差し出されたハンカチをひったくって、溢れそうになる涙を拭き取った。

 優しいことも知ってる。理不尽に怒っている自覚はあるけど、怒り返されたことはない。

 なんであんたまで泣きそうになってるのよ。


 それがまた悔しくて、絶対負けたくないとハンカチを握りしめた──んん?


 渡された白色の、分厚いハンカチ。それがふと気になって、ぴらりと広げる。


「ねえ! これ、靴下じゃん!」

「あれえ? 間違えちゃった」

「これで顔拭いちゃったじゃん!」

「ごめーん、でもちゃんと洗ってあるよ。わわ、そんなに怒らなくたって。わかったわかった、今度は間違えないように、靴下はポケットに入らなくなる魔法作るからぁ」

「そーゆーことじゃないし、そーゆーところだから!」


 いつの間にか、涙は綺麗さっぱり引っ込んでいた。

 ホントこんなのがライバルなんてやってらんないってば。

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