26 出来損ないだった式神
貴族が栄華を誇る時代。
「
陰陽師である義明に悪霊が襲い掛かるのを見て、式神の
「あつっ……紅花、お前……!」
「ご、ごめんなさいいい!!」
紅花は涙目になりながら謝る。
「全く、お前は……せっかく悪霊を浄化できる特殊な炎を出せるのに……」
紅花はいつもこうだ。義明の役に立ちたいのに、いつも焦って失敗する。本当に、自分で自分が嫌になる。
「仕方がない、俺がやる!」
そう言って、義明は短く呪文を唱えた。すると、悪霊の周りを取り囲むように炎が現れ、悪霊を焼き尽くしていく。
「あああああ…あ……!!」
悪霊が呻き声を上げて弱っていく。
義明はふうと息を吐いて悪霊を見つめた。油断は出来ないが、悪霊が浄化されるのは時間の問題だろう。
そう思った次の瞬間、悪霊がするりと炎をすり抜け、近くにいた貴族の男に向かって行く。義明に除霊を依頼した貴族だ。
「なっ……!!」
悪霊は、一瞬のうちに貴族の男の口の中に入り、男の精神を支配した。目が虚ろになった男は、近くにあった弓矢を手に取り、紅花に向かって矢を放つ。
紅花は早い動きが出来る式神ではない。矢を避ける事は不可能だ。思わずぎゅっと目を瞑る。
しかし、いつまで経っても身体に衝撃が来ない。紅花がそっと目を開けると、そこには――紅花の前に立ち塞がり、彼女の代わりに矢を受けた義明がいた。
「義明様!!」
「……間に合って、良かった……」
そう言うと、義明はその場に崩れ落ちた。
「義明様! しっかりして下さい、どうして私なんかを庇って……」
「……いくら式神でも、あの矢を受けたらただじゃ済まないだろう……それは困る。お前は、俺の大切な式神なんだから……」
義明は、仰向けになったまま笑みを浮かべて言った。
悪霊に
「そんな事より、憑りつかれたあの方を救って差し上げろ。……お前なら、出来るはずだ。頼んだぞ……俺は、少し休む」
そう言って、義明は目を瞑った。
「義明様、義明様……そんな……!」
紅花は、少しの間静かに涙を流していたが、やがてキッと悪霊の方に視線を向けた。
「よくも……よくも義明様を……!!」
茶色だった紅花の瞳が赤く光った。彼女の周りに強い風が巻き起こる。紅花が着ている天女のような衣がバタバタとはためいた。
「うあああああ!!」
紅花は、両手を前に
「ぎあああああ……!!」
悪霊は男の体から飛び出して逃げようとしたが、炎から逃れる事は出来ず、
憑りつかれていた男が気を失って地面に倒れる。あの炎は悪霊だけを焼き尽くす炎なので、男の身体は怪我一つ無いようだ。
男の無事を確認した紅花は、仰向けになったままの義明の側に屈みこんだ。
「義明様……ごめんなさい、私が出来損ないなばっかりに……ごめんなさい……」
紅花は、ぼろぼろと涙を零した。
「せめて、
そう紅花が言った時、聞き慣れた声が耳に届く。
「勝手に殺すな」
一瞬沈黙が流れた。
「……へ?」
紅花が間抜けな声を出して義明を見つめると、目を瞑ったまま義明が口を開いた。
「言っただろう、少し休むと。怪我は大した事ない。永遠に休むとは言ってないぞ」
紅花は、きょとんとした顔をした後、またぼろぼろと泣きながら義明の胸に顔を埋めた。
「良かったあ、義明様が生きていて、本当に良かったああああ……!!」
義明は、紅花の頭を押しのけながら上半身を起こした。
「……紅花、よくやったな。お前なら出来るって、信じてたよ」
義明は、紅花の潜在能力に気付いていた。いつも失敗ばかりだったが、紅花が悪霊を浄化できると信じていたのだ。
「あ、ありがとうございまずうええええん!!」
紅花が変な声を出して嬉し泣きをしている。義明は、優しく微笑んで紅花の頭をポンポンと叩いた。
紅花は元々、義明の師匠の式神だった。それを師匠が「失敗作だからお前が使え」と言って義明に押し付けたのだ。
最初は嫌々紅花を連れて歩いていた義明だが、失敗ばかりでも一生懸命任務に取り組む紅花に情が湧いてきた。
そして紅花ときちんと向き合った結果、紅花の潜在能力に気付いたのだ。
紅花の努力が、今こうして実を結んでいる。
「これからも頼むぞ、俺の式神」
そう言って、義明は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます