23 「 」に紡ぐ物語

 運命に、見放されたやつが、いるとしよう。

 今の今まで、何とか、生きてきたとしよう。

 結果出来上がる偶像が『ドジっ子』とかいう無責任で可愛い言葉で飾りたてられている。


 ──それが限りなく不快だ。

 運が無い。ッてのはもっと残酷なモノだ。


 …………残酷なんだよ。




 強烈な不快感は、俺が青木スミレドジっ子を極端に避ける理由となった。

 だが、高校の同じクラスで、一年丸々逃げおおせることなど無理な話。11月。とある日の放課後についぞ捕まった。


「避ける理由。私に原因があるなら直すから。お願い教えて」


 へらへらとした誤魔化しは通じず、思わず目を背けた。

 青木の大きな瞳はすごく暗かった。


 俺のことを相手がどう思うのか。

 向き合う覚悟なんてできてなかった。

 逃げ切ろうとしてた。

 我ながら酷い奴だと、胸の中がずきりと軋む。


 もう往生際悪く逃げようかなって、アホなことを考えたけど。


 夕日に萌える窓。その縁を背にする青木。

 延びる、長く黒い影に縛られたように、俺の足は動かない。



 ──悪いとは、思ってたんだ。



 覚悟を決めよう。

 俺は深呼吸して青木の目を見る。


「ごめん青木。原因はあるけど、。でも青木のせいじゃない」

 青木は明確に傷ついた表情になる。俺はテンパって二の句を──。


「まって青木のせいじゃない!」


 青木の眉がゆがんで、目尻から大粒の涙が零れる。

 俺は無言で狼狽した。


 暗い瞳の奥に滲んだ、怒りのほのおを感じた。


 その迫力に押し黙る。

 青木は震える声で告げた。


「意味わからん理由だったら、許さない」



 *



 青木と向かい合って座った。

 俺は『商売道具』をデッキケースから取り出す。


「何?早くやって。『人の運命が見える』んでしょ」

 明確に苛立った態度で青木は腕を組み、ため息をつく。バカバカしそうに。


 ──まあ、当然の態度だ。信じるわけがない。


 自分のことを徹底的に避ける不快な奴から

「運命が見える。お前はいい奴なのに不幸。不幸を安易に笑える風潮が無理なので避けてた」

 とか突然言われたらムカつくだけだし。

 ああ、絶対に頭おかしいと思われたろうな。


 実際。「……じゃ、サヨナラ」と肩で風を切り、青木は教室を去ろうとした。

 それを何とか引き留めた形だ。土下座で謝罪して。


 しかし仮に『本当に運命が見える』ことを証明したとて、青木にとって俺は嫌な奴でしかないだろうな。

 まあ『頭のおかしなやつ』で終わるよりかは、互いにマシだろうと思う。そう信じたいけど、自己保身でしかない気もする。



 俺は25枚のカードデッキを切って、青木と自分の間に置く。

 撫でるようにデッキを払い、机の上に散らした。ぐしゃぐしゃに。上下もバラバラで。それでもって、表裏だけは裏に統一して。

 ──カードひとつひとつに、を込めて。



「さて……まずは5歳そこらの記憶を想い出して。朧気でもいい。そしたら3枚選んで表にして」


 ふん。と鼻を軽く鳴らし、青木はカードを選び始めた。



 *


 運命が見える。正確には魂の色が見える。

 青木の魂の色は不幸で染まってて、ドジは不幸の片鱗に過ぎない。

 それを裏付ける結果となり、胸が痛んだ。


 選ばれた『ルーン』カード。組み合わせ・文字の向きの全てを見て息をのんだ。

 そして壮絶な過去について大雑把に言い当てられるたび、青木は驚きつつも納得し、態度を軟化させていった。

 後半は最早楽しんでいるように見えたが……内心どんな気持ちで聞いてるんだろな。

 不意に、青木の普段の明るい言動が脳裏によぎって悲しくなる。


 わかってたけど、青木は気のいい奴だ。


 だから、『ドジっ子』という言葉は嫌いなんだ。

 で人は死ぬのに。


 ──青木の両親は強盗に刺殺されていた。

 青木自身もその時に刺され、生死を彷徨さまよった。



 *



「」ブランクルーンにする」

「……えぇ?」


 「」ブランクルーン。何も書かれていない、空白のルーン。

 運命や宿命をつかさどる。つまりは"どうしようもないもの"を表す。

 不幸な青木とは相性は最悪で、縁起が悪い。そう説明したのに。


「運命に屈する人生って、見るからにつまらないし。だから……」

 彼女はボールペンを取り出し、まっさらなカードに何かを書いた。


「返す。私が持つと縁起が悪いし、持っててよ」

 カードを俺に渡し、青木は晴れやかな表情で立ち上がり、カバンを肩にかける。


「同窓会とか、たぶん大人になったらやるじゃん。その時に答え合わせしよう!

 私の書いた夢が叶ったか!」

「ぁ……うん」


 今まで信じていたものが揺らいでいた。

 運命ってのは絶対的なもので、人はそれに翻弄されるもんだと思ってた。


 だけど彼女にとっては違う。そう、見えてしまう。

 青木がみんなに好かれる理由が分かった気がした。


「決まりだね!それじゃ、また明s──────ぎゃぁああああ!!!?」

 さわやかで明るい笑顔を浮かべ、青木は踵を返したはずだった。

 だが。

 その時、カバンのひもが机の角に引っ掛かり、盛大に転んだ彼女は周囲全てをも倒壊させた。



 なんだか、生まれて初めて、人のドジにちょっと笑えた。

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