18 ドジっ子殺し屋ドジソンちゃん

「ドジソンちゃん、仕事にはもう慣れた?」

 部長の玲子れいこに問われ、ドジソンはビクッと肩を震わす。

「は、はいぃ。慣れたくないけど、慣れましたぁ」

 そう、と玲子はほほえんだ。

「今日は新人さんに見学してもらうから。いつもどおりお願いね……のお仕事」



 土美野どみのドジソンは派遣会社まごころ特殊営業部に所属する「殺し屋」だった。

 なりたくてなったわけではない。物心ついた瞬間からドジで、高校受験も就職も失敗。最後に受けたのがまごころで、面接官をしていた玲子に「あなた、殺し屋としてうちで働かない?」とスカウトされた。

「こ、殺し屋なんて無理ですぅ。私、すっごいドジですからぁ」

「ドジソンちゃんなら大丈夫よ」

 玲子の言葉通り、ドジソンは一ヶ月で成績トップになった。

 特別なことは何もしていない。気づいたら人が死んでいる。



辺馬へまです。本日はよろしくお願いします」

「こ、こちらこそですぅ」

 新人の辺馬と現地で合流し、挨拶を済ませる。

 辺馬は中途採用の男性で、ドジソンより少し年上。前職は会社員だったそうで、ビジネススーツが様になっている。平日昼間の街中でも違和感がない。

「"仕事"を始める前に、お聞きしたいのですが」

「な、何ですかぁ?」

 辺馬はいぶかしげに、ドジソンを見た。

「どうして学生服なんですか? 変装指定はなかったはずですが」

「ふぇ?」

 ドジソンは視線を落とし、赤面する。彼女もビジネススーツを選んだつもりが、着ていたのは中学時代の制服だった。

「ふえぇぇ?! 何で?! うっかり着ないよう、押入れの奥に仕舞ったはずなのに!」

「うっかり着ることがあるんですか?」

 恥ずかしい。そしてマズい。平日昼間の街中でスーツの男と学生服の女の組み合わせは、非常に目立つ。

 案の定、パトロール中の巡査が怖い顔で近づいてきた。

「君、こんな昼間に学生を連れ回しているのか? どういう関係だ?」

「いや、俺は……」

 巡査は辺馬を怪しんでいる。ドジソンのドジのせいだ。辺馬は完璧に会社員に成りきっていたのに。

 ドジソンは慌てて、偽造の免許証を巡査に差し出した。

「私、学生じゃありません! うっかり、昔の制服を着てきちゃっただけで……とにかく、見てください!」

 巡査は疑いの目で、免許証を受け取る。直後、

「ウッ」

 と胸を押さえ、倒れた。周囲から悲鳴が上がる。

「え? え?」

 ドジソンは何が起こったのか分からず、呆然とする。

 辺馬がグローブをはめ、免許証を拾う。小さなルーペを使い、表面を調べた。

「この免許証、"ハリネズミ"ですね。さすがです、先輩。こいつ、営業先ターゲットの一人でしたよね?」

「ふえ?! そうなの?」

 ハリネズミとは、社内用語で「毒針」を表す。

 巡査が触れた、偽造免許証の下半分……そこには肉眼では見えない、極小の毒針が産毛のごとくビッシリと生えていた。会社から支給された暗殺道具の一つで、触れればたちまち死に至る。それをドジソンは、うっかり巡査へ差し出したのだ。

 辺馬は尊敬の眼差しで、ドジソンを見ている。周りは、二人が巡査を介抱していると思っているらしく、心配そうに見守るばかりで誰も通報しようとしない。

 何が起こったのか理解した瞬間、ドジソンは「ぶぇぇぇっ!」と大粒の涙を流した。

「私……私……またドジやっちゃいましたぁぁぁぁぁ!」



 ドジソンはターゲットを殺す、殺し屋だった。

 うっかり仕事に最適な変装をし、うっかり暗殺道具をそろえ、うっかり殺す。ドジソンには殺す気がないので、どんなに警戒している相手にも気取られない。ドジソンにはどうすることもできず、殺したくないと思えば思うほど、ドジって殺してしまう。

 玲子はそのことにいち早く気づき、スカウトした。予想は的中し、ドジソンは今や会社になくてはならないドジっ子になった。



 後の処理は会社に任せ、ドジソンと辺馬は移動する。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私のせいで、とんだご迷惑を!」

「いえ。むしろ、勉強になりました」

「今すぐ着替えてきます! もうドジはしません! 先に現場で待っててください!」

 着替えて戻ってきたドジソンは、可愛らしいミケ猫耳メイドさんになっていた。

「そういえば次の営業先、アキバでしたね。俺も着替えてこようかな」

「ふぇぇ?! また間違えちゃいましたぁぁぁ!!!」

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