24 ドジな私のやり返し

 小学校からの帰り道、ずってんと転んだ私に悠大くんは眉をひそめた。


「またかよ、まったく」


 言いながらも、私に手を伸ばしてくれる。

 どんくさい私は、恥ずかしくて消えたくて。

 マフラーで隠した口元から、白息がたなびいた。


「あ、ありがと」

「ったく、おいドジ! 気をつけろよなっ」


 ランドセルを背負い直し、こくんと頷く。

 胸はちくっとした。

 隣の家に住む悠大くんは、同い年で、幼稚園からの幼なじみ。

 小学校にあがってからは、悠大くんは男の子の輪に入ることが増え、別々に過ごすことが多くなった。でもたまに帰り道が一緒になると、こうして色々助けてくれる。


 ――しょうがねぇな。


 口を尖らせて助けてくれる悠大くんは、優しくて、背が高くて、うんと年上のお兄さんに見えたんだ。

 でも、最近、なんだか言い方がきついよ。


「……別に、ドジじゃないし」


 言い返すと、悠大くんは口を斜めにした。


「はぁ? ドジはドジだろ。転んでばっかりだし」

「転んでないよ。今日は初めて」

「……そこまで転ばねんだよ、フツウはな」


 そう、なんだよね。

 もう小学3年生で、先生にも『来年からはお姉さん』って言われてる。

 やっぱり、私がぜんぶ悪い。

 2人で言い合っている内に、私達は家への分かれ道についた。


「じゃあ、気をつけてな」

「悠大くんもね。さっき、ありがと」


 私が手を振ると、悠大くんはさっと顔をそむける。


「うっせ。さっさと帰れ」


 ええ!?

 ……また、これなのだ。

 近ごろ、悠大くん、優しかったり、そっけなかったり、よく分からない。


「……なんだろう?」


 首を傾げながら家に帰って、私ははたと気づいた。

 壁に貼られたカレンダー、今日は2月13日。


「あ」


 コンビニでチョコ買うの、忘れた。

 明日はバレンタインデー。

 もう何年も前から私を庇ってくれた悠大くん。言葉だけじゃなく、きちんとしたお礼もしたい。

 だから去年までチョコを渡していなかったけど、今年からきちんとあげることにしたのだ。

 みんなクラスメイト同士で気軽に送りあったりしてるしね。


 ――でも最近、悠大くん、なんだか口が悪いよ。


 ドジとか、今週だけでめちゃめちゃ言われた気がする。


「……ちょっと、渡し方考えてみようかな」


 ささやかな、やり返し。

 ドジな私でもこれくらいはいいよね?

 難しくいうと、イッケイを案ずるというやつである。



     ◆



「おはよう、悠大くん」

「おう」


 翌朝、悠大くんとは何事もなく教室で会った。

 バレンタインデーということもあってか、教室はなんだかソワソワして感じる。学校にお菓子を持ってくるのって、あんまりないものね。

 私はいつもどおり、机につく。

 悠大くんは何も気づいていないみたい。

 いや、やっぱりちょっと緊張して見える、かな?


「……ふふ」


 私の計画は、こうだ。

 渡すタイミングは、帰宅時。

 教室から外へ出る私、だけど机には包装されたチョコが置いたまま。それに気づいた悠大くんは、きっと呆れるだろう。


 ――おい、机になんか忘れてるぞ?


 私はにやっとして言い返す。


 ――ふふ。それ、悠大くんの分だよ?


 去年まであげてなかったから、きっとびっくりするはず!

 気づかれなかったら悲しいことになるけど、その時は普通に渡そう、うん。そもそも『いつもありがとう』の気持ちを伝えたいわけだし。

 でも、ランドセルをあさってはっとした。


「……あれ?」


 チョコ、ない。

 頭を過ぎる、朝の出来事。

 通学路、坂道で転んで、その時に……


「お、落としたぁ!?」


 あわてて教室の外へ出る。

 今から坂道へ戻る? いや、それじゃとても授業に間に合わない。

 じわーっと涙がにじんできた。

 どうしてだろう。去年まで平気だった。でも、悠大くんにチョコが渡せないと思うと、なんだか急に切ない。


「おい」


 気づくと、悠大くんが後ろに立っていた。


「こ、こっち来い」


 いわれるがまま、教室から離れて、廊下の陰に連れ出される。

 そこで悠大くんが取り出したのは、落としたはずの私のチョコだった。


「これ、落としただろ」


 こくこく頷く私。というか、顔から火が出そうだ。


「――あのさ」


 悠大くんは言った。


「去年まで、誰にも渡してなかったよな? こ、これ、その……誰に、渡すんだ?」


 その時の彼の目は揺れていて、頬はリンゴみたいに真っ赤になっていて。


「や、誰でもいいんだけど……! お前といると、クラスの連中に、冷やかされるんだ。それで、最近――って何言ってんだ俺!?」


 きょとんとしてしまう私。

 一方、心臓だけはどきんと心地よく跳ねていた。


 ――そういう聞き方、しちゃうんだ?


 胸のなかのもやもやが、急にすっきりしだす。まだ、うまくいえないけど、なんとなく悠大くんが妙に口が悪くなった理由とか、いきなりそっぽを向く理由とか、ピンときてしまったのだ。


「……ふぅん?」

「な、なんだよ!?」

「別にぃ~」


 私は悠大くんが突き出したチョコを、手にとって、できるだけきれいな所作で彼に渡した。


「どうぞ、あなたのだよ」

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