25 イミ・イミテーションフレンズ

 ドジっ娘は、敵だ。

 勉強だけが取り柄と言われ、堅物やら頑固やら周りに言われ続けた私のささやかな初恋を、なんの苦労もせずに横からかっさらっていったから。


 なぁにが「なんだか、守ってあげたくなるんだよな」よ。


 いいわよ、じゃあ私だってドジっ娘になってやるわよ。

 初恋を奪われた中学の卒業式から、私は過去の一切を忘れたことにしてドジっ娘研究の一人者になった。勉強にかけては自信があったから。

 どこでどんなドジをするか、その時の仕草はどうするか、視線はどこに向けるべきか。研究に研究を重ねて、私はドジっ娘として高校デビューすることにした。


 ◆


 入学して、何もないところで転ぶこと数回。転んだ私を助けてくれて、そこから仲良くなった友達が一人。


「おはよ。今日は転ばない?」

「もー、天音ちゃんってば。わたし、そんなにドジじゃないよぅ」


 ちょっと舌足らずな言い方も、私は完璧にマスターした。

 天音さんはそんな私とは逆に、すごく落ち着いた雰囲気を持っていて、ドジっ娘デビューの成果として得た友情としては申し分ない。高校に入ってからは、男子ウケもまぁそれなりに良い方だけど、なんだろう。どこかむなしい。


 天音さんが物静かに話しかけてくる。


「ねえ、燈子……さん。今日の放課後、駅前の本屋に行かない?」

「いいよ! クレープ屋に新作が出たって。それも一緒に食べようよ、天音ちゃん!」


 私の提案に表情をパっと明るくする天音さん。この新作情報も各種SNSを駆使して得た情報だ。スイーツは女子高生の嗜み、らしいから。私は本屋で参考書を見たいので渡りに船だったりする。


 ちなみに。

 天音さんもクラスで人気がある方で、お姉さんにしたいとか頼りがいがありそうとか言われている。わかる。すごくわかる。こう、おしとやかさが染みついている気がする。


 授業で今日のノルマであるうっかり言い間違いを消化して、放課後は天音さんと一緒に街へ。

 桜もとっくに散って、薄緑の葉がまぶしい。葉だけになった桜並木の脇を流れる水路の辺りで、ボチャンと何か大きなものが落ちる音がした。そしてバシャバシャと続く音。


「い、今の音なに!?」

「行ってみよう、天音ちゃん!!」


 走っていくと、小学校くらいの男の子が落ちたらしく水面でもがいている。


 大変だ。まずは救急車を呼んで、それから周りの人に助けを――!


 スマートフォンで緊急通報をするのと、天音さんが水路に向かって飛び込んでいくのが同時だった。

 男の子を掴んで、下流に進んでいく。


「何やってるの!!?」

「だいじょうぶ! ちょっと先に上がるためのハシゴがあるから!!」


 宣言通り、少し先にあった梯子を掴んで、男の子に「もう大丈夫、ここから登れるよ」と声をかけていた。

 登ってきた男の子の手を掴んで、歩道に座らせる。そのあとから登ってきた彼女は、「うへぇ、濡れちゃったぁ」と笑っていた。その仕草を見て、ふと、考えたことが一つ。


 ◆


 葉桜の時期とはいえ、まだ水は冷たかっただろう。震える男の子の面倒をみていると、遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた。


「やば。燈子ちゃん、逃げよう!!」


 ……ちゃん付け? いつも、さん付けなのに?

 天音さんに手を引かれて、逃げるように、というかバッチリ現場から逃げて。公園に腰を落ち着けたところで、私は気になったことを聞いてみた。


「さっきどうして急に飛び込んだの?」

「いやぁ、実はわたしも前に落ちたことがあって」


 てへへと頭を掻く仕草には、見覚えがある。やっぱりだ。高校デビューするために必死に勉強したからわかる。


「……天音さんって、もしかしてドジっ娘だったの?」

「たはー、ばれちゃったか。でも、燈子ちゃんも高校デビューだよね」

「ん、分かる?」

「冷静に救急車も呼んでくれたから。燈子ちゃん、頭いいでしょ」


 公園のベンチで二人並んで。

 私はドジっ娘を演じるようになった経緯を話した。天音さんが目を丸くしてこちらを見ている。ころころ表情が変わってかわいい。いつものクールな姿じゃなくて、こっちが素なんだろうな。


「わたしも!! わたしもねぇ、付き合ってた男子がクールな女子の方がいいって言ってフラれてさぁ!」


 ああ、私だけじゃなかったんだ。

 ないものねだり、だったんだなぁ。結局。


「でも、クールなふりなんて分かんないじゃん。ただ黙ってるだけになっちゃって、すごく窮屈だったぁ」

「私も、むなしかったな」

「もう燈子ちゃんにバレたから楽にできるよー、って燈子ちゃん!? 泣いてるの!?」


 気が付けば、私の頬には涙が伝っていたらしい。

 私は勉強だけはできる方だけど、バカでもあったらしい。この涙の理由は分からなかった。後悔か、落胆か、それとも安堵か。


 一つだけ、確かなことがある。


「あ、ほら、そうだ、クレープ! クレープ食べにいこ!? わたし、燈子ちゃんにおごっちゃうから!」

「泣いてないことにしといて。行くなら、着替えてからにしましょ。天音さん」


 ドジっ娘は、敵じゃない。

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