27 城ヶ崎は今日も海岸に打ちあげられている
ザ……ザザーン……。
ああ、今日もだ。
今日も波の音をBGMに、鼻先をくすぐる潮の香りと共に、髪を逆さに乱すほどの強い風を浴びながら。海を望む坂を下る俺の前にはあの光景が繰り広げられていた。
海岸に
俺はため息を吐いて急カーブの坂をゆっくりと下りきる。いつもの事だがあいつはこの坂を駆け下り、カーブを曲がりきれなくてガードレールを越え、眼前の海に落ちたのだろう。ドジなんて言葉で片付けられる話じゃないが、これが城ヶ崎なのだ。
歩道の脇から浜辺へと続く階段を降りる。流石に見捨てるわけにはいかない。この道を通って中学に通う人は他にいないから。
奴は仰向けのままピクリともしなかった。中学の紺ジャージは水を吸って一段黒く色が落ちている。そこに朝の太陽が鋭く光を差して化学繊維を鈍い色に照らした。その様は。
「まるでトドだな」
「なんだとっ!」
それまで打ち寄せる波にも反応せず、
「JCにソレは失礼だよ
「普通のJCはこんな真似しねえよ」
「仕方ないじゃん。カーブを曲がれなかったんだもん!」
「開き直るな。行くぞ」
俺達は近くの
蛇口を捻り、彼女の頭にホースの水をぶっかける。
「冷たっ!……あ~でも気持ちいい」
城ケ崎はふにゃりと頬を緩める。彼女に纏わり付いていた砂と塩水が身体を伝い、地面の側溝に流れ落ちていく。一緒に「なんで俺がこんな事を」という気持ちも流れていった。
俺は中1の春、東京から祖父母の住むこの島に引っ越してきた。
きっかけは中学受験。母親は俺を有名私立の所謂「御三家」に入れたがり、俺自身もそれは可能だと信じていた。
何故なら小3の頃から寝る間を惜しんで勉強し、塾でも一二を争う成績だったから。
なのにあの呪わしき二月一日の朝。突然俺の身体は異常をきたした。ベッドから起きようとすると大きな石を押し付けられたような頭痛に襲われ体が震える。しかしまた横になるとなんの痛みもない。
頭痛薬を飲み試験は受けたが、そんなんで受かる程御三家は甘くない。
「なんでよ!! 私が今までどれだけ苦労して……!!」
母親は錯乱し、俺はトイレに逃げ込む。涙と吐瀉物が便器に落ちていった。
結局、二月二日も体調は戻らず病院に行った。
「恐らく自律神経の乱れですね。勉強の為に睡眠時間を削りませんでしたか?」
そう医者に言われた時の絶望感が、何故か不合格だと知った時よりも大きかった。きっと俺の4年間は無駄と言われた気がしたからだろう。
父さんに「暫くじいちゃん達と暮らしてみないか」と言われた時も悲しかった。御三家に入れなかった俺はもう要らないんだと思って。でも地元の公立中には恥ずかしくて通えないし、何よりもう
のどかな島の小さな中学校の生徒数は僅か21人。もっと小さな離島から通ってきている人も含めてこの数だ。数年後には廃校になるかもなんて噂がある。
そんな中学校でも、県下の学力調査一斉テストは実施される。中学に入ってすぐの事だ。無気力で休みがちだった俺は、それでもテストとなれば一応真摯に向き合った。
俺は「こんな場所なら学年一位を取って当たり前だ。父さんは俺に自信を付けさせたいのか」なんて考えた。けれどそれは驕りだったのだ。
城ヶ崎寧子は俺の上を行き、県内5位の成績を修めた。わかるか? 県一の進学校の奴らも参加する中で、小さな公立中の生徒が5位というのは驚異的だ。こいつは島始まって以来の神童だった。
そして天は二物を与えない。城ヶ崎は何もないところで転び、歩けば柱にぶつかり、上を向けばひっくり返る奴だ。
あの天才的な頭脳がいつ潰れるかとヒヤヒヤして目が離せない。いつの間にか俺は学校を休まなくなっていた。
今日も数学の小テスト返却時に奴のドジは披露される。当然俺は満点だ。
「城ヶ崎は?」
隣からしょんぼりとした声が返ってくる。
「……5点」
「は!? なんで!」
奴からテストを引ったくり、一目見て腰が砕けた。最初の問題以外は全部解答欄をズレて書いてやがる!!
「いつも言ってるだろ! ケアレスミスを無くせって」
口に出してハッとした。いつの間にか母親と同じ事を言っている自分が嫌になる。だが彼女はそんな俺の気持ちも露知らずふにゃりと笑う。
「へへへ。これじゃ三池と同じ高校に行けないね」
「当たり前だ。受験の時はちゃんとしろよ」
「うん!」
俺は受験出来るのだろうか。またあの頭痛に襲われないか、考えただけで手が震える。
でも何故か超絶ドジでマイペースな城ヶ崎を見ていると、根拠の無い「大丈夫」という気持ちが胸に広がるのだった。
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