22 天帝の顔もN度まで ―ドジっ子アイドル爆誕秘話―

「はわわっ、ボクまた世界を滅ぼしちゃいましたっ!?」


 昔の下界のマンガみたいにチリチリになった頭髪からプスプスと煙を立ち上らせ、顔をススだらけにして半ベソで泣きついてきたのは天帝第三皇女のエレフセリア、通称エレア。

 いや、このチンチクリンが俺と同じ神族? ガッデム、冗談キツイだろ。


「またかよ! 毎回毎回修復するこっちの身にもなれ!」

「ふぇっ、だってぇ、ボクはボクなりにぃ……」


 涙目で言い訳を並べ立てようとするエレアの口元にかすみを突っ込んで黙らせ、俺はやれやれと腰を上げて天界の雲から下界を覗き込む。眼下に浮かぶ無数の泡宇宙の中、これまたマンガみたいにモクモクと煙を上げる一つの地球がイヤでも目についた。

 今度は何をしやがったんだ、コイツ。まあ、あらかた想像はつくが。


「もがっふごっ……。こほんこほん、あのねっ、ボクはボクなりに担当の世界をよくしようとしたんだもんっ」

「どーせ魔王討伐に過剰戦力の宇宙艦隊を別世界から送り込もうとしたとかだろ」

「それは前のやつぅ! 違うもん、今回は一級魔導師を未開世界に転生させて内政改革させようとしたのっ」

「そんで何をどーしたら惑星ごと爆発するんだ?」

「そんなのボクに聞かないでよっ、人間の考えることなんてボクに分かるわけないじゃんっ」

「開き直んなダメ女神が。人間の祈りに耳を傾けて救済をもたらすのが俺らの仕事だろーが」


 呆れて溜息をつく俺と、「だってぇ……」とまだ何か言いたげなエレア。

 このダメダメのドジっ子が仮にも転移転生主任として下界への干渉権限を与えられているのは、ひとえにコイツが天帝の実の娘だからに他ならない。血統で地位の決まる社会はロクなことがないって、神族おれたちも下界から学ぶべきじゃないのか。


「ちっ、とりあえずセーブポイントを辿って復元するか……」


 俺はエレアに滅ぼされた可哀想な世界を一瞥いちべつすると、天界サーバーの大容量記憶装置アカシックレコードから引き出したバックアップデータを慎重に上書きする。

 一人の転生魔導師を発端として地球全土を巻き込み遂には大量破壊魔法の撃ち合いに至った魔導大戦の歴史は綺麗サッパリ無かったことになり、復元された幾千万の人々は何事もなかったように未開な封建世界の暮らしを再開し始めた。これにて一件落着、めでたしめでたし。


「これでお前に貸し六つな。終末までには返せよ」

「ふえぇ……しいよぉ……」


 ――しかし、今回に限っては、それで済まなかったようで。


「ちょいちょい、エレたん。キミ、ちょーっとヤリ過ぎじゃのう」


 突如、直視不可な後光を纏って俺達の前に来臨したのは、エレアの父にして世界全ての父である天帝そのひと

 条件反射でひざまずいた俺に「お疲れちゃん」と適当なありがたい労いの言葉をくれながら、天帝は愛娘に厳しい視線を向けたらしかった。らしかった、というのは俺にはその姿は眩しくて見えないからであり、かたや傍らのエレアはビクゥっと小さな肩を震え上がらせたからである。


「どうもワシ、キミを甘やかしすぎてたわ」

「ふぇっ、ごめんなさいっお父様ぁ、次はちゃんとやるからぁ……」

「今のままで『次』をやらせたらその世界の人類にメーワクじゃわい。ってことでキミ、しばらく下界に研修でも行っといで。神様命令ねコレ」

「ふぇええっ、ボクが下界にぃ!?」

(そんな、かぐや姫じゃあるまいし……)


 ボソッと心の中でツッコミながら、俺はちょっとこの天帝おっさんを見直していた。

 ただの親バカかと思ってたら案外、厳しい所もあるじゃんか。まあ、これでも大昔は増長した人類を洪水で懲らしめたり、イキった人類の高層建築を見せしめにぶっ壊したりしてたひとだしな……。


「あっえっ、でもでもっ、ボク一体何をしたらっ」

「流行りの偶像アイドルでもやってくればええわい。祈りを受け止めることの意味がちょっとは分かるようになるじゃろ」

ばぶっひぇぇ!?」


 そうこう言っている内にエレアは赤ん坊の姿に戻され、星の舟に乗せられてもう下界へ放り出されていた。世界を六日で作ったひとだけあって仕事が早い。


ばーぶぶばーっぶおーまいごーっど!」


 泡宇宙の一つへ流星と化して堕天おちていく幼馴染の光跡を見やり、俺が「あーあ……」と同情の呻きを漏らしていると、そこへ天帝おっさんの年甲斐もなくウキウキした声。


可愛かわゆいエレたんが下界でアイドルとか、これもうチートじゃのう。誰もが目を奪われてく一番星の生まれ変わりじゃのう」

「そんな、マンガじゃねーんですから……」

「『昔の下界のマンガみたいに』とか言ってるキミに言われたくないわい」


 さっすが全知全能、モノローグまでお見通しでやが……いらっしゃる。ヤバイな、親バカとか思ってたのも筒抜けか?


「心配ならキミがついてってプロデューサーやってくれてもいいんじゃよ?」

「丁重にお断りしまっす」


 その後、とある世界でドジっ子ジュニアアイドルとして頭角を現したエレアは、なんやかんやあって戦争をも止める歌姫として一世を風靡するとかしないとか……その行く末は神のみぞ知る話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る