21 お姉ちゃんは、愛され天使

 あたしには4歳上のお姉ちゃんがいる。あたしが3歳の時、パパが今のママと再婚してできた。美人で性格が良くて、でもすごく抜けている。

 抜けエピソードはたくさん。寝癖のまま登校しかけるのは毎朝で、服を後ろ前に着たりもする。高校受験で受験票を忘れて行ったのが一番大きい。パニックになるママを置いて、あたしが走って届けたんだ。その日の夕飯はあたしの好きなオムライスだった。

 大学生になったら落ち着くだろうと思っていた。でも単に成人した困ったさん。「ゆずちゃん、ゆずちゃん」と頼ってきて、あたしの方が姉だって思われる。親戚一同は「ゆずちゃんがしっかりしていてよかった」って言うけど、別にしっかりしたいわけじゃない。

 でもお姉ちゃんは、努力はしている。実らないだけ。皆それを理解しているから、数々のやらかしを「しかたないね」で済ませてくれる。美人って得だなと思う。それにお姉ちゃんは性格もいいから、毎度気の毒になるくらい反省する。怒れないよね。

 遊びに来たお姉ちゃんの友だちが以前言っていた。


「あいなはホント愛され系だよね。美人なのにドジっ子とか、むしろ完璧か。性格も裏がなくて天使過ぎるし。見ていて癒やされる」


 あたしは「そうですね」って返事をした。


 時々羨ましく思う。「しっかりしている」あたしとは違い、お姉ちゃんはいろいろ許されて。きっとあたしがお姉ちゃんと同じことをしたら怒られる。でもそう思う自分が嫌だ。ずっともやもやとそう考えて、割り切れない気持ちがある。

 あたしはお姉ちゃんみたいに綺麗じゃない。パパに似たし、ママの美人遺伝子もないから未来は暗い。成績だって特別いいわけじゃない。

 お姉ちゃんは高校の第一志望を逃し滑り止めへ入学した。試験のマークシートをズレて塗りつぶしたらしい。その、入学して去年卒業した学校が今のあたしの第一志望。

 あたしは制服のお下がりもらえるからそこにするって言った。実際はドジっ子なお姉ちゃんよりバカだって知られたくないだけ。しっかり者って評判なのに頭悪いって思われたくないだけ。

 ほら、性格まであたしのが悪い。


「ゆずちゃん、なにか手伝う?」

「いい」

「お弁当持った? あっ、寒いからカイロとか!」

「両方持った。ちゃんと受験票もある。心配しないで」


 あたしの受験日。お姉ちゃんがあたしより慌てて右往左往している。涼しい顔でバッグの中身を確認しているあたしは吐きそうな気分。内申は問題ない。過去問も夢に出るくらい解いた。この一年の成績はまずまず。できることはした。

 落ちたらどうしよう。ずっとそう考えている。でもそれを口に出したら、ママもお姉ちゃんも大騒ぎする。パパが車をアイドリングしながら家の前で待っていた。靴を履いて外へ出る。


「フレー、フレー、ゆーずーちゃん!」


 車へ乗り込むとき、お姉ちゃんが挙動不審な動作で言った。ママが真似した。近所迷惑になるからやめてよと小声で言って、あたしはドアを閉めた。


「ゆずー。緊張すんなー」

「してないよ」

「うそつけ。ぶっさいくな顔になってる」

「パパ似だからしかたないじゃん」

「そうか、そりゃ世界で一番かわいいな」


 あたしは黙った。交差点の信号で停車しウィンカーがカチカチ鳴る。前を向いたままパパがぼそりと言った。


「ゆずが努力してきたことは、俺もママも、あいなも知ってる。大丈夫だ。自信持って行って来い」


 ぽろっと涙が出た。びっくりした。慌てて外を見たけどバレたみたいで、パパはあたしの頭をぐしゃぐしゃした。


 そして、試験。国語、数学。お昼を挟んで理科、社会。マークシートは都度確認。お弁当はあたしの好きなちいかわのうさぎキャラ弁だった。美味しかった。ざくっとした自己採点では大丈夫。でも不安で。……不安でしかたがない。あたしは言葉なく外へ出た。


「――ゆずちゃん!」


 校門で声をかけられる。お姉ちゃんだ。髪の毛がマフラーに巻き込まれてすごいことになっている。挙動不審で「ど、どうだった⁉」と尋ねて来る。


「まあまあ」

「やったー!」


 もう合格したような喜び方。あたしは慌ててそれを止めた。なんで来たの、と聞く。


「だってゆずちゃん、不安そうだったから。じっとしていられなくて」


 はっとした。バレてたんだ。まさかお姉ちゃんに心配されるなんて。


「ねえゆずちゃん。パフェ食べに行こう? 打ち上げ!」

「ええ? こんな寒い日に?」

「行こーう!」


 手を引かれたら、いっしょにこけた。お姉ちゃんは真っ青な顔で「ご、ごめん、ごめん!」と言った。


 あたしはびっくりして、脱力して笑った。ちょっと涙が出た。


「……じゃあ、行こう。パフェ食べに」


 ――なんか、すっきりした。心配してもしかたない。


 お姉ちゃんは泣き顔で頷き立った。


 風が冷たい。あたしはがんばった。お姉ちゃんは相変わらず愛され系ドジっ子天使だ。

 そして――なんだかんだあたしも大好きなんだと思う。お姉ちゃんのこと。


 何パフェにするか話しながら、二人で駅まで歩いた。

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